その選択はどう転ぶ?
「クレア!大ニュースよ!」
「どわっ!」
鬱々と物思いにふけっていた私は、突然背後からタックルを受け、つんのめった。
猪のように突進してきたのは、ギルドの看板受付嬢リリーだ。
「な、何?どうしたの?」
道行く人全員が、思わず振り返る騒がしさで登場したリリーだが、今度はガラッと声のトーンを落とした。
「極秘情報なんだけどね……」
そう前置きして、私の耳元に囁く。
声は小さいが、大分興奮気味なのは伝わる。
「魔物討伐のために、もうすぐ聖女様がこの街に来るんだって」
「……聖女様?」
その瞬間、回転の遅い我が頭に、超絶美少女の顔が浮かんだ。
ゆるふわストレートの金髪、長いまつ毛に、優しげな雰囲気を醸し出す垂れ目。
真っ白で露出の少ない聖女服に身を包んでいても、しっかり分かる素晴らしいスタイル。
そして口を開けば、庇護欲を掻き立てられる、可愛らしい透き通った声が飛び出す。
製作者の理想全部盛りの、これぞヒロインと言うべきキャラ。
「……聖女様って、まさか、プリシラ姫?」
「もちろん」
ああ、やっぱり。
この世界の聖女も、ゲーム『ライトソードファンタジー』と同じく、プリシラだった。
完璧なビジュアルを持つプリシラだが、ゲームでは性格も完璧だった。
王女という高貴な生まれながら、決して偉ぶることなく、平民や孤児たちに接する、優しく慈悲深い性格。
平民出身の勇者アルに心惹かれるも、幼なじみ(つまり私)を亡くしたことを引きずる彼に、必要以上に迫ることなく、静かに寄り添い、支え、少しずつ心を癒していく。
(いや、どんだけ理想的な女よ。こんな完璧な人間いるか!)
残念ながら、当時、荒んだOLだった私は、この見た目も性格も家柄も、非の打ち所がなさすぎるヒロインは、あまり好きではなかった。
はい、どうせ嫉妬ですよ。ええ。
しかし、このタイミングで、王都から離れたシュロアールに、聖女が来るということに、強烈な胸騒ぎがした。
なにせ、ラスボス魔王を倒すには、聖女は必要不可欠な存在なのだから。
ゲームでは、聖女プリシラと勇者アルが心を通わせることで、プリシラの聖なる力が、勇者の持つライトソードに付与され、魔王を打ち払う。
そして、勇者と聖女は、浄化され平和を取り戻した世界を見つめながら、どちらからともなく顔を寄せ合って行き、エンドロールへ……。
いやいや、行かせてたまるかい!
世界とアルにはハッピーエンドかもしれないが、私にとってはハッピーじゃない。
この状況で、ストーリーがどう展開するか、予想がつかないが、消えたかわからない私の死亡フラグと、ヴィンスのラスボス魔王化は、何としても避けねばならない。
(とにかく聖女をヴィンスに近づけるのは危険ね。引っ越す?でも魔物の群れは追いかけてきそうだし。そういえばアルは今どうなってるの?この前手紙は出したけど……)
「聞いてる、クレア?おーい」
完全に自分の世界に入り込んでしまった私の目の前で、リリーが手をブンブン振っていた。
◇◇◇◇◇◇
リリーが、極秘と言っていた『聖女来訪』だったが、その日の夕方には、町中の人がごく当たり前に知っている、常識となっていた。
ちなみに、私は誰にも話していない。リリーもそこまで多くの人に話してはいないだろう。
まあ、皆が皆「内緒」と言いながら、噂が広がっていくことは、古今東西、異世界でもよくあることなのだ。
そして、険しい顔で帰宅したヴィンスは、開口一番、驚くべきことを言い出した。
「ちょっと北へ行ってくる」
「北?なんで?クエスト?」
「魔物の群れを散らしてくる」
「はあ!?」
そりゃ、魔王の力を持っているヴィンスならば、魔物を操り、どこかへ行かせることは出来るだろう。
でも、今までほっといていたのに、どういう風の吹き回し?
「……もしかして、聖女様が来るから?」
ヴィンスの眉のあたりがぴくっと動いたのを、私は見逃さなかった。
どうやら図星らしい。
だがヴィンスは、なぜ、聖女が来る前に解決しようとしているのか、核心について、絶対に口を割ろうとしない。
とりあえず、『聖女と魔王を近づけてはならない』という私の勘は、外れていないようだ。
しかし、ヴィンスと、ヴィンスをお迎えに来ている『魔の行進』を近づけるのも、不安しかない。
「……いいわ。じゃあ私も一緒に行く」
私に何が出来るのか?とは思うが、ただ遠くから、ストーリーの進行を静観しているなんて、我慢できない。
予想できたことだが、ヴィンスは私の提案をすぐさま却下した。
「それは絶対に駄目だ。危ない」
「魔物は何とかしてくれるんでしょ?」
「でも、何が起きるか分からない」
「ますます一人で行かせてたまるか!」
「今回は言うとおりにしろ」
後で考えてみると、ヴィンスと言い争ったのは、初めてだった気がする。
精神年齢が低い私やアルの言動を、なんだかんだ言いながらいつもヴィンスは受け入れてくれていたから。
ただ、今回は譲る気はないらしく、次第に声のトーンは上がっていく。だが、私も引きたくはなかった。
「おーい、外まで聞こえてるぜ」
睨み合う私達の間に、能天気な声で割り込んできたのは、ノアだった。
そのまま、人の家に勝手に上がり込んで来る。
「喧嘩とは珍しいなあ」
更に人の家の戸棚を開けて、食べ物を物色している。
堂々とした泥棒を2人で睨みつけていると、先に口を開いたのはヴィンスだった。
「ノア、仕事だ。僕が留守の間、クレアがこの街から出ないように見張っていろ」
「はあ!?ちょっ」
「報酬は?」
ヴィンスはノアに向かって、指を3本立てる。
「りょーかい」
「ちょ、ちょっと待って」
二カっと笑ったノアに、私は4本指を立てた。
「ノア!私の味方に付きなさい」
「おっ、いいよ」
予想通り、お金第一、紙よりも尻が軽いノアは、一瞬で寝返った。
だが、ノアは、目先の利益だけではなく、先を見据えた損得勘定の出来る子供だった。
「ノア、倍出す。それから、僕とクレア、どっちの方が持っているか、よく考えろ」
「……クレアを見張ってればいいんだろ?任せろ」
不安定なフリーの仕立屋と、ギルドで一目置かれる冒険者。
ノアは、どちらに付く方が得か、あっという間に正しい答えをはじき出した。
ノアは私を速やかに部屋に押し込み、外側からドアを押さえてきた。
子供とはいえ、人並み外れたパワーと運動神経を持つノア相手では、一般女子たる私に勝ち目はない。
私が部屋に閉じ込められている間に、ヴィンスは速やかに旅支度を整え、1人出ていった。
「ヴィンス、覚えてろ!……それから、ちゃんと帰ってきてよ!」
「大丈夫。絶対に帰ってくるから」
部屋の中から、怒りに任せて声を張り上げると、ヴィンスからはっきりとした返事があった。
それは、どこか笑いを噛み殺したような声で、私のイライラが増したことは、言うまでもない。




