91 本物の逢瀬
暫く地下道を通った。網目状の鉄の足場だったり、フェンスの奥に大きな機械があったり、以前イオリを背負いながら通った地下通路とはまた違った雰囲気だった。
時々この場所で働いているらしい、防護服の人を見かけた。レイヴは見つからないように彼らを避けて通った。まだ彼が何をしに行くのか、どこに行くのか、知らされていない。
そしてノアフォンの電源も入れられない。だから今が何時なのか体感覚で予想するしかないけど、多分あと五分ぐらいで犯ティーが始まると思う。ああ、最初から見たかった。
レイヴはとある梯子の前で立ち止まった。遥か上を見ると、マンホールがあった。ここから地上に出ようとしているのだろうか。もう現在地がどこか分からないけど。
彼はノアフォンで誰かとメッセージを交わしている。私は辺りを見回して警戒していた。すると彼が言った。
「ここで間違いない。警備は解除してあるらしいから、あとは人目を忍んで彼女に会いに行く手筈だ。」
「彼女って誰?それと今からどこに潜入するの?」
「ボードン邸。」
「は?」
「……いいから行くぞ。」
いやいやいやいやいやいや。
何してんの?
でもレイヴは梯子を上がっていく。私もつられて上昇していく。え?ボードン邸?じゃあ……。
「ラズベリーに会いにいくの?」
「静かに!……そうだよ。だって知ってるだろ?彼女結婚したのに全然幸せそうじゃない。だからさ、この前のGGで嵌めてきたってのもあって、やーいやーい変なのと結婚してウケるんですけどーって俺が彼女にメッセージ送ったの。そしたらじゃああなたが癒してだって。そりゃ癒しに行くに決まってるじゃん。」
「え?だって私もいるし、だって……これはバレたらまずいよ……!」
流石に、流石にまずい。シードロヴァが気づいてないはずもないし、あの人は嫉妬はしなさそうだけど、自分のメンツを潰されたと思ってレイヴをホルマリン漬けにするかもしれない。
私はレイヴの襟を引っ張った。レイヴは「グエ」と言ってから、振り返った。
「何だよ?」
「まずいよ、絶対にシードロヴァにバレてる。この間の盗撮だってバレてたんだから、ラズベリーのノアフォンだって監視されてると思うし、この通信だって。」
「えっ盗撮バレてたの?でもまー大丈夫だよ、ラズベリーは結構放って置かれてるみたいだし、監視はしないってシードロヴァが言ってたらしい。そんなのに時間を費やす人間ではないってさ。いいんだよ、俺は会いにいく。リアちゃんも来てよ、ボードン邸見たいだろ?」
「見たかったら安全にネットから見るからいいって。だってボードン邸もノアズの本拠地以上に護衛がうじゃうじゃ。」
「じゃあ俺が見つかりそうになったらリアちゃんが奴らの注意を引きつけてよ。今宵、俺はラズベリーと繋がるんだ。絶対にね。」
「ああそう……。」
正直賛成しないけど、レイヴが迷わずに梯子を登っていくから仕方ない。多分イオリにバレたら殺されるだろうな……。
レイヴはマンホールの蓋をずらして、そこから地上に出た。確かにボードン邸の中庭だった。茂みの中で、護衛が銃を構えてうろついていたり、バルコニーにも護衛がいる。
ああ、とてもでかいお屋敷だった。神殿のような家で、中庭もまるで公園かと思わせるぐらいに広い。これまた大きな噴水のてっぺんには、ポージングをしている白い全裸マッチョ石像があって、下からライトアップされている。……メンズパーツも。
「この屋敷の、どの部屋に行くの?無理だと思う。見た限り、護衛の配置に死角がないよ。」
「ラズベリーが裏口を開けといてくれてるから、そこから入る。護衛もその辺りは手薄にしてくれてる。だからここからしゃがみながら壁伝いに行けば、おっけ。」
「おっけじゃないよ……。」
すごい不安である。レイヴは身を屈めたまま、そろそろと歩き出した。私は姿を消したまま、彼について行った。茂みの中を縫って進み、護衛が近くにいる時は私が小石を投げて、原始的な方法で視線を逸らして進んだ。
植物園があって、その奥が裏口だった。レイヴは植物園の中に入って、大きな観葉植物を持って、護衛が来たらその影に隠れるという古典的なスタイルで先に進んだ。
一晩誰かと過ごしたいだけなのに、ここまでやってしまう彼のバイタリティがすごい。そして裏口のドアから我々はボードン邸の中に入った。
淡いベージュ色のくるくるした模様の壁紙が綺麗だった。美術館みたいだった。毎日こんな場所で暮らしてたら、あんなに足を広げて誘惑出来るくらいに自分に自信持てるだろうなと思った。
レイヴは近くの階段を上がり始めた。確かにこの辺は護衛が手薄だった。建物は三階建てで、いちばん最上階に着くと、彼は目の前にある部屋のドアを開けた。
その部屋に入った時、古い紙の甘ったるい匂いがした。壁の貝殻のランプだけが部屋を微かに照らしていて、絵画や美術品がたくさん置いてあった。美術品のコレクションルームかな。
レイヴが辺りを見回しながら歩いていくと、近くの彫刻の影から、スッと影が出現した。パジャマ姿のラズベリーだった。淡いピンク色のパジャマだった。
「ラズベリー、俺、ここまで来るのすっごいがんばったんだけど。」
「来てくれてありがとう、レイヴ。理事になってから、中々トロピカルバイスに行けなくなったから。」
なんか、話し方がいつものお嬢様っぽくない。あと私がいるのを紹介して欲しい。でもレイヴはほっそいラズベリーをギュッと抱きしめた。
「終わったらすぐに帰るから。だって、旦那さんにバレたら大変だもんな。」
「バレても何も言わないと思う。あの人、魔工学ばかりだから。私の体より機械の方がいいんですって。私ってそんなに魅力ないのかな?」
「そんなことないよ!」レイヴがつい大声を出してしまって、慌てて小声で言った。「魅力たくさんある。俺は今でも覚えてるから。あとさ、GGの件、まじでお前をぶちのめしたくなったんだけど。」
「ふふ」ラズベリーが笑った。純粋な女性の笑顔だった。「私にぶちのめすって言えるのはレイヴだけね。でも私のおかげでスリルが生まれたでしょ?そういうの好きなの。この部屋にあるアートとか彫刻とか、全部好き。生きている鼓動、死んでいく過程、それらが作品になる。その中でも身の危険を感じる行為が、いちばん美しいんだから。それってアートでしょ?」
「お前よくわかんない。俺は死にたくはないね。だからこの前のやつ……」と、ここでラズベリーがレイヴにキスをした。「すごい……その、怒ってるんだけど。俺を嵌めたから。俺死にかけたし、俺別にアートじゃないんだけど。」
「ごめんねレイヴ。だってあなたが先に私を裏切ったから。」
「それは言えてる、それはごめん。」
レイヴとラズベリーは何度もキスをし始めた。そろそろ私もいることを伝えて欲しいんですけど……。
でもなんか二人が盛り上がって、絵画の棚の奥の方へ行ってしまった。もうこうなると言い出せない。仕方ないので、私はそろりそろりと部屋の窓からすり抜けて、バルコニーに出た。
横を見て焦った。一つ部屋を挟んだ向こうのバルコニーに、一人銃を持った護衛がじっと中庭を見下ろしていたからだ。私は部屋に戻って、窓際に置いてある鎧の彫刻の影に座った。
でもなんか、二人の熱い吐息とか聞こえるので、やっぱりバルコニーに出た。今日は星がよく輝いているな、なんかとびっきりまずいことをしてる気もするけど。




