97 真実を背負う者
「イオリ、もう全部話してよ。私は消えるんでしょう?だから何を言われたっていい。覚悟してる。何でも言って欲しい。」
イオリは一瞬目を逸らした。言いにくいことなのなら、やはりサラとまた一緒に居たいとか?いいよ、彼女の方が長く一緒に居てあげられるんだから。
「……ここだけの話だ。」
「うん。」
「俺は最初から、FOCに魂を奪われてはいない。」
「え?」
「……ノアズが俺を犯罪者と見立てたのは事実だ。その結果ノアズに居場所がなくなり、FOCを頼ったのも事実だ。そのおかげで大きな収入を得られたもの事実。だが、どこか、どこかで、俺はノアズのことをやはり、想ってしまう。小さい頃から憧れて、いつかフーリガンなんて倒してやるんだなんて意気込んで、そのまま真っ直ぐ大人になった。」
彼は、ノアズの為に生きてるってこと?
私が言葉が出ないでいると、彼は私の手を優しく握って微笑んだ。
「もういいだろう、あとはお前には関係ない。今を楽しく過ごそう。」
「いや関係ある。じゃあ、じゃあさ!……どういうこと?ノアズに戻るの?」
「俺は罪を犯している、戻れはしないさ。俺はいつかオリオンに裏切り者だとバレてしまうだろうな。その時まで、内部からFOC、それからバリーのことが分かった時はボードンも、やり方によってはノアズにとって驚異的な二つの組織を内部から破壊出来ると考えた。それによってノアズに戻ろうなどとは思わない。俺の勝手な行動だと思ってくれていい。兎に角、だから絶好の機会を伺い、それに作戦を水面下で考えていたから、最近は呆けてしまった。それと……。」
「え?え?まだ何か考え事してたの?」
「あ、ああ。アリシアが正直に言えって言うから言うが……シードロヴァが心配だった。」
「どうして?」
「どうしてって。レモン飴、俺たちが勝手に使ってるだろう?そのことを以前電話で彼が俺のことを責めた。誰が使っているか気にした。彼はあれをまだ公表したく無かった。でも俺たちがたくさん使っている。それが彼を苦しめているのではと……なんだ?ドゥっ」
私は両手でイオリの頬をサンドイッチのように挟んだ。彼の口がタコみたいに突き出た。
「イオリはさ、シードロヴァが心配とか、私と一緒にいる時間を大切にしたいとか、相手のことを考えすぎだよ!だったらこの前シードロヴァにどうしてオリオン様に忠誠誓ってるなんて言ったの!?」
「……だって、あの時ノアズに戻りたいと言えば、お前に知られるだろ。」
「は!?」
イオリは私の両手を掴んでどかしてから、体を起こしてベッドに座った。
「そうすればアリシアのことだから必死こいて俺をノアズに戻させようとするはずだ。それこそシードロヴァに直談判でもしてな。しかしそれは俺が求める帰還とは違う。帰るなら帰るで、もう二度とノアズには仲間だと思われなくていいから、この組織と、特にボードン財閥に傷痕を残したかった。すまないアリシア、何も言えずに。」
「確かに、もし最初に知ってたら私はそうしてたかもしれないから……私もごめん。でもイオリは背負すぎだよ。人のことばっか読んで、イオリは幸せなの?」
彼があまりにも大変な時間を歩んでいたのを知って、私はついボロボロ泣いた。彼が私を抱きしめて、ベッドに倒れた。彼の胸に頬を寄せた。
「何度も言うように、お前がそばにいるだけで俺は幸せだ。……あ、……あ、」
「え?」
「……。」
「ん?」
「アイスクリーム、買ってあるから、後で食べるか?」
「……うん。」
こんなに抱きしめてくれる。こんなに全てを話してくれる。一緒に居たいと言うのに、愛してるって言ってくれない。
でもいい、イオリが幸せならいい。私は彼のことを抱きしめた。
よく考えたら、彼はノアズのこと、シードロヴァのこと、色んなことを同時に考えている。それに私との別離が加われば、彼がそのうち壊れてしまうかもと、怖くなった。
だったら、最後まで、私は彼を明るくしてあげたい。いい思い出だったって思わせるような時間を与えたい。
そうだ、
私は彼から離れて、ベッドをハイハイで移動して、ベッド脇のランプの乗っかった小さなサイドテーブルの引き出しを開けた。あれがこの中に入ってるはずだ。生きてる時に、劇場の裏で入手したアレが……!
私はそれを顔につけて、イオリの方を見た。すると彼は最初は驚いた顔をしたけど、私が顔を左右に揺らすと「はっはっは!」と笑ってくれた。
「どう?似合う?」
「似合う、なんてな。俺を笑わそうって言うのか?」
「そう。ほら笑えるでしょ?」
「ああ、久しぶりに見たよ、鼻眼鏡。」
イオリは目に涙を溜めたまま、私を見つめて笑顔になった。彼の笑顔が好きだ。最後まで見ていたい。
だから『イオリ、大丈夫だから笑ってプロジェクト』略してIDWPを始動しようと思う。これから私はノアフォンで芸人さんをお手本に生きる。
「イオリ、そのうちとても面白いトークをするから待っててね。」
「その発言でハードル上がった気もするが……、ふふ、期待している。アリシアは優しい人だ。俺にとても優しい。……あ、……あ、」
きた! 私はさあ!と言わんばかりに手招きをした。
「……アイスクリームを食べよう。今から。」
「ああそうですか……まあ食べたいからいいけど。」
イオリは体を起こして、私の腕を掴んで、ソファルームへと連れて行ってくれた。ミニキッチンの四角い冷凍庫からちょっと高級なバニラアイスを取り出して、彼が床に座った。
私も彼の隣に座った。彼は蓋を開けて、引き出しから取り出したスプーンで掬って、私に食べさせてくれた。
甘くていい匂いがした。彼も自分で一口食べて、「おいしい」と言った。
「もう一口いるか?」
「うん。」
彼は白いアイスを掬った。でもどう言う訳か私にはくれずに、自分で食べてしまった。戸惑っていると、彼は床にアイスとスプーンを置いて、私の顎を指で押さえた。
キスをしてくれた。彼が唇を動かすと、少し溶けたバニラの冷たくて柔らかい感触が入ってきて、口の中でとろけた。
彼はキスをやめて、私に聞いた。
「お代わりが欲しいか?」
「うん。」
するともう一口、今度は大きめに彼が頬張って、キスをした。バニラを二人の舌でとろけさせた。冷たいものが溶けて、奥から温かい彼の舌の感触が出てくると、それを舐めたくなった。
私は彼の肩にしがみついて、まだバニラの味がする彼の舌を舐めた。「ふっ、ん」と彼が甘く呻いた。
バニラはもうどうでも良くなった。彼も同じなのか、次第にキスはエスカレートして、私は床に倒された。
初めてした日を思い出した。あの時も、背中が硬くて、冷たかった。




