死亡フラグは折れた……はず
「さあ、呑め呑め!祝杯だぁ」
「「うおおおお!!」」
村人のほぼ全員が集まったのではないかと思うほど、ごった返している、集会場前広場。
祝宴の中心にいるのは、勿論この村を救った英雄、冒険者のマテオだ。
次から次へと注がれる酒を、豪快に飲み干し、躍り狂う村の男たちを楽しそうに見ている。
ファイアグリズリーに立ち向かったマテオは、見事に村への侵入を防ぎ、ファイアグリズリーを討伐した。
ただ、それを可能にしたのは、アルを先頭にした、村の男たちのアシストがあってこそだ。
銛や漁網といった手持ちの道具と、海で鍛えた屈強な体で戦いに乱入したアル達は、当然ファイアグリズリーを倒すことは出来ないが、その動きを、見事なチームワークで止めることに成功した。
漁網に絡まり、動きが鈍ったファイアグリズリー。
「今だ!」というアルの声と同時に、急所に叩き込まれたマテオの拳。
吹っ飛んでいったファイアグリズリーと、高々と拳を突き上げるマテオと、男たちの大歓声。
一連の出来事は、私の知っているゲームのムービーとは違ったけれど、素晴らしい光景だった。
アルもまた、宴会の中心に連れてこられ、年長の漁師達からもみくちゃにされている。
嫌がりながらも、明るく笑う表情は、やはり14歳の少年だ。
伝説の剣は手に入らなかったけど、平凡な幸せがそこにはある。
私も幼なじみとして、微笑ましく見守った。何せ精神年齢は、既にアラフォー。もはや、母親のような気持ちだ。
(世界を救う勇者は、どこか別の誰かがなってください)
既に時間は深夜になっているが、村を上げたどんちゃん騒ぎは終わる気配すらない。
この時の私は、オープニングの死亡イベントを乗りきって安心しきっていた。
疲れもあり、ベンチに座ったまま、次第にウトウトと微睡み始めてしまった。
◇◇◇◇◇◇
「何、姉ちゃん。今こんなゲームやってんの?」
「うっさい。勝手に他人の部屋漁るな」
高校生の弟は、よく私のアパートに上がり込んでは、勝手に冷蔵庫を漁り、人の部屋を物色している。
今日も定時で仕事を終え、帰宅すると、我が物顔でゴロゴロしている学ラン姿の弟を見、脱力した。
何回文句を言っても治らない。年の離れた弟を、甘やかしてきたツケだと、心の底から後悔している。
しかし、平然と上がり込んでいるが、私が彼氏を連れ込んでいたら、こいつはどうする気なのだろうか。
……その心配はないけどさ。
「だって、評価、星1.8って、低すぎだぜ?レビューも『ストーリーがベタ過ぎ』、『どっかで見たことある』のオンパレードだし」
「いや、まずオープニングでヒロイン死ぬよ。斬新じゃない?」
「そうかあ?で、主人公が旅に出て、魔物を倒しながら仲間を集めて、技やアイテム増やして、ラスボス倒して、世界救って終わりだろ?」
「まあバッサリ言えばそうだけども!」
いつの間にこんな糞生意気になってしまったのか。姉ちゃんは悲しい。
「あ、でもラスボスは意外性あるよ!」
「何?主人公の生き別れた父親とか兄弟とか?」
「違うんだなあ。なんと、主人公の幼なじみで、一緒に旅をしてきた仲間なのだ!友がまさかのラスボス!明かされる過去!絶望と哀しみの最終バトル!どうだ!?」
「いや、ありがちじゃね?」
「この減らず口が!とっとと受験勉強しに帰れ!」
◇◇◇◇◇◇
懐かしい前世の夢を見ていた。
あの糞生意気な弟も、今となっては懐かしい。
「……おい」
(あいつ、野球推薦で大学行くとか言ってたけれど、どうだったのかしら)
「……おい起きろ」
(だいたいあいつ、馬鹿のくせに要領いいのよね。ムカつく)
「起きろ!こんなとこで寝るんじゃない」
「……んあ?」
耳元で響く声に、思考が引き戻される。
少しうとうとしていただけのつもりが、随分深く眠ってしまっていたらしい。
宴会はまだ続いており、騒がしい声が響き渡っている。
老若男女入り乱れての、盆踊りのような、珍妙な踊りが繰り広げられている。
お年頃の女の子でありながら、ベンチで眠る失態を犯した私を呆れ顔で見下ろしているのは、黒髪と切れ長の赤目が印象的な少年、ヴィンス。
彼も、私やアルと同じく、村の孤児院で育った幼なじみだ。
同い年で、アルに比べれば体は小柄だけど、どちらかといえば精神年齢がお子ちゃまな私たちを、いつも一歩下がったところから優しく見守ってくれている、兄的な存在だ。
「……ヴィンス?」
「どうした?寝ぼけてるのか?」
今は、村の診療所で修行中の医者見習いに過ぎないが、実は恐ろしいほどの力を持つ、魔導士。
そして、ゲームでは、クールなイケメン枠で、ダントツの女性人気誇った挙げ句、最後の最後に、ファンを悲しみのドン底へと叩き落とした、あの伝説のキャラ。
(……ラ、ラスボスいたよ……)
ラスボス魔王、ヴィンセントは、真面目な少年の顔をして、そこに立っていた。