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「とにかくっ!」
丈志はまたも啓を蹴った。
「俺は啓を許せねえっ! こんな陰キャの引きこもりの分際でXXナンバーズメンバーだってのだけで許せねえのに、住民を守ってねえのが許せねえっ! こんな奴より俺がXXナンバーズメンバーだったら、親父もお袋も弟も殺させなんかしなかったんだっ!」
「そうは言っても仕方ないでしょ。丈志にはXXナンバーズメンバーになる資質がないんだから」
「うるせえっ!」
亜里沙の言葉に丈志の啓を蹴る力がまた大きくなった。
「俺は啓を蹴るのを止める気はねえっ! 止めさせたいなら力づくで止めてみろっ!」
「……」
亜里沙は黙り込んだ。丈志は同年齢の中でもひときわ体格が大きく。腕力も強い。力ずくで止められる訳がなかった。
それでも亜里沙は言葉を絞り出した。
「お願い。啓を蹴るのを止めて」
その言葉に丈志は振り向く。
「どうしても蹴るのを止めてほしいか?」
「うん」
亜里沙は頷く。
「止めてほしいなら、亜里沙がやらせろっ!」
さすがに亜里沙は絶句する。だが、必死に抗議した。
「『やらせろ』って、私たちまだ十五歳だよっ!」
「それがどうした」
丈志は鼻息を荒くする。
「十五だろうが九十だろうが、ここに促進者が来ればおしまいなんだよ。啓には守れねえっ! どうせ死ぬ。俺は女を知らずに死にたくねえんだよっ!」
「…… 私がやらせてあげたら、啓を蹴るのを止めてくれる?」
「ああ、啓を蹴るより女とやる方が大事だからな」
「…… 分かった」
丈志の目が輝く。
「ようしっ! 決まりだっ! 場所は俺の家でいいなっ? どうせ親父もお袋も弟も死んじまっていねえんだっ!」
亜里沙は無言のまま頷く。
丈志は亜里沙の手を取り、思い切り引っ張る。
「さっさと行くぞっ! いつ促進者が来るか分かんねえんだからなっ!」
亜里沙はされるがままだが、虫の息の啓にはどうすることも出来なかった。
◇◇◇
「止めなさい」
そこに響いた声の主はマリアだった。
「ああっ?」
己の欲望を果たすことを妨げられた丈志は露骨に不機嫌になる。
「何だよおばさん。邪魔すんなよっ!」
「啓君を引き取りに来てみれば、何やってんのあんたたちはっ! いくら戦況が悪くても人としてやっていけないことはある。亜里沙ちゃん、もっと自分を大事にしなさいっ!」
「うるせえぞ。おばさんっ!」
丈志は掴んでいた亜里沙の手を放し、マリアに向き合う。
「止めてえんなら力ずくで止めてみろっ!」
マリアは無言のまま右手に持った拳銃を突き出す。
さすがに怯む丈志。
「舐めてもらっちゃ困るね。私はXXナンバーズメンバーの担当医。言わば『軍医』だ。こういう物も持ってるんだよ」
「ふんっ!」
丈志はマリアに背を向け、歩き出した。
「萎えちまった。今日はもういいっ! だが、いつかはやらせてもらうからなっ! 覚えてろっ! 亜里沙っ!」
丈志が立ち去った後、亜里沙はマリアのところに駆け寄ると上目遣いに睨みつけた。
「お礼は言いませんよっ! マリア先生っ! XXナンバーズメンバーの担当医だってのなら、何で啓をこんなひどい状態にしとくんですっ? 何でXXナンバーズメンバーの他の六人はみんな死んじゃったんですっ?」
「……」
今度はマリアが黙り込むしかなかった。何も答えられないからだ。
「丈志が言うとおり、どうせみんな死んじゃうんだったら、啓は私が引き取ります。どうせ死ぬのなら啓と一緒に逃げます。マリア先生に任せておいたら啓一人が死んでしまうっ!」
マリアは大きく頷き、ようやく口を開いた。
「そうだね。どうせみんな死んでしまうのなら、啓君は亜里沙ちゃんと逃げた方がいいのかもしれない。でもね、今の啓君は瀕死の状態。まずは命を助けなければならない。それまでは私に預けてくれる?」
「分かりました。マリア先生は何としても啓の命を助けてください。だけど、その後は私が啓を連れて逃げます」
マリアはまた頷いた。




