魔王と村娘、旅の一コマ ②
「さあて、ここはどこでしょうか?」
「なんでクイズ形式なんだよ」
私の質問に、ヴィンスが呆れたようにツッコミを入れてくる。
決してふざけたいわけではない。少し現実逃避したかっただけだ。
私達の上には、雲一つない、晴れ渡った青空が広がっている。
下は綺麗な砂浜。そして、水平線まで続く透き通った海が気持ち良い。
まさに、最高のバカンス日和、最高のリゾート地と言っても差し支えない環境だ。
……これが、無人島遭難イベントじゃなければね。
今朝、私とヴィンスは、目的地シュロアールが海の向こう岸に、うっすらと見える港町にいた。
湾になっているため、海に沿って歩いていけば、一応シュロアールに着くものの、徒歩では大きく迂回しなければならないため、船で海を一気に突っ切るのが、通常のルートとなる。
これまで節約旅を心掛けていた私達だが、目的地を目の前にし、恐らく気が緩んだ。
乗船賃が安かったこともあり、私達は船を選択した。
その結果がこれだ。
乗船前は、雲ひとつない快晴だったのに、なぜ突然大荒れになったのか、沢山の乗客を乗せた船だったのに、なぜこの無人島に流れ着いたのが、私とヴィンスだけなのか、内海の筈なのに、他の陸地が見えないこの島は、一体どこにあるのかとか、疑問は尽きないが、イベントの前では考えるだけ無意味なのだろう。
まさか、ゲーム内で主人公パーティが巻き込まれる遭難イベントが、魔王と村娘の旅で無理矢理発生するなんて、想像もしていなかった。
このイベントで、主人公達は、無人島を探索し、魔物が大量にうろつく鬱蒼とした森を抜け、最奥で古代遺跡と、そこに佇む石碑を発見する。
その石碑には、古の勇者と魔王の戦い、そして勇者と魔王がいずれ転生するだろう、といったことが記されており、ストーリー上、ラストへの重要な伏線になっていく――のだが、私達には全く必要がない。
だって私は、前世の記憶のせいで、ネタバレをくらっている状態だし、当事者たるヴィンスは言うまでもない。ありがたい先人の伝言、申し訳ないけれど、既に知っている。
ゲームの強制力、おかしな方向に発揮されていないか?
深い溜め息をつく私の隣で、ヴィンスは眩しそうに目を細めて、空を眺めている。
「どうしたの?」
「この島を出る手段を探している」
ヘリコプターも飛行機もないこの世界で、なぜ空?と疑問に思っていると、青空に黒い点が見えた。
黒い点を見つめていると、その点は少しずつ大きくなってくる。
近付いてくると、それが大きめの鳥だと気づいた。
そのまま鳥は舞い降り、真っすぐヴィンスの右肩に着地した。
50センチメートルくらい、近くで見るとなかなか迫力のある大きさだ。
見上げていた時は黒いカラスのような鳥だと思っていたが、止まって羽を畳むと、極彩色のド派手な色合いだと気づく。
どうやら黒いのは翼の裏側や腹だけで、表面はビビットカラーで彩られており、真っ赤なアンテナが頭からトサカのように生えている。
そして目は赤い。魔物の特徴だ。
「これ、鳥?魔物?」
「魔物」
さらりと言ったヴィンスは、鳥の魔物と見つめ合う。どうやら、私には分からないが、意思疎通をしているようだ。
もはや最近、ヴィンスは魔物との繋がりを隠そうともしない。私も全く気にしていないので、黙って見守る。
むしろ、裏でコソコソして、どんどん1人で闇に染まっていくより、ずっと健全だと勝手に思っている。
しばらくして、ヴィンスが話し始めた。
「どうやらここは、航路から大分離れた孤島らしい。よくこんなところまで流されたものだと、この魔物も呆れている。助けも自力脱出も望めないそうだ」
でしょうね。すぐに脱出できるような島じゃ、イベントにならないもの。
「で、コイツが乗せていってくれるそうだが、どうする?」
「え?助けてくれるの?」
驚いて、ヴィンスの腕に止まる鳥の魔物を見つめる。
目が合うが、その真っ赤な瞳からは、何の感情もうかがえない。
「でも、乗るのは無理じゃない?」
大きめの鳥とはいえ、どう考えても人を乗せるには小さすぎる。1人だって無理だろう。
「大丈夫。魔力を込めれば、大きさ変わるから。……ほら」
ヴィンスがトサカのような部分に手を添えると、みるみる体が膨らんで行く。
呆気にとられた私の前で、鳥は一気に3メートル位になり、地面に降り立った。
「わあ、凄い!」
これなら十分に2人で乗ることができるだろう。
憧れの『空を飛ぶ』を目前に、思わずピョンピョン弾んでいると、ヴィンスに珍獣を見るような目で見られていた。
「良いのか?それ、魔物だぞ」
「え?全く気になりませんけど!触っても良い?どこから乗れば?翼を掴んでも大丈夫かな?」
「ちょっと落ち着け」
珍獣を見る目から、アホの子を見るような目に変わっているような気がしたが、気にしない。
ヴィンスの手を借り、巨大鳥の背に乗る。
前に座るヴィンスの腰をがっちり掴むと、鳥は一気に飛び立った。
「いやぁぁぁ!高い!速い!怖い!シートベルト無い!」
「耳元うるさい」
そんじょそこらの絶叫マシンとは比べ物にならない恐怖が、そこにはありました。
安全性の担保が一切無い乗り物で、私達は無事、交易都市シュロアールに到着した。
……え?無人島と古代遺跡の攻略?勿論しませんとも。




