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マリアは啓を乗ってきた救急車内の寝台に乗せた。そこまでは亜里沙の手伝わせた。
だが、ここから先のXXナンバーズメンバーの入る病院に亜里沙を同行させる訳にはいかなかった。
防衛上の機密と衛生上の二つの問題から部外者が入ることは固く禁じられている。
それでも、亜里沙は自分が啓を看病すると言って聞かなかった。
「…… 亜里沙ちゃん、気持ちは分かるけど、それはどうしても出来ない」
そんなマリアの言葉に亜里沙は最後に大きく首を振ると言った。
「マリア先生。啓の命を必ず助けることともうこれ以上啓を戦わせない。この二つを絶対に守ってください。そして、啓の治療を終えたら、私のところに戻して下さい。二人で逃げます」
「分かった。必ず命は助ける。約束は守るよ」
◇◇◇
マリアはなおも自分に不信の視線を投げかける亜里沙を尻目に救急車を発進させた。
救急車と言っても、乗車しているのは虫の息の啓とマリア自身のみ。
たくさんいた救急隊員は死ぬか飛翔能力発現者の捜索に動員されるかでやはり一人もいなくなった。
マリアは救急車のサイレンのスイッチを入れようとしてやめた。
もはや市中に他の車両も見受けられない。サイレンに意味を見いだせなかった。
そして、大きく溜息を吐いた。
(亜里沙ちゃんにはああ言ったけど、正直、今の啓君は生きていること自体が不思議なくらいだ。XX-4とXX-6を助けられなかった私に助けられるのか?)
しかし、首を振り、両頬を手のひらで叩き、気合を入れた。
(出来るか出来ないかじゃない。やるんだっ!)
マリアの運転する救急車は病院へと向かって行った。
◇◇◇
啓の状況はやはり酷いものだった。
体中の斬られた傷、骨折多数、骨折というより骨全体が砕けている部分もある。
そして、当の啓は昏睡状態だった。
意を決して手術を開始したマリアが違和感を感じるのにそう時間はかからなかった。
(これは……)
マリアは齢こそ二十代であるが、XXナンバーズメンバーの担当医を務めているので、外科治療の経験は抜きんでていた。その彼女にして初めての感覚だった。
(これは……この違和感は何だ? まるで啓君が「普通の人間」ではないことを啓君の細胞全体が「主張」しているような)
それでもマリアは加療の手を休めない。その彼女の脳内にあって、思いはめぐる。
(そうだ。そもそも「促進者」という存在は、何故「促進者」と呼ばれるのか? 一体何を「促進」しているのか? その疑問は放置されたままだった……)
(この戦いが始まったばかりの頃、私はそのことを司令に問うた。答えは「そんなことは知らない。このことに対処している国際機関がそう呼んでいるだけだ」だった)
(戦況の急速な悪化に伴う作業に追われ、忘れていたが、実は「促進者」が「促進」しているものというのは…… だとしたらこの戦いの意味は……)
そこまでマリアの思索が及んだ時、今のマリアが出来る限りの加療は完了した。
後は啓自身の治癒力に委ねるしかない。啓は昏睡したままだった。
(啓君の細胞が私には分からない変貌を遂げていたとしても、この状況は普通に考えて、全治何か月レベルだ。すぐに治癒するものではない。もう今度という今度は「促進者」の攻撃には絶対に耐えられない。次の「促進者」の襲撃には出撃させることは出来ない。啓君は、逃がすしかない)
そして、心身ともに疲労の限界をとうに超えていたマリアは自室のベッドに倒れ込んだ。
◇◇◇
その少年は啓と同じくらいの背格好だった。
啓の身長は160cm。15歳の少年にしては小さい部類に入るだろう。
そして、その少年もそうだった。
だが、容貌は大きく違っていた。
ボサボサの黒髪に、疲れ切った生気のない顔、その中で異様にギラギラしている黒い瞳。
そんな啓に対し、その少年はサラサラの金髪に透き通るような碧い眼。鼻筋の通った、シミどころかほくろ一つない真っ白な顔。外見だけで多くの人の心を魅了できそうな風貌だった。
その少年はおもむろに口を開いた。
「久しぶりだね。XX-7」




