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救われた私と、救われなかった少年

『ライトソードファンタジー』のパーティメンバーの1人、ノアはシュロアールの孤児院で育った。


シュロアールは大都市だけあって、それなりの孤児院が整備されており、地方に比べれば、子供にとってマシな環境だと思う。


ただ、それは、『普通の子供』の場合。

ノアは生まれたときから、『普通』とは少し違っていた。


赤ん坊のノアは、頭から犬のような三角の耳が生え、まだ乳児だというのに、立派な犬歯が口元から覗いていた。


即座に『魔物の落とし子』と判断されたノアは、実の親の手で殺されそうになっていたところを、人格者と名高い孤児院の院長に引き取られる。

聖人と持て囃された院長の下で、ノアは幸せに育つ――かと思われたが、待っていたのは、凄絶な虐待だった。


院長は表向き聖人君子を気取り、名声を得、寄附金を集めていただけで、『魔物の落とし子』に対する嫌悪感は、一般人と同様。

人格者などではなく、欲まみれの俗物に過ぎなかったのだ。


ノアは満足な食事も与えられず、日々、院長や職員の気分で痛め付けられ、働かされ、それ以外の時間は、孤児院横にある不衛生な納屋に閉じ込められていた。

それでも強い生命力のおかげか、彼はなんとか10歳となった。


だが、ノアの身体能力に気付いていた院長は、彼が成長したところで、奴隷商に売り払うことに決めていた。


ただし、『魔物の落とし子』では、高値は望めない。

そこで院長は、ノアが『魔物の落とし子』であることを隠そうと、一番の特徴である耳を切り落とそうとした……が、そこに、主人公アルが現れ、間一髪ノアを救い、悪辣な院長を断罪する。


これが『ライトソードファンタジー』で発生する、ノアのパーティ加入イベントだ。


だが、この世界は、ゲームのストーリー通りに進んでいない。

本来なら、2年前に現れるはずだったアルは、この街に来ていない。


ヴィンスに捕まったままのノアの頭を見つめる。


そこに、獣の耳は見当たらなかった。

その代わり、茶色の髪の隙間から、大きな傷痕が2ヶ所、確かに見える。


血の気が一気に引くのがわかった。


――ノアは、誰にも救われていない――


「クレア?どうした?」


ヴィンスの問いかける声も、どこか遠くに聞こえた。


今のノアは、可愛らしさの残っていたゲームの映像より、顔は大人びているが、小柄で痩せた体、不健康な顔色と、痩けた頬は、彼の置かれてきた環境の劣悪さを、何よりも雄弁に語っている。


今まで、さんざんストーリーを変え、イベントをスルーしてきたのだ。

運命が狂った人は、数多くいるだろうということは、勿論頭では理解していた。そもそも、アルが勇者になっていない時点で、世界の命運すら危うい。


それでも、自分の命が最優先、別に私が直接手を下している訳ではないと割り切ってきたつもりだった。

だけど、実際に傷つけられ、今も地獄のような暮らしをしているであろう少年を目の前にすると、私のなけなしの良心が痛む。


「ごめん……ごめんね……」

「クレア、どうした!?」


思わず口から零れたのは、謝罪の言葉。

いつの間にか涙が次から次へと溢れ出し、慌てふためくヴィンスの前で、声もなく泣き続けた。


「何この女、怖っ」


なお、当のノアは、唐突に泣き出した初対面の女に、唖然とした後、完全に引いていた。



◇◇◇◇◇◇



「はい、クレア、顔拭いて。……小僧、貴様はその薄汚い服を替えろ」

「小僧じゃねえ、ノアだ」


私の情緒不安定っぷりに、動揺したヴィンスだが、そこは様々な修羅場を(くぐ)ってきた男。

すぐに私を支えると、真っ直ぐ家まで連れ帰ってくれた。


なぜかノアの首根っこを掴んだままだったが。


家に入るなり、私に濡れたタオルを手渡し、ノアに水桶と自分の服を押し付けるヴィンスは、実に手際が良く、その姿を見ていると、少し心が落ち着いてきた。


最初は抵抗していたノアも、諦めたようでおとなしく従い、窓の外から水を浴びる音がしている。


「大丈夫?」

「うん、もう大丈夫。面倒かけてごめん」


相変わらず、計り知れない器の大きさを誇るヴィンスは、意味不明な言動を取った私に対しても、優しく対応してくれる。

引いている様子は見えない。表面上は。


「で、あの小僧……ノアとか名乗ってたな……あの子、知ってたの?」

「え、いや、知らない」


(そりゃ、やっぱり聞かれるよね)


でも、さすがに「前世のゲームのグラフィック上で会いました」なんて、説明する気もないし、できるはずがない。


「何となく、同情しちゃって……ほら、多分孤児だし、泥棒しないと生きていけないのかと思うと、涙が出て……」


ヴィンスの無表情が怖い。

いや、「他人に同情するタイプじゃないだろう」とか、考えてそうだな。幼馴染みの勘では。


「……クレアが、初対面の相手に感情移入するなんて……」


うん、だいたい合ってた。嬉しくない。

しかし、ヴィンスの顔はやや険しくなっている。


「あんなガキ……どこが……」「……もしや……年下が……」

ブツブツと何を言っているのかは、よく聞き取れないが、声のトーンは死の呪文を呟く時の同じだった。

どうやら機嫌の良くなさそうなヴィンスを刺激しないように、黙って縮こまっていると、ノアが姿を見せた。


「で、あんたら、俺をどうするわけ?」


開き直っているのか、自暴自棄になっているのか、不貞腐れた顔のままのノアを見て、思わず心の声が漏れた。


「か、可愛い……」


顔や髪の汚れが落ちると、イケメンに育つであろう片鱗は、十分に見てとれる。

どんなに不機嫌な表情をしていても、まだまだ幼さの残る顔と、クリクリとした瞳は、小動物的な可愛さを誇っている。


更に、ブカブカなヴィンスの服を、裾を一生懸命たくしあげて着ている美少年の姿が、私の心を大いにくすぐった。

これは萌える。推せる。


心の中で悶える私の隣で、ヴィンスの顔は、ますます険しくなっていた。


「……やっぱり()るか……」


何やら物騒な言葉が聞こえた。

私でも感じ取れる殺気に、先程までは生意気な口調だったノアの顔色が青ざめた。


「ちょっと!盗みで死刑はないでしょ!?」


何故かいきなり過激派になってしまったヴィンスを、今度は私が宥めることになった。


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