乙女心は伝わらない
「落ち着いて人の話を聞け。まず、僕は王都には行かない」
「そうなの?」
絶対この話だと思っていた。
正直寂しいけれど、ヴィンスの門出を応援しようと、昨日一晩、ベッドの中で悩んだのに、どうやら取り越し苦労だったらしい。
「確かにそんな話もあったけど、興味がないから断った」
誰もが羨ましがる話だと思うのに、こんな田舎の村で良いとは、ヴィンスは野心がないようだ。
普通の若者なら断るなんてあり得ないのに、やっぱり、ヴィンスには魔王的な将来計画があるのだろうか。魔王的ってなんだそれ?
「逆に僕は、クレアが王都に行くと聞いたけど?」
1人ノリツッコミを炸裂させていた私に、ヴィンスが問いかけてきた。
「え?あ、私?まあ、まだ決めてないけど……」
アメリアさんの師匠が、王都で大きな仕立屋を営んでおり、そこに修業に行ってみないかと、持ちかけられたのが、数日前の話。
ほとんどこの村から出たことがない私としては、都会に純粋な憧れがあるし、新しい裁縫技術を習得できることに対する、期待もある。
何より、ヴィンスも王都に行ってしまうと思っていたから、1人で村に残るのも寂しいし、この際、ストーカーのように追っかけるのもアリかな、と気持ちが傾いていたのは事実だ。
でも、ヴィンスがこの村に残ると聞いたら、現金な私は、途端に村を出る気が失せていた。
「良いんじゃないか?せっかくのチャンスなら行ってみても」
なのに、ヴィンスはあっさりとしている。
(私の気持ちも知らないで。冷たくない?)
ヴィンスがよかれと思って後押ししてくれているのは分かる。
私の気持ちなんて知る由もないし、知る必要も無いのに。これは完全なる八つ当たりだ。
分かっていても思わずむくれてしまう。
何を勘違いしたか、ヴィンスは優しい大人の表情で、続けてきた。
「僕はクレアのやりたいことを、応援するから」
「……そう」
ヴィンスは多分、心から言ってくれている。すごく優しい言葉なのに、すんなり受け入れられない。
なんだろう、このもどかしい感じ。私は何を1人でいじけてるんだ?
(……私、何か面倒くさい性格になってない?)
微妙な空気が流れる私達のテーブルに、女将さんが両手にお盆を抱え、ニヤニヤ笑って現れた。
「ヴィンセント君は、もう少し乙女心を学んだ方が良さそうねえ。はい、魚2つお待ちどう!」
派手な音を立てて、女将さんが、2人分の料理を豪快にテーブルに置く。
「ごゆっくり!」
笑いながら戻る女将さんを、ヴィンスは訳が分からないといった表情で見送っている。
気持ちのもって行き場が分からなくなった私は、八つ当たり気味に、目の前の焼き魚に、頭からかぶりついた。
脂が乗っていて、とても美味しかった。
◇◇◇◇◇◇
「では、仕入れに行ってきますね」
「クレア、本当に1人で大丈夫?」
「抜群のセンスを発揮して見せます!」
テーラーアメリアでは、注文に合わせて、月1~2回、生地や糸などを仕入れている。
行商人から買うこともあれば、隣町にある商会に直接買い付けにいくこともあり、今回は、私が希望して1人で行くことになった。
王都行きの話は、まだ保留のままだが、アメリアさんの下で学べることは、積極的に経験していこうと決めた。
まずは、いつもアメリアさんの後ろで見ているだけの仕入れを、任せて貰えることになった。
隣町までは、馬車で2時間ほど。朝一番の乗合馬車に乗り、夕方までに戻ってくる日帰りの予定だ。
短い滞在時間で、より良い物を選び出す目利きと、予算内で必要な物を揃える判断力が問われる。
最近のウダウダとした気持ちは切り替え、仕事に集中しようと決めた。
屋根すらない荷馬車に、同じく隣町に用事のある村人や、隣町に帰る人、旅人などと乗り合わせ、ゴトゴトと揺られる。
アメリアさんのお伴で、何度も乗っている馬車だが、ひとり旅だと思うと、少し新鮮だ。
何もすることもないので、草原の景色を眺める。
ゲームでは、プレイヤーは主人公アルを操作し、この道で雑魚魔物を倒して経験値を稼ぎ、隣町に向かったものだ。
だが、現実では、この街道沿いは最近、近隣領主が魔物討伐に積極的に取り組んだお陰で、魔物がほとんど現れなくなっており、こうして一般人の私達も、普通の馬車で移動できている。
(やっぱり、ゲームとはだいぶ違うわね)
主人公のアル自体がもう王都に行ってしまったので、私の知るストーリーは、もう意味がないのだろうけど。
「最近西の村に盗賊団が出たらしい。何人も殺されて、若い娘は連れ去られたそうだ」
「物騒だな」
「早く討伐してもらいたいもんだね」
乗り合わせた乗客達の世間話を聞き流しながら、私はぼんやり外を眺め続けていた。
◇◇◇◇◇◇
お世辞にも乗り心地の良くない馬車に揺られること2時間。痛む腰を擦りながら、ようやく隣町に到着した。
町といっても、私達の住む村に毛が生えた程度の規模だが、良い布地を扱う問屋があり、テーラーアメリア御用達なのだ。
今回は私1人だったが、気の良い主人は、足元を見ることなく、アメリアさんと来た時と同じように、お客様として丁寧に対応してくれた。
「さすがアメリアさんのお弟子さんですね。お目が高い!こちらの生地もいかがですか?今王都で流行のデザインで……」
「素敵ですね!でも、今回は男性のフォーマル服の注文ばかりなので、また次の機会にします」
無駄遣いの欲望を抑え、私のセンスで必要分の布や糸を購入した。
ふと、棚に積まれていた布地に目が止まった。
光沢のある深い漆黒の生地に、赤のラインが1本縦に入っている。
手に取ると、素材も悪くない。
ヴィンスとは、あの日から何となく気まずく、顔を合わせないようにしてしまっている。
ヴィンスはなにも悪くない。自分の気持ちが整理できない私に原因がある。
前世含めてだいぶ人生経験を積んだはずなのに、なぜ大人の余裕が出ないのか。
全くもって情けない。
(これで、ヴィンスの服を作ってみよう)
そして、王都行きのこともちゃんと決めて、ヴィンスにしっかり話そう、そう決意した。