注文の多い魔王様
「おはようクレア」
「おはよう。早いね、ヴィンス」
「うん。……もう全然早くないけど」
身支度を整えて、宿の一階に行ってみると、我が幼なじみは、既に一仕事終えたような顔でベンチに座り、コーヒーのような飲み物を飲んでいた。
「ごめん、完全に寝坊した」
「疲れてるんだから、仕方ないよ」
うう、優しすぎる幼なじみが、逆に心苦しい。
ごく自然に、私にも飲み物とパンを持ってきてくれた。
恐縮しながらコップに手を伸ばすと、ヴィンスはおもむろに口を開いた。
「これから、一緒にギルドに行かないか?」
「勿論いいよ。また仕事探しに行くつもりだったし」
「いや、仕事探しじゃなくて、住む場所を紹介してもらいに」
……ギルドで物件探し?
ギルドは人や仕事の斡旋の場所だが、不動産屋の機能まであったという記憶は無い。
少々困惑した私の顔を見て、的確に私の心の声を察したらしいヴィンスが、相変わらず冷静に話し始めた。
「今朝、試しに仕事を1つ受注してみたんだ」
「えええ!?いつの間に」
いや、私が寝てる間に、ということはわかっている。
本当に一仕事終えていたとは、ますます爆睡していた自分が恥ずかしい。
「単なる採取クエストだよ。薬草は僕の得意分野だから、2時間くらいで終わった」
「さすが……」
採取クエストといっても、当然そこら辺の草原で野花を摘んでくるといった、誰でもできるものではない。
ギルドに持ち込まれる案件は、魔物が蔓延る危険な場所で、希少性の高い草花を、何日も何週間もかけて捜索し、それでも簡単には見つからない、そんなクエストばかりのはずだ。
私が少々寝坊をしている間に、さらっとクリアできるものではないだろう。
だが、ヴィンスはそんなことは知らないのか、不思議そうに続けた。
「で、依頼品をギルドに納品したら、ギルド長に呼ばれて、色々と事情を聞かれて」
「それで?」
「勿論、細かいことは話す気はないって伝えた。まあ、冒険者ギルドなんて、ワケありばかりだから、それ以上は聞かれなかったけど。ただ、是非この街で活動して欲しいとか、熱心に勧誘されて……」
なるほど。話が見えてきたぞ。
ギルドは各地にあるが、所属する冒険者の人数やレベルはまちまちだ。
レベルの高い冒険者を多く抱えているギルドには、当然ながら高報酬の依頼が集まり、それをこなしていくことで、評判が高まっていく。
恐らく、ここシュロアールのギルド長は、初めてのクエストを、驚異的なスピードでクリアした流れ者新人をスカウトすべく、色々便宜を図ろうとしているのだろう。
「ただ薬草採取しただけで、なんであんなにおだててきたのか分からない」
そりゃあ、元医者見習いで、薬草の知識は十分、更に元魔王で魔力も十分なヴィンスにとっては簡単かもしれないけど、普通の人間には難しいのだよ。
というか、最高難度SSランクの討伐クエストも、普通にクリアしてしまうのではないだろうか?この魔王は。
……魔物の落とし子とか、また面倒な疑いをかけられかねないので、あんまり目立つようなことはしないで欲しいのだが。
「とりあえず、ギルド長が住む場所を手配してくれるそうだから、お言葉に甘えようかと思って。クレアにも一緒に来て欲しい」
「分かった。すぐに仕度するね」
慌てて朝食のパンを頬っぺたに詰め込むと、ヴィンスと連れ立って、もうすっかり昼の街に繰り出した。
◇◇◇◇◇◇
「こんにちは」
「あ!ヴィンセントさん、待っていました!ギルド長、お越しになりましたよ!」
ヴィンスが声をかけるやいなや、冒険者ギルドの受付にいた少女が弾けるように立ち上がった。
まだ幼さが残る少女は、私と同じくらいか、少し年下に見える。
「おお良かった!来てくれたか!」
受付の奥のドアから、2メートルはあろうかという、筋骨隆々の巨体が現れた。
坊主頭で室内なのにサングラスをかけている。どう考えても、ちょっと危ない筋の人にしか見えない。
無意識にヴィンスの後ろに隠れそうになる私に、男は一気に距離を詰めてくる。
私達の前に仁王立ちになると、勢いよくに右手を差し出してきた。
「ここのギルド長をやっているイアンだ。初めましてお嬢さん」
「……あ、えっと、クレアと言います。よろしくお願いします」
恐る恐る差し出された手を握ると、ブンブンと上下に振られた。
「ギルド長!力強すぎ!怯えてるじゃないですか!」
「おっと、すまんすまん」
受付の少女のおかげで、ギルド長の強烈な握手から解放された。良かった、腕がねじ切られるかと思ったよ。
「ごめんなさいね。ギルド長筋肉バカだから」
人の腕を危険に晒してくれたが、豪快に笑うギルド長に裏は感じられないし、少女と屈託なく話す様子は、とても明るく、信頼関係が感じられる。
見た目は完全に悪人だが、多分悪い人ではないのだろうなと感じた。
そもそも、本当にヤバイ人なら、ヴィンスが私に会わせようとはしないだろうし。
「いやあ、お前さんほどの冒険者が、うちで働いてもらえるならこれほどありがたいことはない!」
「いえ。ただ、先程言った通り、僕は……」
「わかってる。目立ちたくないんだろ?大丈夫、何とかする」
ヴィンスとギルド長のやり取りを少し下がって見ていると、受付の少女がこっそり囁いてきた。
「でも、5年間誰もクリア出来なかった幻の薬草採取クエストを、あっさりと終えちゃったので、もう大分目立ってますけどね」
「ですよね……」
やっぱり単なる採取クエストではなかったらしい。
ヴィンス自身も、一応ひっそりと暮らそうという意思はあるようだが、まず、自分の力が一般人から大幅にズレていることを自覚して欲しい。もう手遅れかもしれないけれど。
遠い目をしている私に気付くことなく、ヴィンスとギルド長の話は続く。
「で、お前さんの希望は、治安の良い場所で、部屋が2部屋以上、キッチンや便所は共用じゃない物件だったな」
「それから、出来る限り綺麗な物件が良い」
(おいおい、随分図々しい希望だな)
お願いしている立場だというのに、なかなか我儘なことを言うヴィンスに少々呆れていると、いきなりヴィンスが振り返った。
「クレアは他に希望ある?」
「え?私?」
突然話を振られて戸惑う私に、ギルド長も重々しく頷いた。
「そうだ。家については嫁の意見を聞かないと、あとで延々と文句を言われることになる。俺の経験談だ」
(……嫁?え、誰が?)
聞きなれない単語に、脳がフリーズした。
「イアンさん、クレアは……」
「すまねえ!俺としたことが踏み込んじまった。色々事情があるんだよな」
ヴィンスが恐らく訂正しようとしたが、それより先にギルド長は話を切り上げ、勝手に納得している。
「とにかく2人が安心して暮らせる家を紹介してやるよ!」
私はてっきり、ヴィンスの家探しに付き合っていると思っていたが、どうやらギルド長の認識は違うらしい。
しかも、ヴィンスも今度は訂正する様子が見えない。
(あれ?私達、一緒に暮らす感じ?)
フリーズした脳で必死に状況整理する私をよそに、ギルド長とヴィンスの打ち合わせはどんどん進んでいく。
そして、私が異を唱える間もなく、ギルド長の知り合いが所有する、繁華街から少し離れた住宅街のアパートメントが紹介されたのだった。
……まあ、異を唱える気なんて全くなかったから、良いんだけどね。




