幼なじみがイケメンになっていくよ
「クレア、これ、診療所に配達お願い!」
「はーい、いってきます」
今日もテーラーアメリアでは、いつもと同じ光景が繰り広げられている。
魔物に2回も襲われたり、アルが王都に旅立ったりと、怒涛の年から2年。
今世の私は16歳になった。
アルと離れて以来、私が魔物に殺されそうになることはなく、ゲームのイベントのような出来事は、少なくとも私の周りでは起こっていない。
アメリアさんの元でのお針子修業も変わらず、多少腕は上がったけれど、一人前にはまだまだ程遠い、そんな現状だ。
主人公(仮)のアルは、持ち前の身体能力と努力、そして長老の僅かなコネを使い、見事、王都の士官学校に入学した。
今年卒業予定で、その後は騎士見習いとして、どこかに配属されることとなる。
たびたび手紙が送られてくるが、誠に順調に、一般騎士への道を歩んでいるようだ。
そして、ラスボス(仮)のヴィンスだが……。
「クレア、おはよう」
診療所の前で、足の悪いお婆ちゃんの介助をしていたヴィンスに出くわした。
ヴィンスはこの2年でぐっと大人びて、端整な顔立ちに磨きがかかっている。
それでいて、親切で優しい性格、更には優秀な魔導士という、イケメン設定全部盛りの欲張りキャラになってしまった。
今や、この村どころか、近隣の街からも注目される、女性陣のアイドルである。
「クレア、荷物、中まで運んで貰っていいか?」
「もちろん」
そりゃ、いくら私でも、お婆ちゃんを支えているヴィンスに、荷物を押し付けようとはしませんよ。
それに、私は今、この瞬間、とても機嫌が良くなっている。
なにせ、ヴィンスが白衣の下に着ていた青の襟付きシャツ、私が作ってプレゼントしたものだったから。
診療所内の棚の上に、運んできたシーツ類を重ねてしまっておく。
今日は患者が多く、忙しそうだ。
キャシーさんも、慌ただしく奥から走ってきた。
「クレアちゃんありがとう。来月分はこれだけお願いできる?」
「はい、確かに承りました」
料金と注文書を受け取り、外に出ると、お婆ちゃんを運び終えたらしい、ヴィンスに呼び止められた。
「クレア、明日って確かお店休みだよな?何か予定ある?」
「え?特にないけど」
「クロンさんのとこの食堂に、昼ご飯でもいかないか?」
「行く行く!」
ヴィンスとは、月1回くらいはご飯や買い物をご一緒しているので、別に特別なことではない。
ただ、9割9分は、私から誘っているので、ヴィンスからの誘いは、大層珍しい。正直、ちょっと嬉しい。
思わずときめいてしまった。
恐らく、分かりやすいくらいにやにやして、手を振り、鼻歌交じりに去っていく私に、幼なじみが引いていなかったか、後で心配になった。
◇◇◇◇◇◇
「ごめん、お待たせ!」
「……いや、全然大丈夫」
なんだ、その微妙な間は。
慌てて時間を確認するが、別に遅刻はしていない。ヴィンスが先に来ていたから、一応謝っただけだ。
じゃあ何の問題が……?とヴィンスを見ると、視線が私の服に向けられている気がする。
着ている服を見下ろす。自分で作った、新しいワンピースだ。
店で余った布地を寄せ集めた物だが、ちょうど女性からの依頼が相次いでいたため、華やかなパッチワークになり、我ながら中々の出来だと思う。
「え、どこかおかしい?」
仕事には厳しいアメリアさんも、褒めてくれたので、変ではないはずだけど……と思いつつ、ちょっと不安になる。
「いや……。すごく可愛い。いつもと違ったから、ちょっとびっくりした」
ヴィンスの言葉に、不覚にもときめいてしまった。
(最近、ヴィンス、調子狂うわぁ)
そして心の声まで、動揺を抑えきれない。
『いつもと違う』ってあたりが、若干の引っ掛かりは無くもないけれど。
悶える私を無視する方向に切り替えたらしいヴィンスは、さっさと食堂の方に歩き始めた。
急いで追いかけ、横を歩く。
他愛もない話をしながら、――まあ、ほとんど私が喋り倒しているのだが――この村唯一の食事処に辿り着いた。
なにせ、この小さな村、デートに使えるお洒落なカフェもレストランも無い。
村人で賑わう、常連だらけの定食屋が、私達お馴染みのお出かけ先だ。
ちょうど朝の漁から戻った漁師の一団が、宴会中のようだった。
私とヴィンスが入店すると、店主のクロンさんの奥さんが、満面の笑顔で迎えてくれた。
「あら、ヴィンセント君、クレアちゃん、いらっしゃい。ほら、若者のデートだ、飲んだくれ共はさっさと席を空けな!」
「ひっでえなあ女将さん。まあいいや、じゃあ仲良くやれよ、ヴィンス」
「アルバートが泣くなぁ。ガハハハハ」「ヴィンスじゃアルの小僧に勝ち目はないな」
好き勝手言いながら、漁師の皆さんは酒瓶片手に出ていった。
すごい接客だが、このお店ではいつものことだ。
「はい、奥のテーブルにどうぞ。ご注文は?肉?魚?」
「魚で」「あ、私も」
前世の機内食を彷彿とさせるような2択も、このお店ではいつものことだ。
ざっくりとした注文で、かなりのボリュームの定食が出てくる。細かいメニューは、クロンさん次第だ。
「で、今日はどうしたの?ヴィンス」
「え?」
あのヴィンスが、用事もないのに私をご飯に誘うわけがない。いくら私が浮かれ者だとしても、その位は普通に分かる。
ここまで来る道中でも、何か考えている素振りが見えたし。
……大体予想はついているけど。
「いや……」
珍しくヴィンスは歯切れが悪い。
言い出しにくいのかもしれない。ここは私から話を振ってあげよう。
前世含めれば、人生経験豊富なわけだし。
……ん?そう考えると、前世魔王のヴィンスの方が長く生きてるのか、まあいいや。
「ヴィンス、王都行くんでしょ?」
「は?」
「噂で聞いたよ。王都の偉い魔導士にスカウトされたって。さすがヴィンス」
「いや、違」
「出世コースだね!」
「おい、人の話を聞け」
一生懸命おだてていたら、止められた。
解せぬ。