子猫って最強だと思う
更に2週間が経った。
私の体は、まだ痛みはあるものの、部屋の中で歩き回れるようになり、リハビリも順調に進んでいる。
この速い回復は、ヴィンスの魔導と、回復術の紋が入ったシーツを、次々と作成してくれたアメリアさんのおかげだ。
あと、毎日活きの良い魚を差し入れてくれたアルも。
少々ぎこちない動きだが、1人で服を着替えることもできるようになった。
しかし、シャツを脱ぐと、嫌でも目に入る自分の体に、毎回溜め息が出てしまう。
姿見の前で、改めてマジマジと見る。
大した凹凸のない体なのは昔から、というか前世からなので、そこは気にしない。
スタイル云々の前に、あまりにも見るに耐えない傷痕が、左肩から、右脇腹まで、体前面を縦断してしまった。
大きさも凄いが、何よりその見た目が、猛烈に気持ち悪い。
なにせ、色はどす黒く、生々しい赤色が、まだら模様に入っている。
傷の部分は皮膚が盛り上がっていることもあり、まるで、グロテスクな柄の巨大芋虫が体にくっついているような有り様だ。
『魔物に付けられた傷は、なぜかこの色なのよ……。どうしてなのか、どうすれば治せるのか、今はまだ、分かっていないの』
キャシーさんが、痛ましそうに教えてくれた。
確かに、私も以前、冒険者や、元騎士の人の顔や腕に、もう少し小さいが、同じような傷を見たことがある。
『魔物の呪い』と言われ、祟られるとか、毒があるとか、触れると感染するとか、何かと忌み嫌われる傷が、まさかこんな盛大に我が身に入ってしまうとは。
(……これは、今世でも結婚は諦めたほうが良さそうね)
普通の服を着れば、隠れる場所でまだ良かったと前向きに考えることにする。
早々に人生計画を練り直しつつ、アメリアさんが作ってくれた肌触りの良いシャツを、しっかりと着直した。
◇◇◇◇◇◇
「美味しい~!」
「どうも」
お粥ではなく普通のメニューになっても、ヴィンスの料理は素晴らしい。
今日の魚料理はアクアパッツァだ。
「あ~あ、退院したらこの料理が食べられなくなるなんて残念」
「僕はやっと楽になる」
そんなことを言いながら、お茶を淹れてくれるヴィンス。本当に気が利くなあ。
お世話されすぎて、お姫様になったような気分だ。単なる平民のお針子なのに。
「退院したら、お礼に服作ってあげる。フォーマル?カジュアル?どっちがいい?」
「別にいらないよ」
「どんな感じが良いかな?ヴィンスは黒系が多いから、たまには赤とかも似合うかも」
「全然話聞かないな……」
「そうだ!ピンクでも……」
「やめろ」
ヴィンスがブツブツ言っているが、放っておく。
「アルにもお礼しなきゃ。毎日魚くれたし」
正直、そろそろお肉が食べたいとも思っているが、これがアルの精一杯の気遣いだと分かっている。
「アルは、クレアが魚好きだとずっと勘違いしていたみたいだからな」
「あ、そういえば、マフギョの話、してたよね?」
私が意識を取り戻した時、アルとヴィンスが話していたことを思い出した。
「あれは『にゃーこ』の為だったのに。アルは私が食べてると思っていたかしら」
「……その気の抜けたような名前、今でもどうかと思う」
『にゃーこ』は、私達が孤児院にいた頃、私がこっそり飼っていた、子猫っぽい生き物のことだ。
『っぽい』と評した理由は、猫にしては、大きすぎる牙が付いているし、尻尾は3本になっているし、瞳は赤いし、ただ者ではないという気配を、大いに感じていたからだ。
いや、明らかに魔物だな、とは思っていた。でも、黒くて小さくてモフモフしていて、可愛かったから、こっそり飼っていたのだ。
ヴィンスとアルには、すぐに見つかってしまったが、アルは私と同じく喜び、ヴィンスには呆れたような顔をされた。
それでも2人とも、神父様に告げ口することも無く、むしろ積極的に協力してくれた。
にゃーこのエサの魚は、アルがせっせと獲ってきてくれた。特ににゃーこは、マフギョと呼ばれる魚がお気に入りだった。
それがいつのまにか、アルの頭の中で、私の好きな魚になってしまったらしい。
結局、半年ほど飼ったところで、にゃーこの背中には翼が生えてきて、飛び立っていった。
……やっぱり猫じゃなかった。
それでも、私にすり寄ってきたり、手を舐めてくれたり、無防備に伸びて寝ている姿は可愛かった。
そんなことを思い出し、思わずクスクスと笑っていると、ヴィンスに、不気味なものを見る顔で見られていた。
「にゃーこ、元気かな?」
「……魔物が元気なのは問題じゃないか?」
「うーん、でもにゃーこに襲われたことないし……。魔物だって色々だし」
思わず口走った言葉に、ヴィンスが驚愕の表情になった。
私のセリフは、この世界の常識からすれば、大いに外れている。
多分、前世の記憶のせいだろうなと思う。
ゲーム後半では、召喚術が登場し、使役した魔物をバトルで召喚できるようになっていた。
召喚魔物は、大変強く、後半のバトルで随分お世話になったものだ。
そのイメージで、魔物を全て悪とは思えなくなっている気がする。
2回も魔物に襲われた挙げ句、死にかけたというのに、我ながら呑気だと思うけれど。
「クレアは、本当に変わってる」
「大きなお世話」
馬鹿にしてるのかと思ったが、ヴィンスの顔は少し切なそうに見えた。
「どうしたの、ヴィンス。お腹痛い?」
「痛くない」
「私が退院するのが寂しい?」
「全く」
「大丈夫。いつでも会いに来てあげるから」
「人の話を聞け」
励まそうとしたのに、なぜか怒られた。
冗談が通じないなあ、もう。