第10話 転換
妙な夢を見る。
キュイ……キュイ……
遠くで声がする。
げっ歯類を思い起こさせる声。
警戒音かな、緊張している様子が見て取れる。
それにしても、頭が痛い。
しかも、寒い……
なんか、背中が全部……
「キュイキュイ!!」
夢じゃない!!
目を見開いて身体を起こす。
全身濡れて、背中ドロドロ、見える景色は焼け野原。
7775。めちゃくちゃだね。
「これは……」
足元で狐が周りに向かって警戒音を発している。
頭がくらくらする。
状況がよく飲み込めない。
背後には反り立つ壁、焼け焦げた森、ぐちゃぐちゃな足元、周囲の状況を見ながら、少しづつ記憶を取り戻していく。
「自爆したんだった」
よく見れば、狐が鳴いている先にあお狼達がいる。
助けたつもりが、狐に守ってもらっていたようだ……情けない。
白衣に魔力を流すと、心地よい風が身体を乾かし、汚れを落してくれる。
ああ、なんて便利なんだろう。魔法って最高だ。
「情けないぞ、冷静になれ」
昔、師匠にも怒られた。
「お前は診察・手術のときは少しはマシだが、普通のときが駄目駄目残念すぎる!!」
診察・手術はマシだって褒められたよ!! って看護師さんに自慢したら何か残念なものを見るような目で見られた。
そう、僕は、診療や手術以外はかなりからっきしだ。
「今度は……失敗しない!」
逆転の発想だ。
現状を診察・手術みたいなものだと思えばいい。
従順で可愛い動物の診察だけをしていると思ったら、大間違えだ!
こちとら完全に殺しに来てる30キロの犬とかの診察だってやるんだ!
観察をしていると、あの赤目の狼達は非常に慎重になっている。
そりゃそうだ、あんな炎の渦に巻き込まれれば普通の動物なら近づくことはない、それでも唸りをあげながら執拗に狐を狙うんだから、病的な執念を感じてしまう。
警戒しながらも、いつ飛び込むかを読み合っている。
体重のかけ方、目つき、顔つき、耳の状態、尾、姿勢、診るだけで得られる情報は多い。
飛び込むタイミングは、丸わかりだ。
そして、魔法も手術みたいなものだと思う。思い込む。
部位を特定して、必要な力で必要な道具、属性、形態を準備する。
そして、実行する。
適当に火の玉を飛ばしたって野生の動物に当たるわけがない、それこそ猟銃をイメージして、狙いを定めて、撃つ。師匠は猟師の飼い主も多かった。よくジビエをもらっていたな……
余計なことを思い出したけど、とにかくまずは観察だ。
視診。
診ること、診療における入り口。
診察室であれば、嗅覚も用いることも並行で行ってしまうことも多いけど、今は屋外だ。
匂いからの情報は少ない、というか、アイツら異常に臭いからむしろシャットダウンする。
鼻先から目、耳、口、喉から肩へ、前肢、前肢端、胸部、背部、腹部、後肢、後肢端、臀部、尾、生殖器。決められた順に舐めるように観察する。
激しく動く動物だって少なくない、集中して一度で出来る限りの観察をする。
そして、想像する。
その動物の内部でどのような動きがあるのか、どのように動くのか。
臓器のイメージが有れば、それこそ呼吸状態から肺や循環器の様子、歩様などから四肢や腹部の状態をイメージして作り上げる。
慣れてくれば、歩き方を見ただけで、損傷している部位を言い当てることだって可能だ。
もちろん裏付けとなる様々な検査を行うが、検査の前に病気を疑ってする検査と、何もわからず闇雲にやる検査では天と地ほどの差だ。それを想像できなバカは死ね。と師匠に何度言われたことだろう……
「触診は……」
飛ぶ。
狼の筋肉がそう訴えている。
予想速度、予想到達点をイメージして魔法を作り出す。
次の瞬間、高々と狼達が狐と自分に向けて飛び上がった。
精霊の手で狐を背後に引っ張り込む。
僕は落ち着いて魔法を発動する。
地面から伸びる槍が、空中の狼達を貫いて、そのまま地面に叩きつける。
頭蓋を撃ち抜かれた狼達の瞳から、赤い光が消えていく。
バタバタと動かしていた手足は、瞳の光が消えるのと同時にその動きを止めた。
「はぁ……はぁ……うまくいった!」
極度の緊張で呼吸をすることを忘れていた。
「解剖とかして原因をって……なんだこれ……」
地面に落ちた狼の身体は、グズグズと真っ黒な液体に変化して、それから細かな灰のように変化して風に吹かれて消えてしまった……
「どうなってるんだ?」
実態のない精霊とかもゲームでは治療したけど、そういうものとは確かに違ったはず……
「キィー! キィー!」
抗議の鳴き声で狐の存在を思い出した。
考え込むと周りが見えなくなることも、よく怒られた。
「ごめんごめん」
精霊の手で首根っこを捕まえていたのを離してあげる。
着地するなり素早く崖下の岩陰に隠れてしまった。
実際に目の前で見ると、小さいね。
狐は中型犬くらいのサイズがあるけど、この子は猫程度。
3キロあるかないかくらいだろうか?
「そうか、濡れてちっちゃくなってるのか」
合点がいった。
記憶と結びつかなくなるほどの小型化は、警戒し膨らんでいた被毛がびしょ濡れになって身体にひっついたためだ。
「ごめんね、危害は加えないからこれくらいはさせてね」
風の魔法と火の魔法を利用して、温風をゆっくりと小狐に当てていく。
最初はびっくりして落ち着かない様子だったが、心地良のか受け入れてくれた。
あんなにびしょ濡れで身体も冷えただろう。
改めて自分のパニックで迷惑をかけてしまったことを反省する。
「うん、モコモコだね」
毛が乾くと元通りの大きさになった。
汚れが落ちてきれいになった毛色は黄金に近い美しい毛並みを持った動物だとわかる。
「いろいろと驚かしてごめんね。僕もよくわからなかったんだ」
「キュ?」
無駄とは思いつつも弁明してみたら、なんとも可愛らしい反応をしてくれた。
首を傾げて、少しづつ石から顔を出してこちらを伺っている。
まだ警戒心は強いけど、敵対心は無くなってくれている気がする。
細かく動く大きな耳、好奇心の詰まった大きな瞳、ひくひくと落ち着き無く動く鼻、モコモコの身体にモコモコのしっぽ。うん、あざといくらいの可愛さの妖精だな。
「……そういえば、これがミッションなのかな?」
すっかり忘れていたけど、ミッションを求めてこの子を助けたんだった。
とにかく、ゲームらしいミッションコンプリート! って表示はされない……
「仕方がない……とにかく、道へと戻るか……」
森を焼いてしまった性で、元の位置へ戻るのに手間取ってしまった。
結果としては、木の実やきのこに果実、使えそうな蔦などが手に入ったから結果オーライだ。
小狐さんは警戒しながらも好奇心が勝ったようで、僕の後をちょっと距離をとって着いてきている。その距離もちょっとづつ短くなっているし。
僕がもいだ果実をかじってくれたりしている。
先に食べた感触は、ほのかに甘いし、水分も在るけど、美味しいかと言われると微妙だった。
こうして元の道まで小狐というお供をつけて戻ったのだけど、肉体強化して走って移動した距離を歩いたせいで、この日はそれだけで日が暮れてしまったのだった……
「もう一晩、ここにお世話になるか」
昨日作ったキャンプで、もう一晩過ごすことにした。
木の実は焼いた上で煮込み、きのこは慎重に魔力で鑑定して食べられるもの、食べられないものを確かめた。魔力を通して嫌な予感がしたきのこは全て毒キノコと決めた。
塩が欲しい。果実も入れて食べたスープの感想だ。
極端にまずくはなかった。
けっして美味しくもない。
ただ炙って煮ただけのスープだったが、僕にとっては、久しぶりの満腹感を得られて、感動して少し泣いた。
枝葉の布団に入ると、今日は色々ありすぎたのか、あっという間に意識を手放してしまった。
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もし、次が来るまでお暇でしたら、他の作品もお楽しみいただけると幸いです。




