先輩からのありがたい助言
数日後。
月明かりと、点在する人家の窓から、僅かに漏れる光位しか、照らすもののない真夜中。
村から出る道の脇の茂みに、私はひっそりと隠れていた。
傍目から見れば、完全なる変質者だ。
(誰かに見られたら、恥ずかしすぎる)
とはいえ、ど田舎の村の、こんな外れを、真夜中に出歩く人はまずいない。
(さて、どう出ることやら……ヴィンスの奴め)
◇◇◇◇◇◇
先日、診療所でキャシーさんに聞かされたのは、ヴィンスの逃亡計画だった。
「おかしいじゃない?なにひとつ悪いことしてない子が、犯罪者のように扱われるなんて」
全くもって同意だ。
でも、それは私がちょっと変わった人間だからであって、大部分の人は、異なる見た目や力を持つ人を差別し、排除したがる。
キャシーさんの正論も、この世界では少数派なのだ。
「だから、王都に報告を上げる前に、ヴィンセントには別の町に行くように伝えたわ」
「ヴィンスはなんて?」
「最初は渋っていた……というか、もうどうでも良さそうだったけど、私達の精神衛生のためだって脅したの」
「それはどういう……?」
うふふ、とキャシーさんは微笑んだ。
ご年齢はそれなりの筈だが、実に可愛らしい。
「だって、我が子のように過ごしてきた子だもの。もしこんな形で王都に行かせてしまったら、夫婦仲も最悪になるし、私は泣き暮らして、儚くなるでしょう、ってね」
優しくて人が良く、キャシーさんに頭が上がらないヴィンスだ。
そんな大袈裟な、と思っていても、強く言われれば、言う通りにするだろう。
「夫は、長年お国に仕えてきたから、今更命令に背くこともできないのよ。だけど、王都への報告前にいなくなれば、なかったことにする位は、ヴィンセントに情はあるから」
キャシーさんは、暗に、モーガン先生も黙認していることを匂わせた。
今日、モーガン先生がヴィンスの話を出してきたことも、よく考えればおかしい。
だって、もうヴィンスに関する方向性は出ていたのだ。私の意見を聞く必要なんてない。
モーガン先生も、私に知らせようとしたのだ。私から、ヴィンスに逃げるように言って欲しいという、不器用すぎるモーガン先生の愛情なのだとようやく気付いた。
「来週には出発させる予定よ。なんでも協力するわ。だから、クレアちゃんもヴィンセントも、悔いがないよう……」
モーガン先生も、キャシーさんも、精一杯、ヴィンスに対して出来ることをしているのだろう。
私は、ヴィンスのためにどうすれば良いのか。
何よりまず、ヴィンスと話さなければならないと決意したが、何度突撃しても、キャシーさんの手引きがあっても、ヴィンスと顔を合わせることすらできない。
間違いなく、意図的に私を避けているチート魔王に、一般人は為す術なく、時間だけが過ぎていった。
◇◇◇◇◇◇
「クレア、手が止まっちゃってるわよ。大丈夫?」
「あ、すみません!」
キャシーさんから聞いた、ヴィンスの出立日まであと2日しかない。
全く状況は好転せず、焦りと疲労だけが募り、仕事中なのに、ぼんやりしてしまった。
慌てて謝罪するが、アメリアさんは責める様子はなく、むしろ心配げに私を見ている。
「どうしたの?最近ますます様子が変よぉ……。私で良ければ、話は聞くわ」
「いえ、別に……」
「言いなさい。雇用主命令よ」
完全にパワハラだ……。しかし、この世界に労基署は存在しない。
アメリアさんの目は本気だ。
どうやら誤魔化しを許してくれそうな雰囲気もない。
でも、アメリアさんはマイペースだけど信頼できるし、何より、王都でバリバリ働き、若くして自分の店を開いている、人生経験抱負な人だ。
相談相手としてうってつけかもしれない。
魔物の落とし子の事や名前を出さず、漠然とした相談をしてみようと思った。
「あの、大切な人が、ピンチになっているのに、出来ることが思いつかないんです。何かしなきゃって思うんですけど、本人にも避けられちゃってるし……」
うん、我ながら説明が下手すぎる。
こんなグダグダで意味不明な質問、アメリアさんじゃなくても困るわ。
だが、アメリアさんは呆れるでも、馬鹿にするでもなく、ニコニコしていた。
「クレアは本当に優しいわねぇ」
「はあ……」
どこに優しい要素があったのか、アメリアさんの発想がよく分からない。
手に持っていた生地と針を作業台に置き、アメリアさんはグイっと身を乗り出してきた。
「だって私はね、今まで相手のして欲しいことなんて、別に考えてこなかったもの。私のやりたいようにしか、やってこなかったわ」
「えぇ……」
さすが美人さんは違う。
相手に一切媚びないところは、1周回って格好良いけど、私みたいな平凡な女に、そのキャラは無茶だ。
「勿論、それじゃ上手く行かないことも沢山あったけれど、不思議と、相性の良い人とは、私のやりたいようにやったことと、相手の望んでいたことが一致したのよねぇ」
アメリアさんは、何かを思い返すような遠い目をしながら、続けた。
「どんなに仲良くたって、人が本当に望んでいることなんて、分かる訳無いじゃない。だったら、自分の心のままに動く、それが一番後悔しない!が私の持論よ」
「でも、迷惑をかけてしまったら……」
「それは、運命の相手じゃなかったってことね。切り替えて次の人に行けばいいのよ」
アメリアさんは、相当強引なことを言っているのに、今の私の胸には、なんだかスッと落ちた。
「それに、ヴィンス君なら、クレアのやることはなんやかんやで、全部受け入れると思うわ」
「それはないです……え?」
いや、ヴィンスって言っちゃってるし!
「え、いや、あの、」と、あたふたし始めた私を、一切無視して、アメリアさんは勢いよく私の両肩を握り締めた。
「さあ、クレア。あなたが今したいことは何?あなたはヴィンス君とどうなりたいの?」
「えっと……」
ヴィンスは私を徹底的に避けている。恐らく、私に何も告げずに、黙って村を去るつもりなんだろう。
そして、それは、二度と会えないことを意味する。
一方、アルもヴィンスも村を離れれば、私がゲームのストーリーに巻き込まれる可能性は大幅に減ると思う。
当初の夢だった、平凡な暮らしが手に入るかもしれない。
そんなことを考えたのは、ほんの一瞬だった。私の結論は、最初から決まっている。
「私は、ヴィンスと一緒にいたい」
自分でも驚くほど強い声が口から出た。
でも、言葉にしてみて、はっきりと自覚した。これが、今の私の偽らざる願いだ。
「そう!なら、進むべき道は一つね!」
怖いほど表情を輝かせたアメリアさんが、即座に店の入り口に『CLOSE』の看板を出した。
そして、座ったままポカンとする私の背を叩き、旅の準備を始めたのだった。




