第1話 チュートリアル
また酔っ払って投稿してしまったので、
頑張って続きを書いていきます。
今回もよろしくおねがいします。
目の前に突然現れた青色の鱗、全体を見回すとトカゲのような人間のような。
【チュートリアルミッション176 リザードマンが刺された!?】
突然ミッション開始の文字が空に浮かび上がり、30:00と書かれたタイマーがカウントダウンを始める。
「外傷か……」
まずは患者の状態を外部から視診で確かめる。
最速で行わなければいけない。
「外傷は3箇所、出血量が多い、すぐに開腹だな」
とりあえずいくつも用意されている便利な道具や魔法によってこのトカゲ、リザードマンに適切な鎮静と麻酔を行う。
苦しそうにもがいていたリザードマンの呼吸が安定し、可視の魔眼に表示されるバイタルが安定したのを確認して、消毒、術野を丁寧に滅菌し、腹部を切り開いていく。
腹腔内に達すると一面血の海だ。
「吸引、滅菌後循環に戻す」
現実でもこんなことが簡単にできればいいのに……
そう思いながら道具を設置していく。腹部から血液が道具に吸い込まれていく、浄化の過程を経て血管に留置した管へと流れ込んでいく。
大丈夫、今の所順調だ。
「腎臓と複数の腸管……相変わらず鬼畜な時間設定だな」
とにかく出続ける出血を止めなければいけない、出血点を探し、血管が切れていれば精霊の手で抑えていく。5箇所ほどの大きな血管損傷を抑えると、目に見えて出血量が低下していく。
「まずは洗浄だな」
腸の内容物が混じった血液は汚染物質と同じ、つまり血の海だったお腹の中は汚染されてしまっている。水に体液の濃度に調整した塩分を混ぜ浄化した物を魔法と道具によって作り出し、腹部を一度洗い出す。
臓器がクリアになる。本格的な洗浄は最後に行うとして創傷の処置に移る。
これ以上汚染物質がお腹に出ても困るのでまずは腸管の穿孔を縫合していく。
縫合糸はスライム糸と呼ばれるファンタジー物質。
時間が立つと溶けて身体に吸収される、吸収糸の代わりなる。
血管を止めているから色が良くない、けど、今は傷を塞ぐ処置だけしかしない、他の臓器の傷の処置が優先だ。
22:37
「次に腎臓だ、単純な外傷だな、洗浄してマットレス(縫合)でいける……げっ、尿管切れてるじゃん」
尿管の吻合はめちゃくちゃ繊細な作業だ……ただ、血管が無事だったのは奇跡だな。
腎動脈や腎静脈、大動脈なんかの大血管が傷つけられていなかったことは幸いだ。
もし大血管がこんな損傷を起こしたらあっという間に出血性ショックを起こして、治療どころじゃない……
11:25
「腸管はなるべく残したいけど、この血管吻合するのか……」
血管を吻合して精霊の手を離せば目に見えて腸管の色が良くなっていく。
この処置が終わればあとは洗浄して閉腹すれば終わりだ。
細かい血管は、結紮、栄養血管を吻合していく。
02:05
血管の吻合を終えて腹腔内の洗浄を行っていく。
これさえ終われば後は腹を閉じるだけ、連続縫合で一気に終わらせれば……
もう少しだけ待ってくれ、後ちょっとなんだ……!
00:00
【チュートリアルミッション176 リザードマンが刺された!? 失敗】
【チュートリアルをやり直しますか?】
【Yes】 or 【No】
「くっそーーーー!! 新記録だったのに!!」
僕は選択肢からNoを選んでゲームを終わらせた。
いや、まだゲームにまでたどり着けていない。
チュートリアルを終了する。
「また最初からかよ……僕の4時間返してくれ……」
ヘッドギアとコントロールグローブを外す。
いつの間にか暗くなっている部屋の明かりをつけて、そのまま洗面所に向かう。
長時間プレイしていたために額に薄っすらと汗をかいているし、手もベタついている。
蛇口をひねり、冷たい水で顔を洗うと、少し熱くなった頭が冷えて来る。
鏡に映る僕の姿は、痩せこけて陰鬱な気持ちにさせるので、すぐに目をそらす。
「まさかリザードマンの排泄臓器の外傷整復が来るとか……。
消化管の血管吻合したのが判断ミスだったな……。
大胆に損傷部位を摘出して腸管吻合したほうが良かったな……くっそー……」
先程のチュートリアルミッションの失敗を反省する。
記憶を頼りに先程のミッションの手順を考えていく……
「最適な行動を取らないと大抵時間が足らないんだよな」
ベッドに座り、ゲームの端末を片付ける。
とてもじゃないが、今日もう一度挑戦する気にはならない……
僕は、このゲームにドハマリしている。
かれこれ30年、このチュートリアルをやり続けている。
フルダイブVRゲーム、アナザーワールドの無数にあるゲームのうちの一つ。
異世界のお医者さん、通称いせいしゃ。
アナザーワールドは全世界で遊ばれているプラットフォームで、超大作から一個人が作ったゲームまで、無限とも言えるゲームを楽しむことができる。
ゲームは玉石混交の極み。
どうしようもないクソゲーから、人生を変えてしまうほどの超大作良ゲーまで、本当に幅広い。
この『いせいしゃ』は、はっきり言ってクソゲーだ。
グラフィックとか操作性とかそういった話ではない。
未だに誰も終えられていない膨大な、そして鬼難易度のチュートリアル。
これがゲーム本編だろとプレイした人間なら思う。
このチュートリアルの先の本当のゲーム内容を知りたい、そう思ってプレイした人間も、あまりに不条理な内容に次々とプレイを止めていった。
今やプレイする人も殆どいない。
開発者がわかっていないのもこのゲームの謎の一つだ。
実際の医療知識に非常に作り込まれたファンタジー要素、クソゲーと言ったけど、この作り込み具合は正直作った人を尊敬してしまう。
自慢じゃないが、僕はこのゲームのチュートリアルクリア数のワールドレコードホルダーだ。
今日もまたその記録を伸ばすことに成功した。
もうあまり見ている人間もいない攻略サイトに、今日発見した新しいミッションの情報を書き込む。
8歳の時にこのゲームと出会い、医療知識とゲームに現れる多種族に対応するためには獣医師になることが近道だと、我ながら馬鹿な話だが、ゲームのために獣医師になった。
子供の頃から独学で学んできた医療知識と、大学で学んだ知識、そして獣医師の世界で神様と呼ばれている師匠の病院に就職し、地獄、うん、地獄の日々を送った。
24時間365日仕事が有ればどんな時でもお構いなし、師匠の質問に答えられなければレポート提出、技術と知識を人間の限界まで叩き込まれていくような戦場だ。
師匠からは本当に多くのことを学ばせてもらっている。
とにかくスパルタだ。
犬、猫にとどまらず、馬、牛、鶏、ネズミに、フェレットうさぎに鳥、爬虫類に魚まで、生きているものなら全て診る。
診療科目も問わない、そして圧倒的な外科技術と深淵かと思わせる内科知識。
獣医師だったら、誰しもが尊敬してやまない師匠だが、欠点は、自分への厳しさを他者にも求めること……
夢と希望を持ってうちの職場に来た人間は、一週間と保たずに辞めていくか倒れて戦線離脱する。
「もう、4年か……」
24時間、365日、一度も休むこと無く働いた師匠は、4年前に亡くなった。
過労死だ。
手術を終えて、ソファーに座って、僕に、「お疲れ」といつもどおり声をかけてきて、一つ咳き込んだ。
次の瞬間、ばたりと倒れて、そのまま逝ってしまった……
あの時の光景は今でも目に焼き付いている。
普段から糸が切れたようにスキマ時間が有れば寝る人だから、誰もその行動に疑問を持たなかった……
来院を告げるチャイムに反応しないからおかしいと気がついたときには……もう遅かった……
結局師匠のもとで10年勤めてた、うちの業界から変態どMという有り難い通り名を持つ僕が、病院の後始末や葬儀なんかまで全て取り仕切った。
師匠は最後まで家族も作らず、ただただ動物を治し続ける人生を、最後の一瞬まで貫き通した。
結局病院を引き継いだけど、あの最後を見てしまったショックを受けたスタッフを繋ぎ止められず、僕自身も心を病んで、閉めることになってしまった……
「こんなのが弟子で……、本当に申し訳ない……」
今は別の病気の治療もしながらパートで友人の病院で働かせてもらっている。
あのスパルタのお陰で便利屋的に何でもできるようになった。
できる範囲でいいから、その力で動物を救えばいい、と声をかけてくれたあいつには感謝しか無い。
師匠の知識を僕が無駄にしないためにも、膨大な書籍にまとめたりもした。
その御蔭で少しまとまったお金も手に入れることができた。
師匠は、全てを僕に与えてくれた。
「なんとしても、僕がチュートリアルを終わらせてやるんだ……」
長時間病院にいると心の方の病気で発作を起こしてしまうし、もう一つの病気のせいでもう長くは働けない。
でも、そのおかげで『いせいしゃ』にかける時間は多くなった。
短時間で膨大な症例を治療しまくるこの作業は、かなり勉強になったりする。
現実には存在しない生物だとしても、ね。
この4年で一気にチュートリアル攻略が進んでいる。
なぜかゲームの中だと発作も起きずに目の前の症例の治療に没頭できる。
その時間が、心地よかった。
師匠からもらったものを返せない事実に、死んでしまいたくなる気持ちを、忘れさせてくれる。
「よし、もう一回行くか、今日は調子がいいぞ」
ブログの記事をアップして、もう一度ベッドに横たわる。
【チュートリアルミッション 1 魔法を使ってみよう】
また1から、はじめて行こう。
毎週金曜日の午後18時に投稿していきます。
よろしくお願いいたします。
もし、次が来るまでお暇でしたら、他の作品もお楽しみいただけると幸いです。