恋バナなら大歓迎(ただし、普通のものに限る)
部屋の中には、メイドが数人控えているだけで、アルの姿は見当たらない。
知り合いがいれば……と密かに期待していたのに。完全アウェーだ。
椅子に座ったままのプリシラは、お手本のような笑顔を浮かべ、にっこりとこちらを見つめている。
(ええっと、こういう場合どうすれば……)
残念ながら私は、前世でも今世でも、上流階級とは無縁な生まれ育ちだ。
かろうじて覚えているのは、ビジネスマナーくらいだが、このような場合の礼儀作法など、皆目見当がつかない。
(確か前世呼んだ本で、下の者から話しかけてはいけないとかいう記述があったような……。でも下の者が口上を先に述べるとかいう文化もあったような……)
沈黙に包まれた空気の中で、背後のルースが小さく咳払いをした。
(これ、私を急かしてる?)
意図ははっきりとは分からないが、最早沈黙に耐えられない。
非公式の場だし、そっちから呼び出したのだ。無礼だと処罰される筋合いはない。いざとなったらそう言い張ろう。私は腹を決めた。
「クレアと申します。聖女様に拝謁する機会を賜り、光栄至極に存じたてまつります」
時代劇っぽくなってしまったが、とりあえず、自分の中にある最大級の怪しい敬語を使い、深々と頭を下げた。
が、プリシラからの返答がない。
(やっぱり間違ってるよね!)
体感では果てしなく長く感じる時間の後、プリシラがようやく口を開いた。
「プリシラです。お会いできて嬉しいわ、クレア。さあ、こちらにお座りになって」
恐る恐る顔を上げると、プリシラは変わらぬ笑みで私を見ている。
いや、変わらなすぎる。先程と寸分違わない微笑みが、逆に怖い。
ぎこちなくプリシラの向かいの椅子に腰かけると、メイドがハーブティーを出してくれた。
次から次へと、マナーチェックを受けているような気分だ。
「ルース、ご苦労様。もう下がって良いわ。ああ、貴女達も」
「かしこまりました」
プリシラの指示で、ルースもメイド達も退室する。
(ええ!いかないで!2人っきりにしないで!)という私の心の叫びは届かない。
「ごめんなさいね。急に呼んでしまって。驚いたでしょう?」
「はい。……あ、いえ!とんでもございません!」
フフフと笑うプリシラ。笑い方も実に上品だ。
「緊張しなくても大丈夫よ。わたくし、貴女とお喋りがしてみたかっただけなの」
「え?私とですか?」
「そう。アルバートと親しい関係にある子がこの街にいると聞きまして。手紙のやりとりをしてたでしょ?」
そう言って、何かを探るように私を見る。
口元には笑みが浮かんでいるが、その透き通るようなスカイブルーの瞳は笑っていない。
この表情を見て、前世含めアラフォー分の人生経験を有する私はピンときた。
(これは、もしや……、恋敵を見る目では!?)
ゲーム内ではしばしば、アルとプリシラが想い合う描写があり、エンディングムービーは、2人が結ばれることを示唆していた。
現実でも、アルはプリシラのピンチを救ったことで近衛騎士に抜擢されたわけだし、プリシラがアルに惹かれていても、おかしくはない。
王女と騎士の身分違いの恋。
しかし、その騎士には故郷に同い年の幼なじみがおり、手紙の遣り取りをしている。王女が関係を疑うのは、自然なことだと思う。
(なるほどなるほど、完璧な聖女様も、恋する乙女ってことね!)
だとすれば、私に対する好意的とは言い難い視線も、この場にアルがいないことも納得できる。
なんだ、私の考えすぎだったのか、と途端に気が楽になった。
そりゃあ、王女様に敵視されるなんて、迷惑この上ないが、アルに恋愛感情は1ミリもないと断言できるし、私がライバルではないと分かってもらえれば、この厄介事から解放される。
「親しいと申しますか、アルとは、同じ孤児院出身でして。私だけじゃなくて、他の幼なじみも皆で近況報告しあっております」
『皆』って言っても、思い当たるのは他にヴィンス位しかいないのだが、とにかく、私とアルは単なる幼なじみの一人ですよ~特別な関係ではありませんよ~と、アピールする。
「あら、何年も連絡を取り合うなんて、随分仲が良いのね」
プリシラの真意は読み取れない。素直に言っているようにと聞こえるし、含みがあるようにも聞こえる。
慎重に言葉を選ぶしかない。
「アルは孤児院で皆のリーダーのような存在でしたから。私にとっても兄弟のようなものです」
「あら、やはり、アルバートは昔から頼りになるのね!」
アルを褒めた途端、プリシラの声が弾んだ。
「は、はい。街の人からも頼りにされていました」
「わたくしも初めて会った時に、アルバートに助けてもらったのよ。以前ね、魔物に襲われた村を慰問していた時に、強大な魔物の襲来に、巻き込まれたことがありました。近衛騎士も歯が立たず、わたくしも子供達を守るのがやっとで……アルバートが来てくれなければ、死んでいたかもしれないわ」
危険な目に遭った記憶を語っているにも関わらず、プリシラの目はキラキラ輝いており、恐怖心は微塵も感じられない。
嬉しそうに話す様子に、私は口を挟むこともできず、世にも珍しいプリシラのマシンガントークを、ひたすら傾聴するしかなかった。
「本当にアルバートは格好良かったわ。近衛騎士になってもらってからも、いつも優しくて、紳士的で、わたくしの我儘にも応えてくれる。これまでわたくしは、貴族令息や、各国の王子に数え切れないほど会ってきたけれど、アルバートほど精悍なお顔立ちで、誠実で、強い、完璧な男性は見たことがないわ」
……それはちょっと盛りすぎでは?
確かに、主人公だけあって、全てにおいて平均以上だとは思うけど、顔のパーツは、一般的に言えばヴィンスやルースの方が整っているし、勇者の力が覚醒していない状態の今は、もっと強い人はいくらでもいる気がする。
なんとまあ、恋する乙女のフィルターは恐ろしい。
遠い目をして、微妙な相槌を打つ私に、プリシラはにっこりと笑いかけた。
「やっぱり聖女たるわたくしが惹かれる男性は、勇者しかありえないわ。わたくしとアルバートが出会ったのは、神の思し召しなのでしょうね」
プリシラの口から飛び出た『勇者』という言葉に、思わず硬直した。私の返答を待たず、プリシラは続けた。
「アルバートは間違いなく勇者よ。さて、『魔王』は誰?もしかして貴女かしら?」
先程までの惚気話のテンションのまま、プリシラはさらりと爆弾発言を投下した。
小首を傾げ、真っすぐに私の目を見つめるプリシラは、あざとさを感じる隙がないほど愛らしく、そして、底知れぬ怖さがあった。




