イケボメガネ、襲来
聖女プリシラ一行は滞在する館に向かい、即席の歓迎式典は終了した。
広場に集まった人々は、未だに興奮気味ながらも、それぞれの家や仕事場に戻っていく。
その表情は、昨日までとは打って変わって、一様に晴れやかになっている。
その存在だけで、人々の気持ちさえ明るくしてしまう、それが聖女なのだろう。
だけど、私のモヤモヤは増していくばかりだ。
決して好意的とは言い難い、プリシラの視線が頭から離れない。
(私の気のせい……だよね)
言うまでもなく、王族であるプリシラと、ド平民の私に面識なんてない。
接点といえばアルしかないが、『近衛騎士の幼馴染み』というだけの平民を、認識しているとは思えない。普通は。
そうだ、多分気のせいだ。私の自意識過剰だ。
……と、思うことにした。
(家に帰って、頼まれてた繕い物でもしよう)
悩みがある時は、手作業に集中するのが一番。
前世は専らゲームでストレス解消していたが、今は縫い物が代わりになっている。
仕事も兼ねているので、我ながらとてもありがたい。
考えれば考えるほど頭の痛くなるプリシラのことは、一旦置いておくことにした。
◇◇◇◇◇◇
ふと気付くと、窓の外は日が傾いていた。
自宅に帰り、無心で裁縫に取り組んでいたら、いつの間にか、何時間か経っていたようだ。
裁縫道具を片付け、伸びをする。
(……なんだか、静か……)
一度集中し始めると、時間を忘れがちな私に、お菓子とお茶を出して、休憩を促してくれたヴィンスは、まだ戻らない。
気が向くとふらりと現れ、仕事の邪魔をしてくるノアも、保護されており、勿論いない。
プリシラに圧力をかけられた領主によって、他の孤児達と一緒に、丁重に扱われているだろう。
前世では、普通に一人暮らしをしていたはずなのに、たった1人の部屋が、なぜだか今は物凄く寂しい。
(ヴィンス、大丈夫かな……。今どこにいるんだろう)
魔の行進、聖女プリシラ、勇者パーティの登場。
元のストーリーとは、大分ズレているのに、それでも無理矢理戻そうとする力が働いているのでは――。
どこにいるかも分からない、ヴィンスの身を案じてしまう。
尚、ノアのことは一切心配していない。
集中が切れると、すぐネガティブモードになる自分に呆れつつ、そろそろ夕飯でも準備するか……と、玄関側のキッチンに移動した時だった。
トントンと、ドアが軽やかな音を立てた。
「ぎゃっ!」
何てことのないノックの音に、思わず奇声を上げて飛び上がった。
物思いにふけっている時の、突然の物音は心臓に悪い。
「ど、どちら様ですか?」
いくら治安の良い地域とはいえ、いきなりドアを開けない程度の防犯意識は、私とて持ち合わせている。
ドアを閉めたまま、固い声で外に問いかけた。
警戒感むき出しの私に、ドアの向こうの人物は、驚愕の重低音で返答してきた。
「突然申し訳ありません。私は聖女プリシラ様の従者で……」
名乗りを聞かなくとも、声だけで分かった。
(この声、弓使いルースじゃん!)
ルースはゲーム『ライトソードファンタジー』の勇者パーティの1人だ。
見た目は細身のメガネ紳士。中身は腹黒毒舌キャラ。
「腰が砕けそうになる」と評される、某人気声優が声をあてた、敬語の辛辣なセリフは、最早伝統芸能だ。
熱狂的ファンを生み出した男が、どうやら我が家のドアの前にいるらしい。
生で聴くそのイケボは、前世特段推しではなかった私すら、口から心臓が飛び出そうになる破壊力を有していた。
「……聞いていらっしゃいますか?」
「あ、はい!聴いております!」
いかんいかん、思わずうっとりしてしまった。
「ならば、ひとまずこのドアを開けていただきたいのですが」
「はい……」
この世界では、聖女兼王女の従者をやっているルースの依頼を、断れる平民は存在しない。
恐る恐るドアを開けると、そこには記憶通りの姿をした、メガネイケメン・ルースが、1人で立っていた。
「あの……どういったご用件で?」
「我が主が、貴女に会いたいと申しております。今すぐ一緒に来ていただけますか?」
「……主といいますと……」
「勿論、プリシラ様です」
ですよね!分かってましたよ!
本能的に避けたいと思っていたプリシラが、まさかこれ程早く、向こうから来るとは。
心からお断りしたい。
だが、この国で最も位の高い女性からのお召しを断れるわけもない。
そもそもルースも、言葉こそ質問形だが、何なら力ずくでも、連れていく気満々な気がする。
全く展開に着いていけないが、それでも理由を聞こうと口を開いた瞬間、ルースは有無を言わせず、私の手を引き、黒塗りの馬車に押し込んだ。
(これ、誘拐ですよね)と口を挟む隙すら与えない、鮮やかな手口。
「ちょっ、何で……?」
「すぐに出発しないと夜になってしまいますから」
「そもそもなんで聖女様が!?」
「ご安心ください。お帰りもお送りしますので」
走り出す馬車。私は必死に状況を確認しようとしているのに、全然話が通じない。
(これ、わざとはぐらかしてるよね!?)
慇懃無礼な態度に、本来ならイライラするはずが、あまりに良い声すぎて、怒りの感情が押し戻されてしまう。
「あのお声に罵られたい」という女子が続出したのも分かる気がする。ずっと聴いていると、新しい扉を開いてしまいそうだ。
いや、ルースの声に聴き惚れている場合ではない。
こんな手段で一平民を呼び出そうとするなんて、ただ事ではない。
まず思い当たる節は、アルのこと。
単純に、近衛騎士であるアルの友人だから、という理由で呼ばれたのであれば良いが、天下の聖女様がこんな強引な呼び方をするだろうか。
そして、もう一つ思い当たることといえば……勇者と魔王のこと。
考えたくはないが、もし、プリシラが何か気付いているとしたら……。
しかし、目の前に座るルースは、何を聞いてものらりくらり。
ただただ私の耳が癒されるだけで、何一つ疑問は解消されぬまま、馬車はプリシラ達が滞在する屋敷に到着した。
イケボメガネの圧を背後から感じつつ、私は豪華な屋敷に足を踏み入れた。
ちなみに、普段着ワンピースのまま来てしまったことに気付いたのは、プリシラの部屋の前に案内されてからだった。
ますますパニック状態になった私を気に止めることなく、ルースは迷わず重厚なドアをノックした。
「プリシラ様、ルースです。例の娘を連れて参りました」
「どうぞ、お入りになって」
軽やかな声と共に、ドアが開かれる。
豪奢な室内では、完璧すぎる美女が、ゆったりと椅子に腰かけ、微笑んでいた。
所々「聴く」になっているのはわざとです(笑)




