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啓は反射的に亜里沙の家の二階のサッシに突進した。
何の逡巡もなくに……
啓の予想通り、サッシのガラスは粉々に砕けたが、啓の身体は、かすり傷一つ負わなかった。
「なっ、何だっ?」
その破壊音に啓の方を向いたのは丈志。その姿は……全裸だ。
そして、その下にはやはり着衣を大きく乱され、仰向けにされた亜里沙。
啓の乱入にも何の反応もなく、ただ天井をながめ、呼吸だけをしている。
啓は強く唇を噛み、そこから出血した。
◇◇◇
「てめえっ、啓っ! 死んだんじゃなかったのかっ! 生きてたんなら促進者を退治してこいっ! とっとと出て行けっ!」
欲望をむき出しにした亜里沙に対する行為を中断させられた丈志は、苛立ちを隠さず怒鳴りつけた。
だが、静かに怒る啓はその声に怯えることなどなかった。
「……もう司令は死に、XXナンバーズに命令を下す者はいなくなった」
「!」
「だから、僕はもう命令に従って、促進者を倒すことはない。自分が守りたいものを守るだけだ」
啓は淡々と語りながら、ゆっくり丈志に近づいて行く
「舐めんなっ! てめえっ!」
丈志は更に苛立ち、怒鳴り声は大きくなる。
「こっちが何も知らねえと思ってやがるなっ! てめえらXXナンバーズは促進者には強えが人間同士だと普通の強さだろうがっ!」
「……そう思うなら、僕を倒してみればいい」
「てめえっ、引きこもりの分際で生意気なんだよっ!」
そう叫びながら丈志は、かつてよくそうしたように、啓の顔面に向け、右拳を放った。
だがしかし、かつては怯え、へたり込んで泣いた啓は避けようともせず、そのままゆっくり向かって来た。
そして、丈志の右拳は啓をすり抜けたのである。
◇◇◇
「な……」
唖然とする丈志。
それでも今まで啓に対する暴力で抵抗されたことがない。その過去の成功体験が丈志を奮い立たせた。
次々と繰り出される拳、そして、足を使った蹴り。
だが、それらは全て啓をすり抜けていった。
「てっ、てめえっ、何でっ?」
焦りながらも攻撃を止めない丈志。
「……進化したからだよ」
啓はそれだけ言うと、丈志の両肩を両手で掴むと、その鳩尾に右膝で一撃を加えた。
◇◇◇
「ぐえっ」
啓は、胃液を吐いた丈志の両肩を掴んだまま、問いかける。
「丈志。おまえ。亜里沙に何をした?」
「……ふっ、ふん。啓。てめえが悪いんだ……」
「……何故、僕が悪い?」
「司令はXX拠点が勝っているとか言ってたが、そんなこと信じてる奴は誰もいねえ。促進者はどんどん増えて来やがるし、XXナンバーズメンバーの数は闘いのたびに減ってきやがる」
「……」
「こないだはとうとう啓一人になっちまった。で、今回も啓も出て来ねえ。こりゃいよいよXX拠点もおしめえだと、みんな思うわな」
「……」
「そうなりゃみんな自分が大事だ。食料品店襲って、食い物取れるだけ取って、XX拠点から逃げ出す奴が出て来た。大馬鹿野郎だ。そんなことしても促進者からは逃げられねえ」
「……」
「もうちょっと利口な奴はどうせ死ぬならと、気に入らなかった奴を殺しに行ったり、女を襲いに行ってんだよ」
「……それで丈志。何故、亜里沙を襲った?」
「俺が亜里沙が好きだからに決まってんだろうがっ!」
丈志は一段と声を張り上げたが、もちろん啓は動じない。
「……丈志。亜里沙が好きなら何故普通に告白しなかった?」
「やったんだよ。何べんも告白したんだよっ! その度に亜里沙から好きなのは啓だって言われたんだよっ! みんな、啓が悪いんだっ!」
丈志は不意を突いて、啓の首を絞めようとした。
だが、もちろん、その両手は空を切った。
「てめえっ、汚ねえぞっ! 啓っ! 何で引きこもりのてめえがXXナンバーズメンバーなんだっ? 何で学校一ケンカの強い俺じゃないんだっ?」
「……」
「不公平だっ! どんな汚い手を使ったんだっ? 啓?」
「……不公平? 僕が汚い手を使った? そう思ってるのか? 丈志」




