誤解が次々生じていくよ
流れで自宅に連れてきてしまったノアは、一応おとなしくしているが、目は油断なく部屋を見渡している。
明らかに人間のものより鋭い犬歯が、威嚇するように口からのぞいている。
ノアの過去を思えば当然のことだが、野生動物のように警戒感丸出しだ。
(さて、どうしよう……)
冷静になった今も、ノアを助けたいと思っている。
勝手な罪悪感と、薄っぺらい偽善、単なる自己満足に過ぎないと自分でも思うが、このままノアを見て見ぬふりは出来ない。
しかし、現実問題として、今の私に何が出来るのか?
自分の生活を安定させることに精一杯な状態で、ノアを養うことなんてできるはずもない。
多少のお金や食べ物はあるが、そんな一時的な『施し』は何の解決にもならないし、むしろノアを怒らせるか、傷つけるだけになる気がする。
思い悩む私をよそに、ノアは、テーブルの上に置いてあったマフィンを勝手に食べている。
遠慮なく2個目に噛りつくノアを、無言で見つめていたヴィンスが、おもむろに口を開いた。
「いいか、明日の朝、ギルドの前に来い」
「はあ?」
「仕事をくれてやる。盗みよりよっぽど確実に稼げるようにしてやる」
突然の提案に、ポカンとしていたノアだが、すぐにヴィンスを睨みつけた。
「どういうつもりだ?何か企んでるんだろ!?」
「別に」
ヴィンスの横顔を凝視するが、変わらぬ仏頂面で、私も真意は読み取れない。
「来なかったら……分かってるな?」
年下に対し、大人げなく凄み、そのままぽいっとノアを家から放り出したヴィンスだが、さりげなく小金を握らせていたのを、私は見逃さなかった。
今まで、他人に興味をあまり示さなかったヴィンスが、初対面の子供を救おうとしている。
何一つ役に立っていない自分のことは棚の上に置いといて、私はヴィンスの成長に、猛烈に感動した。
「……なんだかんだ言って、優しいんだから」
「そういうわけじゃない。来なかったらそれまでだし、使えなかったら、容赦しない」
憮然とした表情で、物騒な言葉を呟いているヴィンスだが、決して理不尽なことはしないだろう。
しかし、いつもヴィンスに頼ってばかりではいけない。
私も私の出来ることをしなければ。
……とりあえず、ちゃんと稼げるようになろう。
◇
「はい、ご注文のワンピースです!」
「わあ!可愛い!ありがとう!」
今日私が納品した物は、受付嬢リリーの注文のワンピースだ。
華やかだが派手すぎず、我ながらリリーによく似合うデザインだと思う。
ちなみに、私は裁縫は得意だが、デザインセンスはない。
すべて前世で好きだったブランドのデザインを流用している。
パクり?盗作?著作権?そんなものはこの世界に存在しませんので。
「クレアの作る服は、他に無いデザインだから、皆に羨ましがられるの!またお客さんになりそうな子、紹介するね」
「助かる!」
そのまま、はしゃぐリリーの恋バナを聞いていると、小さな影が、ヨロヨロと近寄ってきた。
「ああ、マジ疲れた……」
年齢に似合わない深い溜め息をつき、薄汚れた姿のノアが、そのまま、私たちが話しているカウンターの下に座り込んだ。
どうやら本当に疲れ切っている様子だ。
「ノア君、お疲れ様」
「ノアお帰り。ヴィンスは?」
「外でギルド長と話してる」
あれからヴィンスは、ノアをクエストに連れて行き、その都度、報酬を与えるようになった。
どうやら、危険な崖や、細い隙間に生えている植物の採取に、ノアの人間離れした運動神経や、小柄な体格が役立っているらしく、ヴィンスの名はますます上がっている。
今やノアは、ヴィンスの弟子として、ギルドですっかり認知されている。
ノアは、未だに自分のことをほとんど語ろうとしないし、仲間のことも、どこで寝泊まりしているのかすら、明かそうとしない。
でも、少しずつ表情も緩くなって、口数も増えてきたような気がする。
窃盗を繰り返す孤児の噂も聞かなくなった。
……しかし、こいつら、目立ちすぎだけど大丈夫?
魔王と、罪状が沢山ありそうなわけあり孤児のバディ。
結果さえ残せば、人格は一切気にしないギルドの方針のおかげで、過去は全く深堀されないものの、何だか不安だ。
そんなことを考え、ぼんやりしていると、私のバッグの中から勝手にクッキーを出し、頬張っていたノアが、おもむろに問いかけてきた。
「そういえば、あんた、貴族のお姫さまってマジか?」
「ええ?そんなわけないじゃん」
唐突な問いに、思わず大きめの声が出てしまった。
私の姿を見て、一体どこから貴族令嬢なんて発想が出てきたのか。
どう見ても、貴族らしい学も品も美貌もない……自分で悲しくなってきた。
「だよなあ」とノアも納得している。
しかし、なぜ突然そんな突拍子もないことを言い出したのかと、ノアに聞いてみると、予想外の言葉が帰ってきた。
「街で噂になってたから」
「はあ?どんな?」
「あんな凄い才能を持ってるヴィーは、ただ者ではないだろ?恐らく、騎士とか。で、そのヴィーが大事に守ってる女だから、どこぞの姫じゃないかって。身分違いで駆け落ちしてきたんだろうって、武器屋の爺さんが言ってた」
確かにヴィンスは、名のある騎士や魔導士にもなれる男だ。その見立ては悪くない。
ただ、私はどう頑張っても、姫には程遠い。
すると、リリーも話に入ってきた。
「へぇ~、女性陣の噂とはちょっと違うね。こっちだと、ヴィンセントさんがやんごとなき身分の方になってて、侍女のクレアと禁断の恋!そして駆け落ち!って感じ」
見た目は、そちらのほうが正しいかも。いやいや、そういう問題じゃない。
「違うから!駆け落ちじゃないし、どっちも平民だし!」
「大丈夫。深い事情は聞かないから」
「大丈夫じゃない!」
私の必死の釈明を無視して、リリーはクエスト受注に来た冒険者の対応に行ってしまった。
「おっと、そろそろヴィーが来るな。俺は帰る。あんたと話しているところ見られたら、殺される」
「ちょっと……」
ノアはクッキーをもって軽やかに走り出した。
が、数メートル先で一旦振り返った。
「そうそう。この前あんたらの家にあったお菓子、すげえ旨かった」
「ああ、あのマフィン」
「また作っといて」
言うが早いか、ノアはドアから飛び出して行ってしまった。
「いや、あのマフィンは、ヴィンスが作ったんだけど……」
私の悲しい呟きは、誰の耳にも入らず、溶けていった。




