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誤解が次々生じていくよ

流れで自宅に連れてきてしまったノアは、一応おとなしくしているが、目は油断なく部屋を見渡している。

明らかに人間のものより鋭い犬歯が、威嚇するように口からのぞいている。


ノアの過去を思えば当然のことだが、野生動物のように警戒感丸出しだ。


(さて、どうしよう……)


冷静になった今も、ノアを助けたいと思っている。

勝手な罪悪感と、薄っぺらい偽善、単なる自己満足に過ぎないと自分でも思うが、このままノアを見て見ぬふりは出来ない。


しかし、現実問題として、今の私に何が出来るのか?


自分の生活を安定させることに精一杯な状態で、ノアを養うことなんてできるはずもない。

多少のお金や食べ物はあるが、そんな一時的な『施し』は何の解決にもならないし、むしろノアを怒らせるか、傷つけるだけになる気がする。


思い悩む私をよそに、ノアは、テーブルの上に置いてあったマフィンを勝手に食べている。


遠慮なく2個目に噛りつくノアを、無言で見つめていたヴィンスが、おもむろに口を開いた。


「いいか、明日の朝、ギルドの前に来い」

「はあ?」

「仕事をくれてやる。盗みよりよっぽど確実に稼げるようにしてやる」


突然の提案に、ポカンとしていたノアだが、すぐにヴィンスを睨みつけた。


「どういうつもりだ?何か企んでるんだろ!?」

「別に」


ヴィンスの横顔を凝視するが、変わらぬ仏頂面で、私も真意は読み取れない。


「来なかったら……分かってるな?」


年下に対し、大人げなく凄み、そのままぽいっとノアを家から放り出したヴィンスだが、さりげなく小金を握らせていたのを、私は見逃さなかった。


今まで、他人に興味をあまり示さなかったヴィンスが、初対面の子供を救おうとしている。

何一つ役に立っていない自分のことは棚の上に置いといて、私はヴィンスの成長に、猛烈に感動した。


「……なんだかんだ言って、優しいんだから」

「そういうわけじゃない。来なかったらそれまでだし、使えなかったら、容赦しない」


憮然とした表情で、物騒な言葉を呟いているヴィンスだが、決して理不尽なことはしないだろう。


しかし、いつもヴィンスに頼ってばかりではいけない。

私も私の出来ることをしなければ。

……とりあえず、ちゃんと稼げるようになろう。





「はい、ご注文のワンピースです!」

「わあ!可愛い!ありがとう!」


今日私が納品した物は、受付嬢リリーの注文のワンピースだ。

華やかだが派手すぎず、我ながらリリーによく似合うデザインだと思う。


ちなみに、私は裁縫は得意だが、デザインセンスはない。

すべて前世で好きだったブランドのデザインを流用している。


パクり?盗作?著作権?そんなものはこの世界に存在しませんので。


「クレアの作る服は、他に無いデザインだから、皆に羨ましがられるの!またお客さんになりそうな子、紹介するね」

「助かる!」


そのまま、はしゃぐリリーの恋バナを聞いていると、小さな影が、ヨロヨロと近寄ってきた。


「ああ、マジ疲れた……」


年齢に似合わない深い溜め息をつき、薄汚れた姿のノアが、そのまま、私たちが話しているカウンターの下に座り込んだ。

どうやら本当に疲れ切っている様子だ。


「ノア君、お疲れ様」

「ノアお帰り。ヴィンスは?」

「外でギルド長と話してる」



あれからヴィンスは、ノアをクエストに連れて行き、その都度、報酬を与えるようになった。


どうやら、危険な崖や、細い隙間に生えている植物の採取に、ノアの人間離れした運動神経や、小柄な体格が役立っているらしく、ヴィンスの名はますます上がっている。


今やノアは、ヴィンスの弟子として、ギルドですっかり認知されている。


ノアは、未だに自分のことをほとんど語ろうとしないし、仲間のことも、どこで寝泊まりしているのかすら、明かそうとしない。


でも、少しずつ表情も緩くなって、口数も増えてきたような気がする。

窃盗を繰り返す孤児の噂も聞かなくなった。



……しかし、こいつら、目立ちすぎだけど大丈夫?


魔王と、罪状が沢山ありそうなわけあり孤児のバディ。

結果さえ残せば、人格は一切気にしないギルドの方針のおかげで、過去は全く深堀されないものの、何だか不安だ。


そんなことを考え、ぼんやりしていると、私のバッグの中から勝手にクッキーを出し、頬張っていたノアが、おもむろに問いかけてきた。


「そういえば、あんた、貴族のお姫さまってマジか?」

「ええ?そんなわけないじゃん」


唐突な問いに、思わず大きめの声が出てしまった。


私の姿を見て、一体どこから貴族令嬢なんて発想が出てきたのか。

どう見ても、貴族らしい(がく)(ひん)も美貌もない……自分で悲しくなってきた。


「だよなあ」とノアも納得している。

しかし、なぜ突然そんな突拍子もないことを言い出したのかと、ノアに聞いてみると、予想外の言葉が帰ってきた。


「街で噂になってたから」

「はあ?どんな?」

「あんな凄い才能を持ってるヴィーは、ただ者ではないだろ?恐らく、騎士とか。で、そのヴィーが大事に守ってる女だから、どこぞの姫じゃないかって。身分違いで駆け落ちしてきたんだろうって、武器屋の爺さんが言ってた」


確かにヴィンスは、名のある騎士や魔導士にもなれる男だ。その見立ては悪くない。

ただ、私はどう頑張っても、姫には程遠い。


すると、リリーも話に入ってきた。


「へぇ~、女性陣の噂とはちょっと違うね。こっちだと、ヴィンセントさんがやんごとなき身分の方になってて、侍女のクレアと禁断の恋!そして駆け落ち!って感じ」


見た目は、そちらのほうが正しいかも。いやいや、そういう問題じゃない。


「違うから!駆け落ちじゃないし、どっちも平民だし!」

「大丈夫。深い事情は聞かないから」

「大丈夫じゃない!」


私の必死の釈明を無視して、リリーはクエスト受注に来た冒険者の対応に行ってしまった。


「おっと、そろそろヴィーが来るな。俺は帰る。あんたと話しているところ見られたら、殺される」

「ちょっと……」


ノアはクッキーをもって軽やかに走り出した。

が、数メートル先で一旦振り返った。


「そうそう。この前あんたらの家にあったお菓子、すげえ旨かった」

「ああ、あのマフィン」

「また作っといて」


言うが早いか、ノアはドアから飛び出して行ってしまった。


「いや、あのマフィンは、ヴィンスが作ったんだけど……」


私の悲しい呟きは、誰の耳にも入らず、溶けていった。


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