第13話 発見
木材で作ったすり鉢で茹でた食材をすりおろして流動食を準備する。
細かくはわからないけど、糖質、タンパク質、脂質、各種ミネラルなどをバランス良く取ってほしい。病気の治療にはやはり栄養が、エネルギーが必要だ。意識を失って自分で食べられないのなら、血管内に直接栄養を入れるか、管を使って食事を消化管に流し込むしか無い。血液内に入れられる形に栄養を加工できない現状では、消化管に直接流し込む方法になる。基本的には鼻か喉かもしくはお腹にチューブを設置して、食道か胃・腸へ食物を流し込む。今回は切開などが必要ない鼻カテーテルを利用している。欠点はカテーテルの太さが確保できないので、薄い水っぽい物でないと入れることが出来ない。喉から食道へ皮膚を切開して入れるカテーテルならもう少し太い物を使える。一番太いカテーテルを設置するなら胃ろうか腸ろうチューブを設置する。内視鏡がなければ腹部と消化管切開などをしなければいけないので、今回は鼻カテーテルだ。
少し身体を起こして、ゆっくりと液状の食料を流していく。食道内にカテーテルが入っているので、誤嚥の心配もなく食道から胃へと食物が流れていく。終わったらしばらく身体を起こしたまま安静にしてもらう。最近クッションづくりにはまっているので、座椅子のようなものにもたれかけされる。安静にしてもらっているうちに身体に張っている包帯や薬剤を交換する。
炎症部位からは漿液が出るので、放っておくとビチャビチャになってしまう。傷が治るのにもある程度の湿潤環境が整っている方がいいとされているので、身体の必要な反応なんだけど、過剰に濡れていたりすると、感染のリスクが高まったりいろいろと不具合があるので、定期的に交換して傷口の観察、薬の塗布、非固着性のガーゼなどを当てて包帯をで巻く。と言う作業を行う。傷口にガーゼがくっついてしまうと剥がすたびにせっかく治ろうとしている皮膚の細胞を剥がしてしまうので、傷口にくっつかない、非固着性の物を使う。身の回りで簡単なもので言えばサランラップだ。イメージとしては、サランラップに過剰な水分が抜ける細かな穴が開いており、その水分を吸い取るガーゼ、それが一体になっているようなガーゼだ。傷口側はつるつるしていて、反対側はふわふわしている。このゲームでは海に住む生物の皮と綿のような物を組み合わせて作り出している。
「すごいな、あの外傷がこんなに早く綺麗になってきてる」
被毛は感染の高いリスクになるので、怪我の部分では手早く刈り上げている。猿たちに叩かれて酷く腫れて細かな傷だらけだった皮膚が、新鮮な肉芽を作って、順調に回復している。この様子なら数日以内に上皮化して綺麗に治ってくれそうだ。全ての部位を交換したら、布団に寝かせてあげる。微熱も治まって来ているし、呼吸等も安定している。後は意識さえ戻ってくれれば安心なんだけど……
「ショック状態までいったから、時間がかかるかもなぁ……」
生命の危機に瀕する状態まで陥っている以上、安定していても安心は出来ない。播種性血管内凝固症候群など、二次的に命に関わるような病態が起こることは珍しくない。怪我の調子はいいのだけど、まだ安心できるような状態ではない。
そんな感じで、看護生活を送っている。ありがたいことに、あの赤目の仲間が報復に来ることもなく、穏やかに過ごせている。周囲の木々をなぎ倒したので、高原の別荘地みたいな感じさえする。
「変な話、死んでようやくゆったりと過ごせている気がする」
闘病は、今だから言うけど、本当に、死にたくなる。日常のなんでも無いような作業が、苦痛だし。止むこと無く、いつ訪れるかもわからない痛みや体調不良が来るかも知れない状態は、精神も蝕んでいく……
「それが今は、田舎でのスローライフみたいな生活が出来ているんだもん……死後の夢としては最高だね」
近くで見つけた藁に似た草を編み込んで籠とかバッグを作る。一心不乱に編み込んでいると、縫合や結紮の練習と同じように夢中になれる。せっかくなので部屋の座布団やマットなんかも作り始めている。
「うん、充実してるな……」
身体が元気だった頃は、途切れることのない外来や手術などをとにかくこなしていた。ゆっくりする時間なんてなかった。休みの日も大きな手術があったら勉強しに行ったし、旅行なんて20年くらいしていなかったんじゃないかな? お盆や正月なもなく、とにかく仕事をしていたら、師匠の事故で心が壊れてしまった……そして病気が発覚、まともな生活も送れなくなった……
「今は、それを取り戻してるのかな? ちょっとワイルドなファンタジーがすぎるけど。
いせいしゃだけが僕の唯一の趣味だから、これはこれで、ありだけどね!」
出掛けていた小狐ちゃんが帰ってきて、肩に乗ってきた。うん、僕、今幸せだね。
ガタン!
隣の部屋で物音がした。小狐ちゃんが警戒している。
「大丈夫、多分あの子が意識を取り戻したんだよ」
気をつけながら、そっと隣の部屋を覗く。
「うううっ……!」
僕たちの姿を見つけて、部屋の隅、布団の上に立ったコボルトが低い警戒音を出す。すでに鼻のカテーテルや腕の点滴は引っこ抜いている。腕からの出血を抑えている姿勢のまま、こちらを睨みつけている。
「落ち着いてちょうだい。僕は敵じゃないよ。君の怪我を治療していたんだ」
「グルルルルルっ!!」
だめだ、言葉が通じない……困ったぞ。
暴れ猫や犬の相手はしてきたけど、人型は怖いな……猿とかも基本的には沈静化で処置していたし。人型というのは制御が非常に難しいんだ……
「キィーーーー!!」
「グルッ!?」
小狐ちゃんが甲高く鳴く。その声にコボルトが反応する。
「キキーー!! キキキキ、キキ!」
「グル……ウォウ……」
「キキキー、キキキキキ、キピュ」
「……ウォン」
おや? コボルトの警戒心が薄れていく。もしかして、会話できるの!? 異種間で意思疎通している事実に興奮してしまうが、邪魔をしないように静かにしておく。それからも小狐とコボルトは鳴きあっており。とうとうコボルトが、布団の上に静かに腰をおろした。
「ウウ……」
少し辛そうだ。そりゃそうだ、まだ怪我は完全には治っていない。首から小狐が降りて、トコトコとコボルトの隣へと移動し座り、こちらをちらっと見てくる。これは、大丈夫と言っているのかな?僕もそうっと近づくと、コボルトは警戒はしているものの、近づくのは許してくれているようだ。
「どう? まだ痛むと思うから、ゆっくり休んでね。
食事とれる? 用意するけど」
「キキキ、キキキキキ、キキ、キュウ、キュウキュウ!」
「ワンっ!」
うん、今のはなんとなく解る。食べる! だね。
まだ意識が回復したばかりだし、ドロドロにしたスープを出してみると、まぁすごい勢いで平らげてくれた。最低限の栄養はとってただろうけど、足りないよね、空腹感は凄いんだろう。それから2回もおかわりをしてくれた。うん、もう大丈夫、食べ始めれば強いから。
それから、小狐ちゃんを通訳に、傷の処置をしながら、奇妙な同居生活を送る。そして、この子狐ちゃんもそうだけど、コボルトの知性に驚かされた。
「回復力も凄いけど……器用だね」
食事もすぐに器やスプーンの使い方を学ぶし、編み込みの手技を理解して、色んなものを作ってくれただけではなく、木材と石を組み合わせて斧やら弓やらを作って、生活の手伝いをしてくれるようになった。傷の治りも早ければ、被毛の回復も早い。一週間もすると、和犬系雑種っぽい可愛らしい見た目を取り戻していた。傷も回復して、洗ってあげたらホワッホワになって、小狐ちゃんとは違ったちょっとしっかりとした中型犬みたいな可愛らしさを感じる。
そして、最高の吉報がコボルトからもたらされた。
いつものように周囲から集めてきた森の幸と狩の成果を調理していると、なんだか透明感のある石を渡された。舐めるような仕草をするので、その石を恐る恐る舐めてみた……
「しょっぱい! これ、岩塩!?」
どうやら、コボルトくんは動けるようになって、岩塩をとってきてくれた。後に案内されてその場へ行くと、断層が顕になっており、その一部にこの岩塩が見えていた。量は多くはないが、こうして貴重な食塩がゲット出来たのであった!
「いただきます!!」
その変化は、劇的だった!
「……おいしーーーーー!!!」
鶏肉の香草焼きに岩塩を添えて……塩の偉大さが理解できる。よくしまった歯ごたえの有る鶏肉に薄っすらと上品な脂、それに香草の香りを移しているだけでも十分だと思っていたけど、塩は塩味をつけるだけではなかった……塩味が加わることで、鳥の旨味が増強され、脂の甘味が増し、香草の風味がはっきりと描かれる。身体が塩を欲していたのも合わせて、とにかく脳みそを掴んでくる旨さだ。スープだって同様だ。食材それぞれの味が足し算から掛け算に変化する。10段階で評価していた味が、突然100段階に変わるような、そういうレベルの変化が訪れた。
塩がある。それだけで、食事は別のステージへと突入するのだった!
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