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第6話 今生

 いつもの通り、見慣れた……もう見るのも飽き飽きのスタート画面からチュートリアルを開始する。

 魔力の扱いから各種道具素材の使用方法から、実際に使用しての治療。

 それから様々な症例を処置していく。

 症例は先に進めば進むほどドンドンと複雑になっていく。

 いくつもの疾病が絡み合い、それらに対して最適解を選び続けなければいけない。

 さらにはそこで技術的なものを要求させる。

 正確な切除、剥離、結紮。

 そしてそれらを行うスピード。

 精度と速度がなければ後半、後半だと信じたいけど、のチュートリアルはクリアできない。

 チュートリアルをクリアするとほんの少しの経験と素材や道具をもらえる。

 これは失敗して最初から始めても継続する。

 僕のデータは、この世界で最も多くの素材道具、そして本人の能力を持っている。

 それはそうだ、この世界で最も長くこのチュートリアルをやり続けているんだ。

 

 このチュートリアルのクソゲーっぷりは、そんなところにも依存する。

 普通に進めたレベルでは、魔力不足や素材、道具不足で患者を救えない事がある。

 つまり、幾度ものクリアを前提として、何度もやり直すことが元々強いられている作りになっている。

 はじめの頃は攻略掲示板でも、いくつ目で失敗することが効率がいいなどのプレイスタイルも考えられていたが、結局その状態で進めるところまで必死に進み続けることが一番の解決方法だとわかると、やりこみ系プレイヤーもさじを投げた。

 極論を言えば、レベルを上げればドンドン楽になる。

 だから、高い技術でできる限り先まで進めて、何度も何度も繰り返しプレイができることが大事だ。


 レベルは、上がれば上がるほど対数的に必要経験値が増えていく、一つの手術を終えて得られる経験値は、後半に言ってもそれほど変化がないために、結果として苦行のような繰り返しを求められる。我ながら、自分の異常な執着には驚かされる。

 特に最近は……ほぼ一日の全て、大切な魂の時間を全てこのゲームに注ぎ込んでいる。


 現実は辛い。

 ゲームをやめれば自分の体の状態を思い知らされる。

 すでに、食事を口にすることも出来ない。

 胃に設置された管と、腕に繋がれた管から栄養と水分が送り込まれている。

 排泄は全て人任せ、体を拭くことさえも出来ない。

 手も足もやせ細っている。

 鏡は、怖くて見ていない。

 現実が酷い状態になっている反面、いせいしゃは絶好調だ。

 すでにブログの更新もできていないが、プレイするごとに新記録を大幅に更新している。

 巨大なドラゴンやらが出てくるようになって、難易度も跳ね上がっているが。

 レベルが90を超えてあらゆる属性の魔法の最終的な魔法を使えるようになり、ドラゴンだろうがベヒモスだろうが、軽々と体位を変化させたり、どんな刃も通らない鱗や皮膚を切り裂けるようになっている。いや、縫うのも自分だからそこらへんの調整も含めて、ね。

 ゲームの中の自分は、何でも出来た。

 処置の手だってもう人間を止めている速度だ。

 時間が引き伸ばされているような感覚を覚えるときだって有るほど、これが現実で行えればどんな手術だろうが可能だろうなと思う。

 霊体や精霊の治療を行うようになってからは、取得経験値も増えてきた。

 序盤の治療はまばたきのような速度で終えていき、終盤で経験値を稼ぐ。

 一日に回せる数も増えていく。

 

「まさに我が世の春なわけだ」


 ちょっと早口に最近のゲーム事情を話す僕のことを、少し呆れたような、哀しいような、優しい目で雅人は見ている。


「……そうか……楽しそうで安心した」


「いや、結構、きついんだよ」


 最近はかなり強い鎮痛剤を使っても、現実世界では内臓をかきむしられるような痛みと、四肢を動かすたびにビリビリとしびれるような痛みが起きる。


「顔色見れば……わかる。悪いな、ゲームしてない時に来ちまって」


「いや、久々に話せてよかったよ」


 普段はヘッドセットをして寝ている僕をしばらく眺めるのが雅人の日課になっているそうだ。

 今日はたまたまプレイの合間に顔を出したので、少し話している。


「病院は、大丈夫?」


「ああ、なんとかしている。

 流石に颯のような奇跡は起こせないけど、やれることを一生懸命やっている」


「雅人が一生懸命やっていれば、大丈夫……」


「……お前が、健康だったら、相手にもならないよ……すまん」


「いや、いいよ。

 ……雅人、もう来ないほうが良い」


「……ああ」


「いままで、ありがとう。

 最後まで、雅人に甘えっぱなしだったね」


「最後なんて、言うなよ……生きてくれよ……」


 雅人の目から、涙が溢れる。

 珍しいな。

 いや、我慢させていただけだね。


「ごめんね……雅人」


「颯……」


「師匠が亡くなって……雅人に言われた事は、本当に嬉しかった。

 それは、嘘じゃない。

 僕が、まともだったら、雅人の隣を歩いていたかも知れない。

 でも、僕は、師匠のことを忘れられないし、こんな体になっちゃった」


「いいんだ、俺は……俺の一方的な……押しつけだ。

 わかっていたことだ……」


「僕も、酷いやつだよね。

 雅人の気持ちも、覚悟もわかって、利用しちゃった」


「そんなことはない。俺は嬉しかった。

 お前に、颯になにかできることが幸せだった」


「いや、酷いやつだよ。

 最後に酷いことを言うもん」


「聞きたくない」


「駄目だよ、最後だからちゃんと、聞いて。

 雅人、幸せになって。そうじゃなきゃ、絶対に許さないから」


「俺は、颯がいなきゃ幸せになれない」


 普段の立派な雅人とは思えない、ぐしゃぐしゃに泣いている。


「大丈夫。

 雅人は幸せに……なれる……僕が、保証……する」


 苦痛に顔が歪み、声が途切れる。

 雅人は優しい、こんなひどい奴にも、心配する心を決して失わない。


「大丈夫か? 無理するな、ゲームしてれば楽なんだろ?

 ほら、今つけてやるから」


 僕は、ヘッドセットをつけてくれた雅人の手に手を添える。

 カサカサの自分の手を、雅人は優しく包んでくれる。


「ありがとう雅人……後は、頼むね」


「ああ、全部ちゃんとやるから、幸せになるから」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で笑ってくれた。

 この優しさに、何度救われたことだろう。


 意識がゲームに落ちていく。

 最後の瞬間まで、包まれた手は、とても温かかった。


 ありがとう雅人。

 君を縛るから伝えなかった言葉を今言うよ。

 異性として、師匠以外で、唯一愛していたよ……




 僕の現実の生命活動は、その夜、38年の時計の針が静かに止まるのだった。

毎週金曜日の午後18時に投稿していきます。

よろしくお願いいたします。


もし、次が来るまでお暇でしたら、他の作品もお楽しみいただけると幸いです。

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