ヒロイン(?)ピンチイベントはお約束
話の進行上、不快に思われるシーンがあります。
仕入れた品物は、まとめると大分嵩張る量になったので、配送業者に運搬を依頼した。
明日の夕方までには私達の村まで届けてくれる。
私は身一つで、ひと足先に帰りの馬車に乗り込んだ。
行きより人数は少ないが、それでも、行商人と思われる男や、私と同じ村の夫婦など、数人が乗り合わせた。
(はあ、また2時間か……腰がボロボロ)
疲れているが、馬車は揺れが酷く、椅子も固すぎて、うたた寝すらできない。
うんざりしながら、行きとは逆の風景を、ひたすら眺め続けた。
◇◇◇◇◇◇
隣町を出て1時間位経っただろうか。
草原地帯から、森を通る道に入った時だった。
ドス、という低い音と共に、御者が突然地面に崩れ落ちていった。
「は?」
間の抜けた声が、私の隣の男から漏れた。
私も、他の乗客も、何が起きたか分からず、一瞬呆然とする。
御者を失った馬車の進行を阻むように、突如現れた、10人以上の騎乗した男達が、私達のまわりを取り囲んだ。
剣や弓で武装しており、その姿は、間違いなく正規の騎士や兵士ではない。
「と、盗賊だ!!」
行商人風の男が、荷物を抱えて慌てて立ち上がった。
だが、その瞬間、背中から斬られ、血飛沫と共に、音を立てて倒れた。
「キャー!!」
叫んだ女性にも、盗賊は躊躇なく剣を振り下ろした。
簡単に人の命が奪われていく。目の前の光景が現実とは思えない。
「おいおい、女は金になる。簡単に殺るな」
「悪い悪い」
笑いながら窘める男も、あっけらかんと応じる男も、正気とは思えない。
魔物に襲われた時とは、全く違う種類の恐怖に襲われる。
「若い女もいるぞ!生け捕れ」
若い女って……私!?
足がガクガク震え、力の入らない体で這いずるように逃げようとしたが、全くの無駄だった。
後ろから乱暴に髪を掴まれ、そのまま引きずられる。必死に抵抗するが、屈強な男には何の障害にもならないらしく、強い力で、麻袋に押し込められた。
「た、助けて!!」
喉からやっとの思いで声が絞り出されたが、何の意味もなかった。
真っ暗な狭い袋の中で、かつてないほど体は丸められる。
恐らく荷物のように馬に積まれたのだろう。酷い揺れと体の痛みを感じながら、どこかに運ばれていく。
(どうしよう……どうすれば……)
最悪な状況下で、必死に頭を動かす。
分かっていることは、この連中は多分、噂にあった盗賊団だということ。
盗賊団と聞いて、ふと『ライトソードファンタジー』のシナリオが頭に蘇った。
勇者の力を覚醒し、冒険者のマテオ、親友のヴィンスと共に、故郷の村を旅立った主人公アル。
草原でレベル上げに勤しんだ後、最初に到着した隣村で、盗賊団の話を聞く。
近隣の村や、近隣の街道を通る馬車を襲っては、人を殺し、金品を略奪し、女を攫う凶悪な盗賊団に、アルは義憤を覚え、ここから、盗賊団の壊滅及び洞窟攻略編がスタートするのだ。ゲームでは。
しかし、アルもマテオも、それぞれ旅立って、既に2年。
誰も盗賊団を討伐していないままだったなら、こいつらがあの盗賊かもしれない。
(……落ち着け、とりあえず命は今のところ助かっているし……)
……いやいや、何も助かってない。
女という理由で生かされている以上、この先に待ち受けているものは、いくら頭の鈍い私でも分かる。
(それだけは、絶対にいや!)
しかし、考えたところで、麻袋に閉じ込められた状態で、逃げる方法などなく、私に打てる手は全くなかった。
◇◇◇◇◇◇
酷い揺れが止まった。
と思うとすぐに、袋の中に突然光が差し込み、袋の外に引きずり出された。
目の前には、下卑た盗賊団の男の顔が現れた。
私の二の腕を痛いくらいの力で握りしめる男と、後ろには同じくニヤニヤと笑う3人。
更に周囲には、重そうな荷物を抱え洞窟に入る者が何人も目に入る。
縛られてはいないが、強く腕を掴まれたままで囲まれ、逃げる術が全く見当たらない。
「まあまあ悪くないな」
私を上から下まで嘗め回すような視線で見る男に、鳥肌が立つ。
私を取り囲んでいた男の1人が、振り返って大声を出した。
「お頭!先に味見しても良いですかい?」
「あまり見える所に傷はつけるなよ。値が下がっちまう」
交わされている会話が、自分のことだと信じたくもない。
モノを扱うように乱暴に突き飛ばされ、背中から土の地面に叩き付けられる。
「っや!」
逃げようと必死に体を起こそうとしたが、それよりも早く、男が圧し掛かって来た。
「あんまり暴れんな。怪我させたらお頭に怒られんだろ。俺達は優しいからな」
必死に暴れるが、圧倒的な男の力の前では、何の障害にもならなかった。
笑い声の中で、私のワンピースの襟元が裂かれる。
無駄だとしても、死に物狂いで抵抗した。
舌を噛むと死ぬというのは本当だろうか、こんな奴らの好きにされるなら、いっそ……と頭をよぎった時だった。
「うわ!!」「なんだコイツ!」
私に圧し掛かっていた盗賊が、叫び声と共に私から飛び退った。
「何があった?」と集まって来た他の男達も、ギョッとしたように立ち止まる。
視線の先は、私のはだけた胸元……そこに、大きく刻まれている、おどろおどろしい傷跡だ。
2年経ち、痛みは無くなっても、赤黒く生々しい色を依然保っている、魔物の傷。
「魔物の呪いだ……この女、呪いを受けてやがる!」
誰かの声で、一機に盗賊団に動揺が広がる。
「俺、ちょっと触っちまったよ!」「おい!呪いって移るんじゃ……」
「うるせえぞ!落ち着け!」
騒然とした男達を一喝したのは、先程『お頭』と呼ばれていた小太りの男だ。
「魔物の呪い持ちじゃ、商品にはならねえ。今すぐ処分しろ」
「お、おう」
お頭の命令を受け、盗賊の1人がすぐに剣を抜いて、真っすぐこちらに向かって来る。
マズい。貞操は守られても、このまま殺されてしまう。
人を殺すことに何一つ抵抗の無い連中だ。命乞いをしたところで、躊躇いすら生まないだろう。
かといって、取引するようなお金も財宝も持っていない。
ただ、この盗賊連中が価値を見出してくれるかもしれない、賭けられる『物』が、一つだけあった。
「待ってください!私、この洞窟の奥にある財宝のありかを知っています!」
取引できそうなものは、麻袋の中で揺られながら思い出した情報。
うろ覚えの『盗賊団のアジトの地下迷宮』、そのマップと、攻略方法だ。