魔王と村娘、旅の一コマ ①
「本当に徒歩で良いのか?次の町まで結構あるけど」
「大丈夫!お金は大事にしなきゃ」
私とヴィンスが、生まれ故郷の村を出て5日目。
王都とは真逆にある東の交易都市、シュロアールを目指し、私達はのんびりと旅をしていた。
シュロアールは、ゲーム中盤から終盤までお世話になる、何でも揃う大都市だ。
中世ヨーロッパ風の王都とは違い、和風・洋風・中華風が入り乱れた独特なデザインの街並みを、現実で見てみたいという、私の個人的欲望により、目的地に決まった。
そこにヴィンスの意見は1ミリも入っていない。
だって、「特に無い」しか言わないのだから。
私が無理矢理付いてこなかったら、一体どこへ行くつもりだったんだか。
……まさか魔界か。
などと考えつつ、交易都市シュロアール目指して出発した私達だが、道のりは果てしなく遠い。
勿論、馬車を使えば早く着けるが、現在無職の2人だ。
ヴィンスも私も、一応これまで貯めたお金や、キャシーさんやアメリアさんが持たせてくれたお金はあるものの、これから先、どうなるかわからない以上、使わないに越したことはない。
という訳で、出来る限り徒歩で移動している。
街と街の間のフィールドは、ゲームだと単純明解、魔物を倒し、レベルを上げながら移動したものだが、現実の地形は、当然のことながらもっと複雑だ。
間違った方向に行っても、見えない壁や、不自然な崖や水辺に遮られて、正しいルートに戻れる、というようなことは勿論なく、先人たちが切り開いた舗装されていない道を、ざっくりした地図を元に進むしかない。
今私達が歩いている道は、馬車も通れない細い山道だ。
真っすぐ一本道で迷う心配はなさそうだが、右は切り立った崖、左は鬱蒼とした雑木林で、いかにも何か出てきそうな雰囲気を漂わせている。
そのせいか、多くの人は馬車が通れる広い迂回路を選ぶようだ。私たち以外に、歩いている人影は見受けられない。
「とりあえず、日が暮れる前に次の町に着かないとな」
「もちろん。野宿はできる限り避けたい!」
まあ、ヴィンスは距離を気にしているだけで、安全性とか治安は心配していない様子だ。
なにせ、私達の旅は、魔物の生息する森を抜けたり、時には野宿する羽目になったりしているが、一度も魔物に襲われたことは無い。
魔王サマサマだ。
「足場が悪い。掴まれ」
途中で拾った太い枝を杖代わりに、足場の悪い場所はヴィンスに手を引かれる。
どうしても男性であるヴィンスには劣るが、それでも前世とは比べ物にならない位、鍛え上げられた脚力を得ているおかげで、不安定な道でもなんとか進めていた。
あと少しで、山道を抜け、大きな道路に合流できる所まで来た時だった。
「ギャー!助けてぇ!!」
左手にある森の奥から、けたたましい女性の悲鳴が聞こえた。
同時に、男性のものと思われる叫び声と、木がなぎ倒されるような轟音が響き渡った。
「ヴィンス?」
「ああ、魔物だな」
まず間違いなく、人が魔物に襲われている。
となれば、私達のやることはひとつだ。
ヴィンスが迷いなく言い切った。
「さっさと先に行くぞ」
「了解」
私も躊躇うことなく、ヴィンスと共に走り始めた。
私は魔物を倒す力は持ち合わせていないし、「助けよう!」なんて無責任なことを言って、ヴィンスに危険を犯させる気はない。
なぜなら、私達は勇者パーティじゃないから。
見知らぬ他人の命より、自分達の安全第一という方向性は、私とヴィンスで一致していた。
村では親切な医者見習いとして振る舞っていたヴィンスも、実は、それ程他人に興味がないらしい。
やっぱり、主人公アルとは正反対だ。
アルなら迷わず声のする方に向かい、赤の他人の為に、命懸けで魔物と戦うだろう。
「あっ……」
「どうした?」
アルのことで、ふと思い出した。ヴィンスが訝しげに振り返る。
「アルに、村を出たって伝えるの忘れてた。ヴィンスは言った?」
「僕が言うわけないだろ?」
そりゃそうか。ヴィンスは黙って1人失踪しようとしていたんだった。
私もバタバタと旅立ったため、アルのことはすっかり頭から飛んでいた。
アルからは、月に1回程度、私とヴィンスに手紙が届いている。
「まあ、アメリアさんやキャシーさんが伝えてくれると思うけど」とは思いつつ、微妙な顔をしているヴィンスに提案した。
「どこかの街で落ち着いたら、きちんと手紙書こう。アル、ビックリするだろうね」
明るめに言ったはずが、ヴィンスはなぜか深刻な表情に変わっていた。
「ヤバイな……。アル、キレるかも……」
「ええ?なんでアルがキレるの!?」
アルに無断で引っ越しただけで、そんな怒られること?あの温厚なアルが?と私の頭はハテナで一杯になる。
「いや、クレアにじゃなくて、僕に対して」
「なんで?」
「……こっちの話。クレアは気にしなくていいよ」
ヴィンスは誤魔化すように話を打ち切り、それっきり教えてくれなかった。
話に夢中になりながら先を急いでいたため、いつの間にか、周りがすっかり静かになっていたことに、気付かなかった。
私達は特に魔物と遭遇することもなく、無事に次の街に到着したのだった。




