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【閑話】魔王の焦りと、新たなライバル

大切な人と歩む旅路が、これ程楽しいとは想像もしていなかった。


目的地は、山奥でも、荒れ地でも、孤島でも、別にどこでもいいと思っていたから、クレアがシュロアールの名前を出した時、何の異論もなかった。


勿論、道中では、魔物が近づかないよう操り、ならず者がいれば、先に魔物に襲わせておき、クレアには一切の危険がないよう、全て根回しをしておいた。


さすがに天候はどうにもならず、海路で遭難したときは、魔物の力を借りざるを得なかったが、クレアは僕が魔物を使役していても、特に驚きもしないし、何も聞いてこない。


ごくごく当たり前のように受け入れている様子が、逆に怖く感じることもある。

そして、ひとつの考えが、時折脳裏をよぎる。


もしかしてクレアも、僕やアルと同じく、前世の記憶があるのではないか。


魔王(ぼく)を倒した勇者パーティは、アル以外の他のメンバーも、神とやらの祝福を受けていた。転生していたとしてもおかしくはない。

もしクレアがそうだとしたら、僕の力を普通に受け入れていることにも説明がつく。


だとすると、考えられるのは、聖女か……。


あの女のことを思い返すと、口の中に苦いものが広がり、思わず顔をしかめてしまう。


元々はどこかの国の王女で、人間から見れば『慈悲深き美女』だったようだが、僕からすれば、魔物を絶対悪と定め、魔物の殲滅こそが正しいと妄信的に信じる、話の通じない女だった。


勝手に魔物の住む地に入り、魔物の赤子から根こそぎ『浄化』を繰り広げる聖女は、それが正義だと確信している分、そこら辺の山賊やならず者よりよっぽどタチが悪い。


ある程度話の分かる勇者とは違い、最期まで僕はあの女のことは嫌いだった。

勿論、聖女(むこう)も、魔王(ぼく)のことを、心底嫌悪していたから、お互い様だが。


そんな聖女の生まれ変わりが、魔物をペットにし、魔物の上に乗って空を飛んで喜ぶ、あの呑気なクレアだとはとても思えない。

やっぱり、前世など存在せず、単にクレアは、器がとてつもなく広いのか、あるいは深いことを考えていないだけの一般人ということなのだろうか……。


答えの出ない思考を繰り返しているうちに、シュロアールに到着した。


ごく自然に、1人で職や家を探すクレアを見て、今度は焦りを感じた。

まだ自分の気持ちに整理がついていないし、結論は出ていないが、このままクレアを手放す気がない事だけは、確実だった。


シュロアール到着翌日、クレアが寝ている間に、経済面や、住居に目途をつけ、ついでに、クレアの仕事も根回しをしておいた。

ギルド長は、徹底的な実力主義者で、細かいことは気にしない人だったので、交渉は簡単だった。

クレアの仕事についても、本人の仕事振りを見てからと言っていたが、クレアの魔導紋の刺繍技術なら、まず問題ない。


あとは、彼女が状況を把握できていない間に、勢いで押し切る。

これで、いつでもクレアを守れると満足していたが、僕の思う通りにはいかなかった。



◇◇◇◇◇◇


シュロアールの市場で、無謀にもクレアのバッグを盗んだ子供を捕まえた。


抵抗を止め、不貞腐れたような顔をしている子供は、まだ幼さの残る少年だった。

バッグを盗んだあのスピードや身体能力から、恐らく『魔物の落とし子』に分類されてしまっている子だろう。

その姿から相当苦労してきたのだろうと感じたが、犯罪に手を染める孤児は、どの町にも多かれ少なかれいて、何ら珍しい話ではない。


さて、しかるべき組織――この街だと警備団――に突き出すか、面倒ごとに巻き込まれたくないからそのまま放してやるか、クレアの意見を聞こうかと彼女の顔を見ると、見たことも無い表情をしていた。


クレアは少年の顔を見て、驚いたように目を見開き、真っ青になったかと思うと、ポロポロと涙をこぼし始めた。


ただ事ではない様子に、内心パニックになった。


もう一度少年の顔を見るが、全く見覚えはない。

クレアは、この街に来るまで、ずっと村から出たことが無かった。僕の知らないこの少年を、知っていたはずがない。

少年自身も、クレアを知っている素振りはない。


何が彼女の心を揺さぶっているのか、全く思い至らないが、ひとまず落ち着かせることが先決だと、クレアを家に連れ帰った。


家に帰ってから、片手にあの少年を掴んだままだったことに気付くあたり、僕も大分焦っていたらしい。


薄汚れた少年を家に入れるのは抵抗があったので、水桶と替えの服を押し付けた。別にそのまま逃げたとしても、それはそれでどうでもよい。

クレアの心の平安が、最優先事項なのだから。


クレアは既に大分落ち着いていたが、なぜあんなに動揺したのか、話してくれない。

誤魔化そうとしているようだが、彼女は嘘が付けないし、顔に全部出ている。

苦労している孤児に対する、優しい彼女の同情かもしれないが、それにしてはいつもと様子が違いすぎる。


理由は分からないが、クレアはあの少年に、普通以上の感情を持っている。


そう思うと、かつてないほどの苛立ちに襲われた。


まさか自分が、こんなに心の狭い男だとは思わなかった。

遠くで彼女の幸せを見守っているだけで良いと考えていた、過去の自分はどこへ行ったと、冷静な部分で呆れたが、ざわついた心はなかなか静まらない。


しかも、一応身なりを整えたあの少年に、クレアの目は確実に輝いていた。


まさか、こんな可愛げのない小僧が、好きなのか……?


クレアの心を動かすあの少年を、今すぐ彼女の視界から排除したい誘惑を、必死に抑える。

どんなにクレアの心が広くても、子供を殺した僕を許すはずがない事は、冷静さを欠いていても、さすがに分かる。


しかし、こうなってしまっては、ただ野に放すことはできない。

ノアとか名乗るこの少年は、僕の目の届く範囲に置き、見張っておこうと決めた。


翌日から、ノアにクエストを手伝わさせるべく、一緒に山や草原に繰り出すようになった。


クエスト中なら、不慮の事故で片付けられるし……と思いつつ、毎朝笑顔で見送ってくれるクレアを思い出すと、結局一緒に帰ってきてしまう。

やはり僕は、どうしても、彼女が泣くようなことは出来ない。


そのうち、ノアは僕の弟子として、すっかり認知されてしまっていた。


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