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チュートリアルは始まらない

前世の私は、ごくごく普通のOLだった。

パソコンに向き合い、書類をめくり、取引先を訪問し、電話をかけたり取ったり、ヘトヘトになっては、1DKのアパートに帰る。

そんな平和だが代わり映えのしない毎日を送っていた私の唯一の趣味は、ゲームだった。

それも乙女ゲームや、日常ほのぼの系ではない。


平凡な私が渇望していたのは、激しいバトルだ。

ロールプレイングゲームやアクションゲームを好み、日頃のストレスを発散するかのように、敵をバッサバッサとなぎ倒し、休日はご飯もそこそこに、朝から晩までプレイし続けていたものだ。

……可哀そうな人じゃないですよ。これでも本人は楽しんでましたから。


さて、この世界と極めて良く似た世界観のゲーム、『ライトソードファンタジー』は、某据え置き型ゲーム機専用、完全一人プレイのRPGである。


魔物と呼ばれる生物が蔓延り、人類が追いやられている世界で、勇者の力に目覚めた主人公が、仲間達とともに、魔物を倒し、元凶の魔王を倒す!という、そこかしこで聞いたことのある、使い古されたストーリーが、鼻で笑われ、クソゲーと評された、悲しきソフトである。

ストーリーを重視しない私にとっては、バトル時の操作性の自由度が高く、割とお気に入りのゲームだったが。


このゲームのオープニングで、主人公が勇者の力に目覚めるきっかけとして描かれるのが、幼なじみの少女クレアが、目の前で魔物に殺されてしまうシーンである。


主人公を庇い、獰猛な熊型の魔物の一撃で吹き飛ぶ少女。それを見た瞬間、主人公の力が覚醒し、魔物を倒す伝説の剣『ライトソード』がその手に現れる。

そして、操作説明(チュートリアル)を兼ねた初バトルがスタートするのだ!


いやあ、やっぱりありきたりなストーリーだ。剣の名前も、もう少し捻りなよ。



……て、今まさにあのシーンそのままだよね!?

現実逃避している場合じゃないよ!


私の目の前には、巨大な熊型の魔物、ファイアグリズリーが立ち上がり、鋭い爪の生えた手を振り上げている。その目は真っ赤で焦点がどこにあるか分からない。どう見ても普通の生き物ではない。


後ろには、あのゲームの主人公と同名の幼なじみ、アルバート――アルが私の名を叫んでいる。


(いやいやいや!私は他人のために死にたくありません!)


反射的にしゃがみこむと、魔物の手が頭の上を思いっきり掠めていった。

すごいぞ私の反射神経。これが火事場の馬鹿力という奴か。


しかし、奇跡的に第一撃を躱したが、依然絶体絶命だ。

あの一瞬で、いきなり前世の人格が覚醒した私は、最早幼なじみも、村の長老も、全く庇う気のない、自己中心的な女と化していた。


諦めず、再び走り出す。アルのいる方角へ。魔物を引き連れたまま。


別に巻き込んでやろうとか、そんな性格の悪いことを考えた訳ではない。たぶん。

ただ、私が死ななくても、ピンチになることで、なんとか勇者の力を覚醒してくれ!とは思っていた。


(え、マジか!?)とでも、言いそうな顔になったアルに向かって突進する。


「アル!助けてぇ!!」


勇者の力が覚醒する前のアルは、単なる漁師見習いだ。

どう考えても、(もり)で魔物は狩れない。


(さあ、早くライトソードを手に入れろ!)


しかし、私の願いも虚しく、アルはあたふたしたまま、何と、長老を担ぎ上げようとしている。


(おおい!人を担いで逃げきれると思ってか!?この際置いていけ!)


ひとでなしとでも、何とでも責めるが良い。

私にだって、困っている人は助けたいという、一応人並み程度の良心は多分あるし、お年寄りを見殺しにしたいなんて思うほどクズではない。多分。


しかし、自分の命を捨てても、他人を助けたいと思うほど、聖人君子でもなかった。


前世、なぜ死んだのかは全く思い出せないが、せっかく生まれ変わったのに、また早々に死ぬのは、絶対に嫌だ。


だが、正義感溢れるTHE・主人公のアルに、人を見捨てるなどという発想はないようだ。

自分だけ逃げることも無く、必死に長老を背負い、その上、手を伸ばして私を待っている。


「クレア!頑張れ!」


必死に叫ぶアルの目は、汚れなく真っすぐだ。

幼なじみの少女(つまり私)が、『長老を置いてけば、逃げる時間が稼げるじゃん!』なんて考えているとは、夢にも思いもしないだろう。


やっとの思いでアルの手に掴まると、力強く引っ張られる。

人を背負って、片手でもう一人を引きずって、これ程の速さで走れるとは、さすがは主人公。私はもう足の回転が追い付かないよ。


しかし、ファイアグリズリーは、移動速度がそこまで速くないとはいえ、持久力は人間の比ではない。このまま追いかけっこを続けていても、間違いなく逃げ切れないし、死体の数が増えていくだけだ。


(どうする!?長老を生贄にする以外、何かない!?)


私が死ななければ、意地でも勇者の力が覚醒しないというならば、他の助かる方法を考えなければならない。

ダッシュしながら、あまり出来のよろしくない頭をフル回転させる。


(思い出せ……『ライトソードファンタジー』のストーリー、技、何か……)


ファイアグリズリーの弱点が腹だとか、氷属性の攻撃が効果抜群だとか、そういう攻略情報は思いつくが、現実に腹を攻撃するなんて無理だし、氷属性って一般人がどうやってするのよ!としか言いようがない。

となるとストーリー上に、ヒントはないか。ファイアグレズリーは、覚醒したアルがバトルの末に、ライトソードで倒す。で、その後、確か……。


その時、私の錆びついた脳細胞は、あのクソゲーの中から、一筋の光明を見出した。


(助っ人だ!格闘家マテオに来てもらおう!)

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