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(久しぶり?)
XX-7、啓は当惑した。
XXナンバーズメンバーの一員となったとは言え、もともとは15歳の少年。しかも引きこもりだ。
金髪碧眼の少年の知人などいようはずがない。
だが、少年はそんな啓の当惑には関係なく話を続けた。
「ふふ。気にすることはない。この亜空間には進化した者しか入れない。今は僕と君だけだ。君が不愉快に思っている丈志とかいう不作法な者も司令とか名乗る勘違いしている無能な者も亜空間には入って来れない。奴らは旧人だからね」
「……」
「もっとも君が気にかけている女性医師や幼馴染も入っては来られない。残念ながら彼女たちも旧人だ」
啓はようやく重い口を開いた。
「『進化』とか旧人とか何を言っているのか分からない。一体、おまえは何者なんだ?」
「ふふ。さっきも言ったろうXX-7。亜空間には僕と君しかいない。とぼける必要などない。君は知っているだろう。僕のことを。そして、OHEPのことを」
その瞬間、啓の脳裏に電撃が走った。
OHEP。organization of human rase evolutional promotion。和訳すると……
「人類進化促進機構。XX-7。君はそのホームページにたどり着いた数少ない人間の一人だった」
そうだった。丈志たちによる執拗な心身双方への攻撃で、不登校から引きこもりに追い込まれた日々。
小学校時代、おとなしいながらもそこそこ学業成績の良かった啓が引きこもりになると、家族の態度も冷酷なものに変わった。
そんな啓の唯一の外界への窓口。それがパソコンのネットサーフィンだった。
世を、家族を、そして、己自身を呪いながらのネットサーフィン。
そしてたどり着いたOHEPのホームページ。
そこに記されていたことは……
OHEPとは「人間が生きることはこうまで苦しく辛いのか。そのことについての真に正しい科学的アプローチを行った唯一の組織である」。
OHEPが得た唯一の正しい結論。「それは現行人類がこの問題の解消のため行って来たことが根本的に誤っているからである」。
OHEPは「現行人類が『人権思想』『平等思想』と言った誤った方針を掲げ、この問題を解消しようとしてきたことを強く糾弾する。この方針が全く達成されていないばかりでなく、むしろ逆の方向に向かっていることを指摘するものである」。
啓は特にこの三つ目の文章に衝撃を受けた。この内容はまるでその時の啓の状況を全て言い当てているように感じられたのだ。
そして、その眼はパソコンのディスプレイに釘付けになった。
◇◇◇
OHEPのホームページの文章はなおも続く。
「更なる批判すべき点は、現行人類は愚かにも『科学技術の革新による生活環境の改善』『教育の充実』などと言う方策をとり、自らをより一層生きにくくしたことである。しかもその愚かさに気付いていない」
「人類の閉塞感を打破するものはそのようなものではない。人類の閉塞感を打破できるもの。それは一つしかない。それは……」
「人間自体の『進化』である」。
「OHEPは止まってしまった現行人類の『進化』を促進するための研究を1933年から続けて来た。そして、それは……」
「ついに完成した。OHEPは現行人類の『進化』を促進するための促進者を全世界に送り込むこととする」
◇◇◇
そうだ。そうだった。
啓は思い出した。引きこもりだった自分が縋り付いた思想。当時の自分を救ってくれるのではないか。そのような希望を持たせた世界。だが……
(促進者は現行人類の『進化』を促進などしていないではないか。促進者がやっていることは現行人類の殺戮ではないか)
「とぼけることはない。XX-7。君自身が気付いているはずだ。君の細胞が活性化していることを。君が『進化』したことを。そして、それは促進者が促進したからだということを」




