第11話 広大
早朝から問題が発生した。
なんだか慌ただしい日々を過ごしたせいで、当たり前のことを忘れていた。
トイレだ。
生きていれば仕方がないが、ゲームでそういう生理現象を再現する必要が有るのだろうか?
いやね、たとえばオブジェクトがあって、そこにいくとモザイクが掛かって欲求が減るとか、そういう感じで誤魔化せばいいじゃない。ハートマークが飛んだら子供が出来るとかさ……
「……ゲーム、じゃ無いんだろうね。
死後の世界なら、排泄とか飢えとか、そういうものから開放されたかったな……。
でも、あの地獄のような痛みが無くなって、人間らしく、いや、何言ってるんだ!
こんな魔法だの白衣だのチート能力を手に入れて文句を言ったらバチが当たる!
ありがとうございます神様、この地で僕は頑張って第二の人生を楽しみます」
トイレ問題は、仕方がないので魔法で穴を掘り、枯れ葉を中に集め、そこにすることにした。
白衣の浄化洗浄魔法がこれほどありがたいと思ったことはない。
そう、この浄化洗浄魔法、泥水を清水にしたりは出来るんだけど、毒キノコを普通のキノコにしたりは出来なかった。不純物を除外する、といった魔法なんだろう。
解毒や抗生物質の代わりができれば良かったんだけど……そううまくはいかない。
汚染した創傷を水と併用で洗浄できることは素晴らしいから、素晴らしいものには違いない。
それともう一つ。
あの子狐ちゃんが、簡易キャンプのお部屋の端っこで眠ったりするようになった。
やっぱり一晩一緒に眠ると距離感がぐっと縮むね。
どうやら果実とか虫とかを食べるらしく。
自分でそこらへんの芋虫を見つけてきたり、僕がとってきた果実を置いておくと食べるようになった。僕一人だったから、そういう存在が近くに居てくれると、とても和む。
「とりあえず、進みますか」
色々煮たスープを平らげて、ロープ代わりに使える蔦を利用して、大きな葉でいくつかの荷物をまとめる。せっかく燻したこのお布団は僕の大事な財産だ。
荷物を背負ってこの獣道を進むことにする。
何でも出てくる白衣様にしまえたら良かったんだけど……
それでも、生前では考えられない重量の荷物を担いで、足に掛かる負荷が、嬉しかった。
道中のお供も出来たので、普通に歩いていたんだけど、この小狐さんはなかなかの身体能力を持っていて、遊び代わりに追いかけっこのような感じで走ったり、身体強化して移動したんだけど、木々の枝々を器用に飛び移ってしっかりとついてくる。
たぶん、こっちの動きのほうが得意なんだろう。
地面に落とされ追い立てられているときよりも立体的な動きで捉えにくい。
正直、あの狼達よりもこの子に襲われたほうが、手も足も出ない気がする……
魔法の練習代わりに、息を吹きかける程度の風を小狐に当てるゲームをした。
突然のことに驚いた姿が可愛くて、笑っていたら。
どうやら遊びだと思ったらしく、素早く移動して僕とのゲームに乗ってくれた。
高速で立体的な動きをする小型の動物に、コントロールした魔法を当てるという作業は、非常にためになる。
空間を把握して、魔法を固定してから放つまでの速度を上げたり、身体のバランスや筋肉の動きから次の動作を予測したり。
小狐先生によるブートキャンプによって、気が付かないうちに魔法の精度が上がっていた。
道に変化が現れてきた。
平坦な道が、明らかに登っている。坂だ。
この体になってから、本当に丈夫になってくれた僕の身体。
延々と続く坂道も強化したことも相まって、苦もない……訳ではない。
流石に少し負荷を感じる。その負荷さえも、心地よいんだけどね!
この世界について考えてみた。
気温は日本における春から初夏ぐらいか、日差しを浴びていると汗ばんでくる。
森を抜けてくる涼しい風のおかげで不快感もないし、夜に寒すぎないので助かる。
植生は広葉樹が多いエリアや針葉樹が多いエリアなどが混在している。
苔やシダ類が豊富な場所、低層植物が多い場所など、なんというか、自然豊かと言えば聞こえがいいが、森の中は鬱蒼としている。
人の手が入らずに間伐もされていないのだから仕方がないのだろうけど、果実などが手に入る低層木が貴重なので、見つけたら出来る限り確保している。小狐が敏感に察知してくれて、軽く誘導してくれるので本当に助かっている。
キノコは至るところにあるんだけど、感覚8割が人体に害が有りそう。
ハーブ類もたまに見かける。
「地球に近いよね、やっぱり」
結論としては、そうなる。
ただ、かなり広大なエリアが森に包まれている。
ちょっと身体強化して高そうな木に登って周囲を見たけど、とにかく緑が広がっていた。
かなり遠くに山々も見えた。
太陽が東から上って西に沈むと仮定すれば東の方向だ。
獣道は南北に伸びており、現在北に向かっている。
そして今、道は緩やかに登り続けている。
木の上から見ても、まだしばらくは登ってそうだった。
山というよりは、かなりスケール大きく巨大な丘なのかもしれない。
「凄いなー……この世界は広いや」
いや、地球も僕にとっては広大だったんだけど。
ほとんど狭い世界に生きていたから……
「世界って綺麗なんだなぁ……」
木の上から緑の地平線に空を橙に染めながら太陽が沈んでいく。
黒に近い深い蒼と日の橙、それと眼下に広がる広大な緑が混じり合って、ため息が出るほどに美しい幻想的な風景に包まれていく。
「おっと、あんまりこうしているわけにもいかないな」
スルスルッと地面に降りて今晩の準備を始めていく。
魔法による土の操作も慣れてきた。
分厚いかまくらから、ある程度圧縮して強度をもたせた部屋のような物を造る。
入口の前には一応柵っぽいものと堀っぽいものを造る。
うーん、建築も一瞬。こりゃ便利ですよ!
「火をおこすのも一瞬だし、水も作れる。親切設計で助かります」
ゲーム作成者に感謝です。
移動中に集めたものを適当に焼いてから煮る。
少しハーブ、香草類を使って風味をつけたので、昨日より美味しい。
小狐ちゃんは果実を食べている。
夜になると少し肌寒いけど、空を見上げると驚くほどの数の星々が瞬いている。
その星の配列は、自分の記憶とは一致しない。
随分と昔にはキャンプなどにも行った事があったが、仕事をしてからはほぼ仕事といせいしゃしかしていない社会不適合者だったことが悔やまれる……
「はぁ……塩が欲しい……醤油が恋しい……」
生前も薄味のものしか食べられなかったけど、塩が皆無なものから比べれば随分とマシだった。
確かに僕の料理スキルは低いけど、塩が有ればもう少しは美味しく出来る自信はある。
「塩は海か海だったところとかがないとなぁ……断層とか見えてる所があればいいけど」
しばらくして、一人で吹き出してしまった。
ゲームの中で、現実的すぎることをつぶやいた自分が可笑しかった。
「でも、僕に、何が起きているんだろ……ほんの少しくらいは説明が欲しいなぁ……」
だれも知らないけど、死後の世界は全員こうなのかもしれない。
それを否定することは、死んだ人しかできない。つまり、否定できない。
生まれ変わりが有るのか無いのか、魂とは何なのか。
色々な考えは有るのかも知れないけど、本当の真実は誰もわからない。
そもそも、神とはどういう存在なのか……
「止め止め、考えても仕方がないことを考えるより、現実として今を、明日をどうするかを考えよう……って、うわっ!」
なんと、考え事をしていたら膝の上に小狐ちゃんが居た。
そっと手を触れても逃げ出さない。
そのまま優しく撫でると、ふわふわの毛が気持ち良いし、なんかクルクルと喉を鳴らしている。
なんだこれ、くぁいすぎるだろ! やばすぎるだろ!
こうして、眠気に負けるまで、全ての思考を捨てて、小狐ちゃんの可愛さの暴力にフルボッコにされるのであった……
毎週金曜日の午後18時に投稿していきます。
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