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啓は握りこぶしを作った右腕の肘を引き、前に押し出した。直接打撃を加える訳ではない。前に押し出しただけだ。
促進者の様子は変わらない。啓を「測量」したままである。
(今回はこれではないのだな)
啓は気持ちを切り替え、今度は右足を蹴り上げる。やはり直接打撃ではない。
促進者の様子は変わらない。
啓は次々にアクションを変える。頭突き、右手による手刀、果ては息を吹きかける等。
促進者は全く変わらない。ただただ啓を「測量」している。
(くっ)
啓はやむなく左手に拳を作る。左腕と左足はまだ負傷が治癒していない。出来たら使いたくはなかった。
だが、そんなことは言っていられない。促進者たちはXXナンバーズメンバー側からの攻撃手段がなくなったと判断した段階で、「測量」を中断し、「攻撃」を開始する。
そして、「攻撃」することで発生したXXナンバーズメンバーの負傷及びそれに派生して起こる感情を「測量」しつつ、少しずつ「攻撃」を加えていくのだ。
XX-3は、負傷からくる苦痛と様々なものに対する怒りと哀しみと悔しさの感情を「測量」されながら死んで行ったのである。
◇◇◇
啓は左腕を前に突き出す。激痛が走る。
直接打撃ではないが、間接的な衝撃を受け、一体の促進者がふらつく。
(これだったか……)
啓の感情は複雑だ。少なくとも促進者に対する攻撃手段がなく、一方的になぶり殺しにされることだけはなくなった。だが、今回、有効と分かった攻撃手段は激痛と負傷のより一層の悪化を伴う。
啓はまた左腕を前に突き出した。耐えがたい激痛。
一体の促進者の黒い体の一部が砕ける。ダメージは与えている。
ただただ啓を「測量」していた促進者たちが動き出す。一体が右腕を鎌の刃のようにして、啓の肩に斬りかかる。
啓は紙一重で回避。もう一体は相変わらず啓を「測量」している。
そして、啓を遠巻きにしていた二体の促進者がこの場を離れ、降下を始めた。
啓には止めようがない。三体の促進者たちを相手にするだけで精一杯なのだ。
降下を始めた二体の促進者の目的は分かっている。このXX拠点にいる市民を測量してから、傷害を加え、そこから発生する感情等を測量し、また傷害を加え、測量する。
それを繰り返し殺戮に至らしめる。もう既に何人もの市民がこの手法で殺されている。
そのことが市民たちからのXXナンバーズメンバーへの批判、不信感に繋がっているのだが、これはどうにもならないところがある。
啓は思い出した。何故、XXナンバーズメンバーが相次ぐ飛翔の失敗による墜落死に遭遇したにもかかわらず、促進者との戦闘を止めなかったか。その理由を。XX-1のことを。
◇◇◇
XX-1。四十代の男性。強制動員される前は大企業の研究者だった。
司令はその職歴を買い、リーダーに指名したが、物静かな性格の彼はメンバーを引っ張るような言動は一切せず、血気盛んだったXX-2はいつもそのことを批判していた。
だが、彼はそのことを気にした様子はなかった。そして、それはXX-2が墜落死しても変わらなかった。
そんなある日、いつものようにXXナンバーズメンバーは襲来した促進者の迎撃に出た。その時もXXナンバーズメンバーにも死傷者を出しながらも、促進者の全てを殲滅出来るはずだった。
ところがその時、促進者たちは初めての行動に出た。
二体の促進者が降下し、上空で繰り広げられていたXXナンバーズメンバーと促進者の戦闘を見守っていた市民を攻撃し、測量せんとしたのだ。
XX-1が感情を露わにしたのはその時だけだった。
戦闘中の促進者に背を向け、急降下を始めたのだ。
狂気の所業だった。XXナンバーズメンバーといえど、促進者への攻撃は可能でも防御は全く出来ない。回避しかないのだ。
促進者たちからすると、その行動は最優先の「攻撃」「測量」対象だったのだろう。他のXXナンバーズメンバーを放置してまでXX-1の追跡、攻撃、測量を開始した。
従来の促進者との戦闘時に行っていた回避行動を一切しないのだ。XX-1の身体は促進者に冷徹に切り刻まれ、測量されていく。
自殺行為でしかない行動に他のXXナンバーズメンバーから声が飛ぶ。
曰く「何をしているんだ」「死んでしまうぞ」「回避するんだ」と。
それに対するXX-1の答えはこうだった。
「守りたいものがあるんだっ! 他の何よりもなっ!」
いつ墜落死してもおかしくないくらい満身創痍だったXX-1は地上に降り立ち、怯える母子をかばうように屹立した。
その母子は彼の妻と幼い娘。二人は命懸けで戦う夫が、父が心配で居ても立っても居られず、様子をうかがいに出てきてしまっていたのだ。
五体もの促進者はしばしの間XX-1を「測量」した。
しかし、すぐに一体の促進者が鎌のような右腕でXX-1を斬った。
恐らく辛うじて繋がっていたと思われるXX-1の左腕は地面に落ちていった。
怯える母子の悲痛な叫び声が上がった。
促進者はそれも「測量」した。