第16話 魔法
猫型獣人ケットシー。
こうやって気絶し倒れている姿を見ていると猫だね。
こんな可愛い子が二足歩行しているのを想像するだけで現状を忘れてトリップしてしまいそうだよ僕は……
「冗談はさておき……」
巨大な土壁を3つ作って荷車の速度を落としてもらい、診察を開始する。
まずは視診、呼吸様式、外傷、体表部の診察を行う。
トロールが土壁を殴る音と振動が煩い。
スムーズに触診聴診へと移行する。
右上腕骨骨折の疑い。胸部皮下出血から肋骨損傷の疑い。呼吸が浅く早すぎる。すぐに便利グッズで大まかな内部の画像診断へと移行する。横臥位での心臓の位置が明らかにおかしい、肺のが進展していない、最初よりも血行動態や粘膜の色より酸素飽和度の低下を認める。
前腕は完全骨折、予想としてはトロールの一撃を受け、胸部の損傷と上腕の骨折が起きたと考えられる。
「とにかく外傷性気胸をすぐに処置しないと」
「うがーーー!!!」
トロールが最後の壁を破壊した。
「煩い」
これから行う処置を考えるに、チンタラと壁を作ってられない。
トロール直下の土を大規模に移動させ巨大な落とし穴を作る。
魔力の限界?
知らん、僕はいち早く処置に移りたいんだ。
落下に伴う凄まじい衝撃が済んだらすぐに処置へと移行する。
外傷性気胸、外からの侵襲によって肺が傷つき、胸腔内に空気が漏れ出し肺が広がることができなくなる状態。片肺が無事なために即座に致命的な状態にならなかったが、すでに危険な状態になっている。こんな状態で走って逃げるなんて過酷な負荷に耐えたことを褒めてあげたい。
まずは胸腔内に漏れ出ている空気を外に逃がしてやる。
それだけで肺にかかる圧が低下し、肺が再拡張する。
この時に再拡張障害にも注意しなければいけない。
無理やり押し込まれ、収縮していた肺に急速に減圧をすることによって早すぎる速度で肺をふくらませることによって起きる問題だ。緩やかに胸の圧を下げ、無理のない形で肺を膨らませていく。
肺の損傷が無処置でもリカバリーができるかを考えるが、悠長に入院生活で安静にできるとは思えないので、肺の損傷部位を確かめて処置をしてしまうほうがいいだろう。
入院とかができるなら、陰圧を胸腔にかけながら自然に肺が治るのを待つという選択肢もあるけど、精霊の手と目による腹腔鏡手術のようなことができる現状であれば、損傷部位も直してしまったほうがいい。
緩やかに広がっていく肺、黒っぽく赤茶けた組織が酸素を取り込むことでピンク色に鮮やかに変化していく。
「水よ……すこーしづつ満たせ」
緩やかに胸腔内に魔法で水を発生させ肺を水没させる。
自転車のパンクを発見するように空気が漏れている箇所からぷくぷくとエアーが出る。
肺損傷自体は派手ではなかったが、一部から出血とエアーが出ている。
幸運にも肺の先端部分だったので、縫合糸によってギロチン方式で切除を行う。
その他出血や空気漏れを確かめたら胸腔内の処置はおしまいだ。
炎症に伴う浸出液の排液のためのドレーンを設置し、持続低圧吸引ができるように処置する。
前腕の骨折は単純な斜骨折、整復し外固定での治癒を狙う。
骨をいじる整形外科は特に感染対策をしっかりとしなければいけない、ピンニングやプレートを使うような手術を、土煙舞うこのような環境で行うことは得策ではない。
若そうな個体だし、折れ方の運がいいから、この場合は外固定でも十分に治癒が見込める。
なんでもかんでも一辺倒に手術をすることは、馬鹿のやることだと師匠にも何度も言われた。
目の前の症例にきちんと目を向けて、最も適して当たっている、適当な治療を行うことが、僕たち獣医師の価値なんだ。師匠の言葉でも好きな言葉だ。適当。
全身循環維持のために輸液を行い、一通りの治療が完了する。
呼吸も落ち着いて処置前よりはだいぶ楽そうな寝顔になっている。
こう見ると、本当に猫ちゃんでかわいすぎる。
「で、あいつは本当に可愛くない!!」
ケットシーちゃんをコボルトくんに任せて、穴の下でもどっかんばったんと大暴れしている巨人を見下ろす。
真っ赤に光る目が怒りに満ちているのがわかる。
「手術中に騒ぐような馬鹿に、救いはない」
右手を掲げ、魔力を込めていく。
大きな火球の温度をどんどん高めていくイメージだ。
周囲への影響もきちんと考えてどんどん温度を高めていく。
僕は、知っている。
炎の温度が高まるとどういった変化を起こすのか、炎の温度というものはどこまで上がるのか。
この世界で自然に起こる炎でも脅威に感じる生物ではたどり着けないようなレベルにまで魔法を作り上げることが、出来た。
「手術中は、黙ってなさい!」
穴の中に青い火球を落とす。
「グアアアア!!」
叫び声が瞬時に収まる。
火球に触れて土が真っ赤に変化してドロドロと溶けて溜まっていく。
トロールだったものは、跡形もなくそのマグマに飲まれていた。
グツグツと煮えたぎる中でトロールの破片は燃えながら灰に変わっていく……
「ん?」
微妙な違和感。
マグマに消えていく中に明らかに異質な存在がちらりと見える。
方っておいても良かったんだけど、変な感じがしたので精霊の手を利用して違和感の元を持ち上げる。水魔法と風魔法で冷やしてみると、それは綺麗な宝石のような、握りこぶしほどの石だった。
「綺麗な……石、たぶん、魔力が詰まってるよね……」
その宝石からは魔力の波動を感じる、それも弱くない波動だ。
覗き込むとキラキラとしたものが内部で波打っているような不思議な美しさがある。
とりあえず、これは大事そうなので荷物の中に大切にしまっておくことにした。
周囲の熱風も上空へと送り出し、地面の後始末もしていく。
「うーん、どうやらこの程度なら魔力には全然影響ないみたいだなぁ。
ハイコストなことした自覚は在るんだけどな」
炎の色から考察して、1万度を超える熱エネルギーを作り出しつつ、周囲への影響が出ないように風と水の魔法を併用して、5mをこす巨体が身動き取れないほどの大穴を一瞬で作り出す。
普通に考えて、自然の法則を大きく歪めるほどのことを引き起こしておきながら、体内の魔力と思われるものは多少変化したような気がするけど、今はもうその変化がもとに戻ったと感じている。
ゲーム風に言えばMPも膨大だし、自然回復量も膨大という感じだと思う。
「万能すぎんか魔法……」
今更ながら、そんなことを考えるのでありました。
少しだけおやすみいただきます。
ごめんなさい。




