さすがに子供には弱い
「あ、クレア!おはよう!」
「おはようリリー。はい、これ頼まれていた魔導布」
「ええ!もうできたの!?相変わらず速っ!」
ギルドの受付に、修繕した魔導布を届けると、受付の少女――リリーが目を丸くした。
無事に引っ越しも終わり、最近の私は、冒険者ギルドの倉庫に積まれている、古びた魔導具の修繕を承るようになった。
きっかけは私が商工ギルドに出していた書類。
自己PRとして、全面に押し出していた『魔導紋の刺繍できます』が、冒険者ギルド長のイアンさんの目に留まり、仕事を回してくれたのだ。
最初はごく簡単な魔導紋の修復を依頼され、張り切って仕上げて翌日届けたところ、イアンさんやギルド職員の皆さんから、速さと出来栄えを評価していただき、継続して仕事を頼まれるようになった。
お世辞も入っているだろうし、ヴィンスの知り合いということで、気を使って貰えたのかもしれないが、自宅で出来る仕事は、とてもありがたかった。
「ギルドの倉庫に眠っている魔導具、紋が古くて面倒くさいからって、お店だとなかなか修復してくれないの。クレアが来てくれて助かる!」
「お安い御用よ。これからもぜひお願いします」
「勿論。冒険者連中にも宣伝しておくわ」
ちなみに、幼く見えたリリーは、実は私と同い年だった。
同年代の女友達は正直いなかったので、大変嬉しい。
(いや、村は高齢化が進んでいて同年代の子あまりいなかったし、孤児院出た後、すぐ働き始めたから、友達とか作る暇が無かっただけ。別に私のコミュ力に問題があったとか、そういう理由じゃない。うん)
誰に突っ込まれた訳でもないが、心の中で1人で言い訳をしておく。
リリーとたわいのない話で盛り上がっていると、ちょうどヴィンスがギルドに入って来た。
「あ、クレア」
「ヴィンスお帰り。お疲れさま」
「ただいま。今日は少し手間取ったよ」
そう言いつつ、ヴィンスはリリーの前のカウンターに、1本の草を無造作に置いた。
正直、道端の萎びた雑草にしか見えないが、リリーはすぐに息をのんだ。
「す、すごい。半日で神力草を見つけるなんて……」
どうやらヴィンスはまた、とんでもない成果を出したらしい。
目立たないようにするために、採取クエストしか受注しないようにしているヴィンスだが、簡単にクリアしすぎていて、既にギルドでは有名人になっている。本人は気づいていないが。
ヴィンスに報酬を手渡したリリーは、笑顔で私の方を向いた。
「じゃあ、クレア。また魔導紋の修繕、用意しておくから、明日取りに来てね。今日は旦那様と帰るでしょ?」
「だから、旦那じゃないから」
「はいはい、お幸せに」
からかうように耳打ちしてくるリリーに否定はしつつ、先にギルドの出口で待っているヴィンスに駆け寄った。
「クレアの用事はもう終わったのか?」
「うん、大丈夫。帰ろっか」
ヴィンスと連れ立って家路につく。
ギルド長もリリーも、少しずつ増えてきた顔見知りの方々も、私とヴィンスのことを夫婦、もしくは恋人だと思っているようだが、私達は、そういう関係には全くない。
前世で言うところの2DKの家に、一緒に暮らしているが、居室は完全に別々。
そう、私達の現状を的確に表現するのであれば、同棲ではなく、ルームシェア。パートナーではなく、同居人というのが正しい。
ヴィンスは相変わらず優しいし、面倒見も良いが、どうも幼なじみや妹に対する扱いから、はみだしていない気がする。それ以上の感情を、示されたことはない。
では、私はヴィンスとどうなりたいのか、と問われれば、答えはまとまらない。
(結局、今の関係が心地良いから、崩したくないだけなんだよね)
まあ、現状維持でいいや、と無理矢理結論付ける。
この世界で、いつまで平穏に暮らせるのか、私だってわからないのだから。
◇◇◇◇◇◇
帰宅前に、市場で夕飯の材料を買っていた時だった。
トン、と左腰に、軽く何かがぶつかった気がした。
「ん?」
衝撃を感じた辺りを見下ろすと、一拍おいて違和感に気付いた。
「……あれ?バッグがない」
右肩から斜めにかけていた布バッグが消えており、ヒモだけが、むなしくぶら下がっている。
(え?落とした?)と思ったが、ヒモの切り口は刃物を使ったように綺麗で、どう見ても自然に千切れたものではない。
私の回転の遅い頭が、「盗まれた」という可能性を、やっと導き出した時には、いつの間にかいなくなっていたヴィンスが、薄汚れた子供を片手にぶら下げて、路地裏から歩いてきた。
その少年の手には、見覚えのある私のバッグが握られている。
「捕まえてきた、これ犯人」
(お、おおぅ。速い……全てが)
少年の盗みも鮮やかだったが、ヴィンスの動きも速すぎる。
私が事件を認識する前に解決しちゃったよ。
(狙った相手が悪かったね、ご愁傷さま)
まあトロい私を狙ったのは、なかなか悪くない選択だったが、側に魔王がいたのが運の尽き。残念だったな、泥棒の少年よ。
……どこ目線で評価してるんだ、私は。
バッグの中身も全て無事で、私に被害はなかったが、ヴィンスは少年の首の後ろをがっちり掴んだままだ。
「さて、どうしようか。手際の良さから見て、この街で有名な窃盗グループだと思うけど」
「そういえば、リリーから聞いたことがある。街の自警団でも領主軍でも捕まえられない、子供の窃盗団がいるとか」
なるほど、この子がその一味か。
基本、他人のことはどうでも良い私だが、さすがに子供となると、胸が痛い。
私達はたまたま良心的な孤児院に巡り合えたから、まっとうに育ったけれど、この荒れた世界では、そうではない方が圧倒的に多い。
別になりたくて孤児になったわけでもないのに、大人からは厄介者扱いされ、まともな食事にもありつけず、犯罪に手を染めるしか、生きる道が無かった子供達だ。
私達だって一歩間違えば、そうなっていたかもしれないのに、正義ぶって捕まえることは、何だか気が進まない。
とはいえ、この子に大事なお金を盗まれて、苦しむことになった、罪のない人達も沢山いるだろう。
このまま放逐しても、また盗みを繰り返して、被害者を増やすことになるだろうし……。
ヴィンスも同じようなことを考えているのだろう。珍しく難しい顔をして、黙りこくっている。
ふと、ヴィンスに捕まったまま、不貞腐れている少年の顔に目が止まった。
年は10歳そこそこだろうか、栄養状態が悪いせいか、小柄で痩せており、ぼろぼろの服を着ている。
汚れた顔の中で、透き通るように綺麗な水色の瞳が、私の記憶を刺激した。
(この子、どこかで見たことがある……)
少年の顔を、穴が開くほどじっと見つめる。
(もう少し頬を丸くして、髪を整えて、綺麗な格好にすれば……)
私の記憶にある顔に、やっぱり似ている。ただし、私が知っているこの子は、もう少し幼くて、愛らしい顔だった。
ただし、出会ったのは、この世界ではない。
前世の、ゲーム画面を通じてだ。
『魔物の落とし子』として迫害されていたが、主人公アルに救われ、パーティ入り。
抜群の身体能力と、スピードを活かした特殊攻撃、味方補助で活躍することになる、可愛らしいちびっこ、ノア。
お姉様方の心を鷲掴みにした彼の、成長した姿が、確かに目の前にあった。




