少年少女よ、大志を抱け
「クレア!退院おめでとう!」
退院の日、アメリアさんは、店を臨時休業して迎えに来てくれた。
更に、モーガン先生、キャシーさん、ヴィンス、診療所の皆さん総出で見送ってくれ、少し恥ずかしい。
「アメリアが魔導紋の布を沢山作ってくれたおかげじゃ」
「アメリアさん、本当にありがとうございました!」
「大したことじゃないわ。他ならぬクレアちゃんのためだもの。当然よ~」
何でもないことのように、アメリアさんは言うが、魔導紋1つ刺繍するのに、どれほどの時間と労力が必要か、私は身をもって知っている。
それを毎日のように、新品を持ってきてくれた。本当に感謝してもしきれない。
「これからも、納品頼むぞ」
「モーガン先生、料金はきっちり頂きますけどね」
アメリアさんがモーガン先生に釘を刺している横で、ヴィンスは私の荷物を手渡してきた。
「クレア、体調悪くなったらすぐに言えよ」
「ありがと、ヴィンス」
ヴィンスは相変わらず優しい。
入院中、あり余る時間で考え続けたが、ヴィンスがゲーム通り、ラスボス魔王としての記憶を持っている可能性は、わりと高い気がする。
その一方で、必死に私を助けようとしてくれたヴィンスも、紛れもなく真実の姿だと思う。
(ええい、ごちゃごちゃ考えるのは止め!前世が何だろうとヴィンスはヴィンス。私の大事な幼なじみ!)
そもそも、オープニングで死ぬはずの私が生きているのだ。
ヴィンスとアルのストーリーも、きっと変わっていく。
◇◇◇◇◇◇
モーガン先生達にお礼を言った後、アメリアさんと一緒に、仕立屋に帰った。
診療所から仕立屋までは、徒歩10分程度の距離なのに、体力が落ちているせいか、随分遠く感じる。
そして、1ヶ月ちょっと離れていただけなのに、すごく懐かしい感じがした。
(これから、もっともっと一生懸命働こう!いや、今まで適当に働いていた訳じゃないけれど)
改めて決意する。
勿論、アメリアさんに恩返ししたいという気持ちが1番にあるが、もう1つの理由は、私の目標が見つかったからだ。
私が就職先にお針子を選んだ理由は、元々手芸が好きだったことと、綺麗なドレスに憧れたからというものだった。
それ自体も、別に不純な動機ではないと思うが、今回、自分が死にかけてみて、この世界における仕立屋の重要性を改めて考え直した。
魔導という力があるこの世界で、魔導紋の刺繍は、ある種、医療器具のようなものだ。
人の命を救う道具を、自分の手で作り出す。そんな仕事が出来たら、どれ程素晴らしいだろう。
かつてないほど私は前向きになっていた。
……給料日にしか、仕事にやりがいを感じなかった前世とは大違いだな。
「あれ?アルバート君」
閉まっているお店の前に立っているアルに、最初に気付いたアメリアさんが声を掛けた。
何をしに来たのかは、聞かなくても分かる。
「クレア、退院おめでとう!」
「あ、ありがとう」
笑顔を浮かべながら、見た目がちょっとグロめの魚を差し出してくれた。
――捌けば美味しいんだけどね、私の料理スキルでは難しいのよ……。
てっきり退院祝いを持ってきてくれただけかと思ったが、どうやらアルの表情を見る限り、他に何か言いたいことがありそうだ。
アメリアさんも察するところがあったらしく、「中でお茶でも飲んでいきなさいよ」とアルを招き入れてくれた。
正直、アルと一緒にいるだけで、私の死亡フラグが立つような気がするのだが、一応ここは村の中心部だ。
いきなり魔物がピンポイントで現れることは無いだろう。多分。そう信じたい。
仕立ての打ち合わせに使う応接セットに、神妙な顔で座ったアルは、真っすぐな目で私を見つめてきた。
がっつり目が合ってしまったので、ものすごく気まずい。かといって、とくにやましいことも無いのに、目を逸らすのも変なので、結果、2人で見つめ合う羽目になった。
「……クレア、話がある」
「なに?」
さあ、何を言い出す気だ。勇者の力が目覚めたか。どうでもいい話だったら怒るぞ。
「俺、王都に行くことにした」
「え?どうして?」
「士官学校に入って、騎士になろうと思う!」
「ええ!?」
勇者でも冒険者でもなく、騎士?
予想外の発言に、戸惑う私に、アルは真剣な顔のまま続けた。
「俺は、魔物が現れても、2回とも何もできなかった。魔物を倒す力もないし、ヴィンスみたいに、クレアを治す力もない。本当に役立たずだと実感したんだ」
「そんなことは……」
ない、と言いかけたが、そんな薄っぺらい励ましをしても、アルは何も嬉しくないだろう。
「俺も強くなりたい。だけど、魔物討伐には、しっかりとした技術と知識が必要だ。どうすれば力を得られるか、ずっと考えて、決めたんだ」
「そっか……」
確かに、戦いの知識を得るには、軍に入るなり、士官学校に行くなり、しっかりとした場所で学ぶのが一番確実だろう。
旅をしながらレベルアップ!は、あくまでゲームの話なのだ。
「……うん。いいと思う。私は応援するよ」
「ありがとう!」
「アルの魚が食べられなくなるのは、残念だけどね」
冗談めかして言うと、アルはようやく笑顔を浮かべた。
「ちゃんと強くなったら、またこの村に戻ってくるつもりだ」
「頑張って。まずは入学試験に合格しないと」
「問題はそれなんだよ!」
うんざりとした顔で天を仰ぐアルに、思わず爆笑してしまった。
やばい、傷が滅茶苦茶痛い。
「クレア、傷が開いちゃうわ。アルバート君、クレアを笑わせないで!」
「す、すみません!……お、俺のせい?」
心配して駆け寄ってくれたアメリアさんに責められて、あたふたするアルを見てると、また笑いが込み上げてくる。
必死に堪えるが、それだけで体が裂けそうなくらい痛い。
楽しいのに、地獄のような時間だった。
こうして、ゲームのオープニングは発生しないまま、私達の14歳は過ぎていった。
アルは騎士へ、ヴィンスは魔導医師へ、そして私は、立派な仕立屋へ。
普通の少年少女と同じく、それぞれの将来の夢に向かい始めた。