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第8話 着地

 ふわりとした風が頬を揺らす。

 暖かい日差しが身体を照らす。

 自分の足が大地を力強く踏みしめる感覚。

 自分の心臓が力強く鼓動し、体の隅々まで血液を送り出している。

 だんだんと思考がはっきりとしてくる。


「あ……」


 声を出してみる。

 かすれた弱々しい声じゃない、懐かしい、元気だった頃の声に感じる。

 そっと目を開ける。

 日差しが強く、真っ白な世界。

 それから段々と目がなれてくる。

 碧々とした木々、自分を中心に低い草と小さな花、土がところどころ見えている。

 空は驚くほどに深い蒼。

 木々がひらいたこの空間のすべてが青い。

 雲ひとつ無い。

 こんなにも美しい風景は見たことがない。


「どこ……ここ……えっ?」


 そして、最も見慣れない物が視界の端に映る。

 恐る恐る自分の手を見つめてみる。

 枯れ木のように痩せた腕ではない、思わずつねると少し痛い。赤くなる。

 瑞々しく、生命力に溢れた腕。

 頭に触れる。

 流れて落ちる黒髪、カツラではない、自分の髪だ。

 顔に触れる。

 

「涙……」


 枯れたと思っていた涙で濡れた顔は、ゴツゴツと骨が触れることもない。

 まだ病魔に侵される前の、肌だ。

 腰も、胸も……そこまで立派なものがあったわけではないが、全ての脂肪が削ぎ落ちた以前から比べれば、程よい物を取り戻している。

 地面に立つ足も、気を抜けば膝が抜けるような弱々しさは消え去り、しっかりと地面を踏みしめている。思わず意味もなく飛んでスキップをしてしまう。


「……なんで白衣?」


 なぜか仕事用のサンダルにオペ着、そして真っ白な白衣に身を包んでいる。


「いや、そもそも、どうなってるの? 何してたっけ?」


 記憶を掘り起こす。


「そうだ、ラストチュートリアル……ん?

 最後の患者って何だっけ?」


 最後のミッションにたどり着いた記憶ははっきりとある。

 けど、そこから先の記憶が全く無い。


「もしかして、これ、本編? とうとういせいしゃ本編!?」


 少し興奮して大きな声を出したが、誰も応えるものは無い。

 それにしても、まさか、こんな美麗系世界が本編に入ると広がっているなんて……

 現実と差がないレベルの大作はいくつかでている。

 ほんの少しやったことがあったけど、それらに勝るとも劣らないと感じる。

 

「ゲームなら、何すればいいんだろ? 自分で探す系かな?

 とりあえず、ステータス」


 手をかざしてコンソールを出す。つもりだった。

 空中に手をかざした先には何も映し出されない。


「あれ? ステータス表示、ステータスコンソール、アイテムボックス、精霊、道具……」


 ゲーム内の使用を色々試してみるが、全く反応がない。

 いや、待って欲しい。

 これ、どーすればいいの?


「てか、ログアウト出来ないじゃん」


 ここに来て、大事なことに気がつく。

 コマンドも出せなければ、ログアウトも出来ない。


「……ほんとにいせいしゃ本編なの……もしかして、死後の世界とか?」

 

 僕のつぶやきに、応えてくれるものは何もない。


「いや、まぁ、死後だったとしても、こんなに自由に動けるのなら、ラッキー?」


 ひさしぶりに辛くもなく喋れることもあって、思ったことを口に出してしまう。


「とにかく、周囲は木に囲まれていて、広場から伸びる道が一本なら、ここ進むしか無いよね」


 とにかく歩き出す。ただ歩くだけでも、すぐに楽しくなってしまう。


「苦しくない! 痛くない! 歩ける! 走れる!」


 たったった、と、小走りに森を走ると、心地よい風、木々の香りを強く感じる。

 早くなる動悸、熱くなる身体、失い再び手に入れることは無いと思っていたこの感覚が、何よりも楽しくて仕方がなかった。ただそれだけのことが、こんなにも幸せに感じる。


「……やっぱ、死んだのかな? いせいしゃ要素皆無だもんね……

 三途の川じゃないんだ……でも、なぜ白衣……いせいしゃチュートリアルなら魔力使用からなんだけどなぁ……」


 意識するでもなく、最初のチュートリアルを意識し、実行する。

 臍の下、丹田に感覚を集中し、熱い何かを感じたら、それが全身に行き渡り循環するようなイメージ。


「……出来ちゃった」


 人生で感じることのない感覚が、四肢を身体を駆け巡っている。

 

「多い多い!!」


 まるで濁流が体中を駆け巡るかのような感覚に、思わず悲鳴を上げる。

 意識すればその流れはコントロールできる。


「なんだろう、力が溢れるというか、疲れがぬけるというか、全能感があるなぁ」


 感覚が合わさった魔力循環は、そういった気持にさせる。


「なんか、白衣、輝いてね?」


 なんとなく、輝くような白さになっている白衣、ふとポケットに手を入れる。

 その瞬間、白衣と繋がったような感じがする。

 

「精霊の手……」


 思い浮かべると、ポケットに何かつかめる。

 引き出してみると、自分の手と見慣れた手が握手してるシュールな絵面。

 そっと手を話すと、手首がプカプカと浮いている。

 ゲームのときのように念じると、自分の思ったとおりに動いてくれる。


「やっぱり、いせいしゃの世界じゃん!」


 それから、この白衣のポケットが、某猫型ロボットのポケットが如くの仕様であることがわかった。

 ゲームで使用していた様々な精霊道具、魔道具、それに各種素材は、ポケットから取り出せた。

 どうやらチュートリアルで手に入れたものは全て持っているみたいだ。

 ステータスで確認は出来ないけど、たぶん能力も引き継いでいるんだろう。


「やったぜ、俺ツエー状態だ!

 苦労して育てた甲斐があったってもんでしょ。

 僕の努力が実を結んだ!

 ……んだけど、ログアウトできなきゃ誰とも共有できないじゃん……」


 問題はそこだ。

 森をいくら歩いても森が続いているだけだし、何のイベントもミッションも起きない。

 

「それにしても、どんだけ大きいのだろうかこの森は……」


 進めども進めども森が続き、木々が鬱蒼と茂っている。

 ちょっと魔力を循環させて走ってみると、まるでオリンピック選手のような速度で走れるし、全く疲れないので調子に乗って風になっている。


「いや、もう1時間以上走ってるよね、なに、フィールドだけ作って実はループしてる?」


 ちょっと近くの木に印をつけて走ってみたけど、ループはしてなさそう。

 恐ろしいほど広い森ということが正しらしい。

 森の中のけもの道は日陰になって涼しいが、日が陰った後は逆に寒くなるかも知れない。

 日が暮れる前に何らかの変化が欲しい。

 

「もしかして、自力キャンプとかする系なのかな?」


 頭上に存在する陽の光は、移動したせいかそれとも傾いているのか自信はなかったが、日が沈み暗くなってから準備を始めるのは愚かなことだと思うので、今のうちから備えをする。

 この獣道からはずれて森の内部に入るのは危険だろう。

 せっかく開けた場所があるのだから、ここに陣を張れば例えば人が通ったときなどに直ぐに気がつける。


 そしてすぐに、このゲームにおける魔法のありがたみを身を以て、身なのかわからないけど、知ることになる。


「火よ来たれ!」


 ふふふ、詠唱だぞ詠唱! これぞゲーマーの憧れぇ……って……ちょ、ま……!!


「ふあっちゃちゃちゃちゃっ!!」


 燃え盛る火炎が手から吹き出して空と木々を朱に照らしている。

 無理やり魔力供給を止めて炎を消す。

 前髪が少し焦げた。

 手のひらはどうやら無事なようだ。


「あっぶな……! 火力調整が出来ないコンロみたい!! あはは、危ない危ない!」


 かなり危なかったけど、なんだか逆に楽しくなってしまう。

 いや、この世界に降りてからずーっと楽しくて仕方ないんだけどね。

 煤けた匂いがあたりに充満している、ふと見上げると両側の木々が少し燻っている。


「これ、危ないよね。

 今度は気をつけて……水よ……来て」


 詠唱したほうがイメージがね、つけやすいんだよ。決してかっこいいからじゃないからね。

 上空に水を作って燻っている木々にぶちまける。

 じゅうぅと煙を上げて火の気配はなくなっていく。

 

「ふふふ、トラブルは生きていればつきものだよね」


 こういった問題さえも、楽しくて仕方がなかった。

 自分が生きているということを、強く感じられるから……





毎週金曜日の午後18時に投稿していきます。


よろしくお願いいたします。




もし、次が来るまでお暇でしたら、他の作品もお楽しみいただけると幸いです。

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