第9話 実戦
キュイーーーーーー!!
突然の音で目が覚めた。
何かの動物の警戒音と思われる。
入り口そばに組まれた火種は小さくなっていたが、未だに燻っている。
枝葉を重ねた布団は想像以上の保温性があり、布団から出ると少し肌寒い。
さらに土壁で覆われた部屋から出ると、早朝の冷たい森林の空気は眠気を覚ますのにちょうどよい。
「今の声は……」
耳を澄ましてみるけど、鳴き声の主の気配はわからない。
冷たい風が木々を揺らす葉の擦れ合う音が聞こえるだけだ。
身体能力が高まるなら、各種感覚器官も強化されないかなと魔力を巡らせてみると。
何やら身体が暖かくなる。
どうやら白衣が周囲を温めてくれている。だけじゃなく、なんとなく身体や顔がスッキリする。
「これはもしや、環境を整えたり、浄化とかしてくれたりしてるんじゃ……」
洗浄、消毒は時に滅菌は手術をする時にも非常に重要だ。
この白衣、めっちゃ頼りになる。
感心しながら周囲の様子を再び伺う。
予想通り、集中すると感覚器も鋭敏になっている事に気がつく。
木々が風になびく音までもがはっきりと聞こえる。
その中に異質な音を捉える。
何かが慌ただしく走る音、そしてそれを多数の足音が追っている。んだと思う。
「遠くない、こっちだ!」
獣道から外れて森の奥へと進むのは危険だ。
木々に風の魔法を用いて印をつけて走る。身体強化のおかげで信じられないような速度で移動ができた。
昨日も色々と試したおかげで、随分とスムーズにいろんな魔法を使えるようになった。
やっぱり、詠唱は邪魔だった……
「ゲームみたいに……戦いになるのかな……」
そういうゲームは少なくない、というか、ほとんどがそういうゲームだ。
剣で魔法で、銃で超能力で、現実世界ではありえないような力を手にして、自分自身がヒーローヒロインとなって異世界を無双する。
VRゲームの主軸はほとんどがそういったゲームだ。
大丈夫、たぶん、今の僕は傑出した力がある。
魔法があれば、大丈夫。
自分の不安に震える心に言い聞かせる。
目標はすぐに発見できた。
狐のような生物を、大型の狼のような動物が追い立てている。
激しい犬たちの攻撃を、木を利用してうまく左右に避けながら逃げているが、少しづつ包囲する我が完成しつつ有る。群れで狩りをする狼達の動きは見事だった。
併走しながら周囲を把握して、助けるタイミングを伺う。
集中するとまるで時間が遅くなったかのように感じられるので、木を避けながら動物たちを監視して高速で走るなんて離れ業も可能になっている。
「助けていいのかな、自然の摂理的に介入していいのか……」
悩んでしまった。でも、まぁゲームだから好きにさせてもらおう。
なんだか、追っている狼達がよだれをまきちらかして真っ赤に光る目をしていて、まともとは思い難い。ああいう見た目は敵なんだよ。多分毛色は黒なんだけど、土とかなんか色々ついていて、うん、汚いし臭い。腐敗臭と牛乳を拭いて放置した雑巾が混ざったような本当に酷い匂いがする。鋭敏になっている感覚が憎い。
一方狐はまさに必死といった感じで、今にも限界を迎えそうだ。
こちらも毛色は茶色っぽいんだろうけど、土や血や木々の樹液などでその身が汚れている。
目の色は普通の眼球に見える。
このゲームの動物全部が赤く光っているわけじゃないようだ。
大きな耳に大きな目、可愛らしい髭と、うん、狐だね。
汚れてはいるものの、悪臭はしない。
木々の爽やかな匂いがするぐらいだ。
周囲を探る力がすぐれものだとわかってきた。
お互いの位置関係や周囲の地形などを把握できる。
そのおかげでどういう意志を持って動いているのかも把握できる。
この先の少し盆地になっている場所で、完全に囲まれるように誘導されているのがわかる。
助けるならそこだ。
少し速度を上げて、狼達の目的の場所へと先回りする。
狐が目の前の状況を理解して、回避しようとしたときにはすでに遅い。
左右に狼が待ち構え、完全な包囲が完成する。
ねずみ返しのようになっているせいで、壁を登ろうとするも、落下してしまう。
包囲が出来たせいで焦る必要が無くなったのか、狼達は動きを抑え、ゆっくりと包囲網を狭めていく。
ハァハァと荒い息遣いにダラダラと溢れる唾液。
キツネちゃんが恐怖に怯えているのを見るのも、これ以上悪臭を嗅いでいるのも嫌なので動くことにする。
「しかし、まるで狂犬病だね」
狼達の様子を見て、思わずつぶやいてしまった。
丘の上から全体を見下ろせる位置に陣取った時点で、もう約束された勝利だ!
小さな火球を狼達の眼前に落し、突然の攻撃に怯んだ隙に、精霊の手で狐をつまみ上げ、崖の上で回収する。
「あ、暴れないの!」
突然のことに狐が必死の抵抗を示す。
思わず落としそうになってしまって焦ってしまう。
ちょっと考えれば当たり前か、仕方がないので眠りの香を嗅がせて大人しくさせる。
このままかっこよく去りたかったんだけど、暴れられた時に崖の先まで行き過ぎた。
足元の土が崩れて元の崖下に落ちてしまった。
なんとか、着地はできたけど、怒り狂った狼達に一斉に襲われることになった。
「こ、怖っ!! 来るなぁ!!」
火球をめちゃくちゃに放つも、狼達は左右に簡単に避けてくる。
目の当たりにした狼の動きはめっちゃ早い。
居たところに向かって火の玉を放っていたって、当たるはずがない。
「や、やばっ!!」
目の前の二匹が飛び上がり、眼前に迫ってくる……
飛びかかられて、恐怖が勝つ。
「うわああぁぁぁぁ!!」
魔力の制御をせずに、炎を放ってしまった。
目の前が真っ赤になり、荒れ狂う炎が狼と一緒に周囲の木々も燃やし尽くしてしまう。
熱波が身体に当たるも、白衣から謎の光が広がって熱波から身を守ってくれた。
消し炭になって一瞬で燃え尽きた仲間の姿を見た他の狼は散り散りに逃げていった。
「あ、あ、ま、まずい……!」
周囲の木々が派手に燃え上がり、下地の草にも火が広がっている。
周囲の空気は魔法によって高熱に熱せられており、自然発火で爆発的に火災は広がっている。
「あ、あ、やば、やばい、み、水だ水!!
全部消せるぐらいに大量のっ!!」
完全に冷静さを失った僕のとった行動は、大質量の水を、上空から降らせた。
確かに、火災は大量の水を叩きつけられたおかげで鎮火した。
強すぎる水の圧力で木々がへし折れ、地面をえぐりながら周囲に激しく流れ出した。
そのすさまじい水流によって僕自身も背後の崖に叩きつけられた。
「ぐはっ……!」
強い衝撃を受けたために、上空の精霊の手が消え、狐が僕の身体に落下する。
朦朧とする意識で、なんとか落下地点に身体を滑り込ませる。
ぐちゃぐちゃの土と焦げ臭い水が苦い。
習慣で狐の全身を視診する。
どうやら精霊の手も白衣の保護下だったようだ……
狐の身体が熱傷でボロボロということはない、と確認したところで、意識がぶつりと途絶えたのだった。
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