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フランスへと

「フランスへと」


  お洒落は足元からって良く言うけど、本当にその通りだと思う。靴が不細工な人は大抵服装も不細工だし、反対に綺麗に整えられた靴を履いている人は大抵服装も綺麗で整えられてる。

 中でも特に革靴はそれが顕著なんだと思う。鏡面みたいに磨き上げられたつま先や、綺麗に両端を合わせたシューレスなんかは見るだけで惚れ惚れする。反対にカサカサに乾いてしまっているものだったり、履き皺が切れ目でも入れたみたいに深くついているものは、見ているだけでため息が出そうになる。

 とにかく靴には人間性が現れるんだ。別に必ず綺麗にしなければならない訳では無いんだけど、やっぱり綺麗にしていた方が清潔感がある。逆に靴が不細工な人間にはだらしない印象を覚えてしまう。だらしない人間が服装に気を使えるかと言えばそんな事は無いだろうから、彼らの服装はやはり不細工なんだと思う。恐らくだけど。

であれば"彼女"はさぞ整った人間なんだろう。僕が彼女を見られるのは、毎朝 8 時過ぎくらいに電車に乗ってくる彼女のローファーを履いた足元を、サラリーマンの足の隙間から見る時だけだ。惚れ惚れするくらい整っている彼女のローファーは恐らくそう高いものじゃない。僕が今履いているローファーと一緒のものだと思う。あれは僕の学校指定のローファーだ。1 万円くらいだった気がするけど、彼女のローファーはスコットグレーのインブラムみたいに上品だ。僕も靴の手入れには気を使ってる方だけど、学校指定のローファーをこんなに綺麗に履くことは出来そうにない。

 僕の駅から学校までは 5 駅で、彼女は 2 駅目で乗ってくる。彼女は決まって同じ席に座るから、僕も毎朝彼女の向かいの席に座るようにしている。毎朝「どうだ!僕の靴も綺麗だろ!」って気持ちで向かいに座ってるけど、多分彼女は僕のそんな気持ちには気づいてない。

なんて考えてるとそろそろ学校の最寄り駅に着くみたいで、彼女とはまた明日の朝まで会えなくなってしまう。毎日彼女の靴以外の部分を見ようと努力しては見るんだけど、人混みに流されて、毎回彼女を見失ってしまう。なにしろ靴しか特徴を知らないんだから、人混みから彼女を見つけるのは至難の業だ。

学校でもたまに探しては見るんだけど、未だ成果はない。ここがアメリカだったなら廊下ですれ違えばすぐわかるのに。

 道中苦し紛れに上履きが綺麗な生徒を探しながら、教室に到着する。

  ボーッとしながら授業を受けて、部活に行って「バスケットシューズは酷使されてる方が好きだなぁ」そんなことを考えながらレイアップシュートを外し、部活が終わって家に帰って、今日は寝た。


 明る日、寝ぼけ眼を擦りながら電車に乗り込み、いつもの指定席に座る。次の駅で電車のドアが開き、いつも通り彼女が向かいの席に座る。いつも通り今日も整った足元だ。そう思って今日も学校につくまでしばらく彼女の靴を鑑賞しようと目を凝らすと、僕は異変に気がついた。彼女のローファーに傷がついているのだ。つま先の部分にひとつ、引っ掻いたみたいなキズが。別にそのくらいのキズがつくことはよくあるし、事実僕も経験がある。しかし彼女に限ってそんなことがあるんだろうか。いつだって整った靴を履いている彼女だ。花瓶に華を生けるように、ローファーからすらっと伸びた脚にかけたラインはもはや芸術だ。しかし、そんな彼女の芸術に今日はキズがついている。なんだか僕は気分が悪くなって、今日はもう彼女を見るのをやめてしまった。まぁ明日明後日は週末だし、週明けには彼女のローファーも綺麗に整っているだろう。

 週明け、この日はあいにくの雨で、少し革靴を履くのがためらわれたが、僕だけが履いていかない訳には行かないので、水たまりに注意しながら駅に向かった。電車の中は普段より少しだけ混んでいて、彼女の靴が見えるかと心配になった。

 次の駅に着き、ドアが開く。いつも通り僕の向かいの席に座ったのは、不細工なローファーだった。履き皺はヤスリでも使ったみたいに深くて、シューレスは泥水に汚れ、つま先は歴戦のワークブーツみたいに傷だらけだった。一瞬僕は向かいに座ったのは彼女じゃなくて、別の誰かなんじゃないかと考えた。けどそれは考えにくかった。足のサイズ感やスラリと伸びた脚、キチンと揃えられた両足。どこをとっても彼女のものだ。ただ 1 つ、ローファーだけが際立って異質だった。

 なんだかとても気分が悪くなってしまった僕は、何かに腹を立てながら電車を後にした。

 放課後、部活を終えた僕は忘れ物を思い出し、教室に寄ってから帰ることにした。そう言えば、と思い腕時計に目を向けると時計の針は 20:00 を指しており、校舎が閉まっていてもおかしく無い時間になってしまっていた。急いで 1 人校舎へと向かう。もしかしたらまだ校舎が開いているかもしれない。そんな期待を胸に校舎の正面玄関へ手をかける。意外にも鍵は開いており、なんだか拍子抜けだった。

「なんだ、開いてるじゃん」

「でもモタモタしてたら用務員さんに校舎に閉じ込められちゃうかも」

そう思い靴を脱ぎ散らかし、上履きも履かずに階段を登る。

 教室へ向かう途中、誰かの気配がした。用務員のおじさんかと思って辺りを見渡してみたけど、それらしき人影は見当たらなかったので諦めて教室へ向かった。幸い忘れ物は自分の机に収められており、すぐに教室を後にできた。

異変に気づいたのはそんな時だ。

「コツン、コツン」

 足音がするんだ。用務員のものじゃない。明らかに革靴の、しかもただ歩いている訳じゃなくて、革靴の足音を理解した上品な足音で、僕は彼女の存在を連想せずにはいられなかった。

「ついに彼女が見れる!」

 なんでかそう思って足音を追いかけると、どうやら足音は上に向かっているらしい。僕も早足で追いかけるが、どうも足音はさらに早足で歩いているらしく、なかなか追いつけない。

 そうして、遂に最上階の 5 階まで来てしまった。だが、足音は止まる気配が無くさらに上へと向かっているようだ。しかし、屋上は普段施錠されているはずで、そちらに向かったとしても何も無いはずなのだ。

 頭に疑問符を浮かべながら、ふと冷静になってしまった僕は、自分が少し怖気付いているのに気づいた。冷静に自分の状況を俯瞰してみると、真っ暗な夜の学校で見知らぬ足音と追いかけっこをしているのだ。まるでホラー映画みたいじゃないか。それでも彼女に会いたい、その想いだけで僕は屋上へと向かった。

 予想通り、屋上への扉は少し開いていて、隙間から風が吹いていた。僕がそれを視認した時、扉の向こう、少し遠くで「カツンッ」と足音とは少し違った音が聞こえた。 

 その時僕の気持ちは最高潮に達していて、興奮で強ばる手でドアノブに手をかけたあと、ゆっくりとドアノブを引いた。

「キャーッ!」

「なんだこれ!」

 か細い女性の声と、用務員のおじさんの驚いた声が聞こえる。


 あぁ、最後まで君は僕に靴しか見せてくれないんだね。君はフランスへは行けなかったみたいだけど。


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