すれ違いものは好きじゃない
ヴィンスと共に村に帰りついた時には、既に日付も変わり、深夜を過ぎて明け方に近い時間になっていた。
村を出発してから、まだ丸1日も経っていないというのが、嘘だと思うくらい、長く苦しい時間だった。
ヴィンスに促され、真っ直ぐ向かった診療所には、モーガン先生とキャシーさんが、恐らく眠らずに待ち構えてくれていた。
すぐに診察室に連行される。
「擦り傷と、多少の打ち身だけね……不幸中の幸いだわ」
私の無残に破かれた服を見て、息をのんだキャシーさんも、未遂で済んだこと、外傷も大したことはないことに、安堵の息を吐く。
モーガン先生に回復魔導をかけてもらうと、あっという間に痛みは無くなった。
「体はもう大丈夫。でも、疲労と精神的な疲れは休むしかないから」と、キャシーさんに促され、病室のベッドに横になる。
ふと、ヴィンスの姿が見えないことが気になった。
「あの、ヴィンスは?」
私の問いに、曖昧な反応を見せたキャシーさんに代わり、答えてくれたのは、モーガン先生だった。
「ヴィンセントは、疲れ切っていたゆえ、先に休ませている」
「ええ?大丈夫ですか!?」
私を救うために、あれだけ力を使ってくれた上に、盗賊団のアジトから村までの長距離を、ほとんど私を抱えて移動してくれたのだ。普通に考えて、並みの疲れではないだろう。
今になって気づき、慌てて起き上がろうとするが、、キャシーさんにがっちり肩を抑えつけられて、ベッドに戻された。
「ヴィンセントは大丈夫よ。今はクレアも休むの。貴女達は、お互いを心配しすぎて共倒れになっちゃうわ」
有無を言わさないキャシーさんの目に、今すぐにヴィンスの所に行くことは諦め、素直に休むことにした。
色々ありすぎてまだ興奮状態にある頭で、眠ることができるのだろうかと思ったが、体は恐ろしく疲れていたらしい。気づくと、深く眠ってしまっていた。
昼近くなり、眩しい光がカーテンの隙間から射しこんだことで、ようやく目が覚めた。
ふと枕元を見ると、驚くほど泣き腫らした顔のアメリアさんが座っていた。
「あ、アメリアさん……大丈夫ですか?」
あまりの変化に、開口一番、逆に心配してしまった。
いつもメイクばっちりのアメリアさんが、髪を振り乱してボロボロ泣いていた。
「……私が1人で行かせたから……ごめんなさい」
「そんな。私が行きたいって言ったんです!アメリアさんのせいでは全くありません!」
大した怪我もしていないし、大丈夫ですよと伝えても、随分責任を感じてしまっているようだ。
見たことも無いくらい落ち込んでいるアメリアさんを、キャシーさんと一緒に宥める。
途中で何事かとモーガン先生が覗きにくるくらいだったが、そこにもヴィンスの姿は見えなかった。
結局、ヴィンスに一度も会えないまま、アメリアさんと仕立屋に帰っていった。
◇◇◇◇◇◇
「大変な目に遭ったわね……元気だして」
「ありがとうございます」
またか、と内心うんざりしながら、営業スマイルを商家の奥様に向ける。
数日前に村の近隣で起きた事件は、あっという間に小さな村中に広まっていた。
馬車が襲われた時、私以外に1人だけ生き延びた乗客がいたらしい。
その人が、事件現場から一番近いこの村に助けを求め、ヴィンス以外の村の人も、総出で私を捜索してくれた。
私が助かったのは、間違いなくその人のお陰でもあるのだが、私が盗賊団に拐われたということも、様々な想像力で膨らまされながら、広がってしまった。
他の人は全員殺された中、若い娘だけがアジトまで連れていかれたのだから、何があったか、考えることは大体皆同じ。
いちいち「皆様がご想像していることは、未遂でした」と言って歩くこともできないし、そもそも、いくら図太い私でも、あの時のことは思い出したくない。
顔を合わせる人、皆から同情され励まされる。
多くの人は、心から案じてくれているとは、分かっているが、その心配そうな顔の裏で、下世話に噂されていることを想像してしまい、ムカムカと気持ちが悪くなる。
外を歩いている時、私を見ながらひそひそ話している人がいるのは、私の被害妄想だけではない気がする。
(いかんいかん。せっかく無事に帰ってきたんだから。人の噂なんて気にするな)
負の感情に囚われそうになる思考を、頭を振って切り替える。
それよりも、私が今気になっているのは、ヴィンスだ。
私を助けてくれた日以来、何度診療所を訪ねても、いつもタイミングよく外出中で、不思議なくらい会えない。
村人の誰に何を噂されても、気にしないようにすることはできると思う。
でも、ヴィンスに避けられてしまうことは、私にとって何よりも耐えられないことなんだと、この数日で思い知らされた。
商会で注文を承った後、そのまま予定に無かった診療所に足を運んだ。
もしヴィンスがわざと私を避けているのなら、アポなしで訪問すれば、逃げられないのではないか、と考えたのだが……。
「ごめんね。さっきまで居たんだけど、急に往診に行くとか言って」
本当に申し訳なさそうなキャシーさんの言葉に、歯ぎしりしそうになる。
どうやら魔王の意表を突くのは、相当困難のようだ。
「分かりました……突然来てしまってすみません」
表情に出さないように気を付けたつもりだったが、自分でも驚くほど落ち込んだ声が出てしまった。
キャシーさんも切なそうな顔に、堪えていた涙が込み上げそうになる。
とはいえ、ここで泣いても何にもならない。おとなしく仕立屋に帰ろうと、踵を返した時だった。
「おお、クレアよ。少し寄っていきなさい」
診療所の奥から声を掛けてきたのは、モーガン先生だった。
「ヴィンセントのことで、聞きたいことがある」
モーガン先生の雰囲気から、あまり良い話ではないな、と私の第六感が告げていた。