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87 黒い流砂

 結局重要なものは何も撮れなかった。一応動画をオリオン様に提出したけど、彼はあまりいい顔をしなかった。それもそうだ、誘ってるラズベリーと、無関心なシードロヴァというつまらない動画。


 でもイオリは、ラズベリーの父を刺激出来る可能性を伝えた。娘が新婚なのに相手にされてないって分かったら、というイオリの提案を、オリオン様は一応受け入れて、動画は公開された。


 あの日から、イオリは元気がない。どこかを見つめて考え事をすることが多くなった。ノアズに、戻れたら戻りたいのだろうか。


 私は、彼に聞いてみることにした。


「ねえイオリ、ノアズに戻れたら戻りたかった?」


「貴様……どの状況で聞いてるんだ?」


 確かにそうだ。今私はトレーラーのベッドルームにいて、鎖で天井から四肢を固定されてぶら下がっており、イオリはブラックレザーのマスクをつけ、ボンテージ姿で、私にペチペチ鞭を当てていた。


「でも気になったから、最近、イオリの意識がどこか言ってる。あの盗聴した夜から。ハンティーの第九話だって、イオリが睨んでた使用人がやられたのに、ショック受けなかった。」


「……俺は今のままで十分だ。」と、彼がマスクを取りながら近づいてきて、私に優しいキスを与えた。赤い照明で、イオリの目が漆黒に見える。どくどくと、自分の胸から鼓動が聞こえた。


「今から、アリシアに褒美を「でももう時間がない。今日はバリー派の幹部をやる日。それも三人。もうそろそろ、私は準備しないと。」


「俺はどうすればいい?」


「鎖をとってほしい。この続きは帰ってからやる。」


「分かった。」


 イオリはもう一度だけ強いキスをしてから、鎖を一つ一つとってくれた。でも心なしか、彼は何かに意識を奪われてる様に見えた。


 ベッドに降りた私は、壁からヘビースナイパーを取り、それを持ったままソファの部屋に移動して、それをソファに置いた。


 ソファの下の引き出しから、黒いブラウスと短いスカート、それから黒いレザーのタイツを取り出して、着替え始めた。イオリもすぐに来て、キャビネットからシャツとスラックスを取り出して、着替え始めた。


「スナイピング出来るのか?あれを使って。」


 彼の質問に、私は頷いた。ヘビースナイパーは私が改良を加えてあり、魔弾ではなく、レモン飴が発射できる様になっている。


 それをターゲットの口を目掛けて発射するだけだ。ヘッドショットよりも難しいけれど、だからこそ燃えるものがある。プロのスナイパーとして。


 だから今からは集中モードで行く。今夜のミッションは私がメインだ。私は白のウィッグを取ってソファに置いて、上から黒いレザーの目出し帽を被った。


「行こう。それと、出来ればさっきのマスクを持って行って。」


「あれを持っていくのか……?まあいいが……。」


 このミッションの目的は、バリー派を排除することでもあり、シードロヴァを動揺させることでもある。レモン飴が使われれば、シードロヴァが動揺するかもと私が考えた。


 オリオン様に提出したビデオにはレモン飴の部分は勿論抜けているから、表向きはバリー派の排除のみだ。それをイオリも知ってる。でも彼は、今一つやる気がない。


 私はトレーラーのドアを開ける前に振り返った。


「やっぱりやりたくない?シードロヴァが悲しむの?」


「彼は、悲しむことはないだろう。ただ起きた出来事に対する成果を受け入れるだけだ。きっと、多分。」


 私はスナイパーの入ったゴルフバッグを持って、トレーラーから出た。商業施設の裏路地だ。電灯が一つ、不安げにゴミ箱の置いてある路地を照らしている。


 私は一番近くの建物の非常階段を登り始めた。イオリもちゃんと後ろについてきている。ちゃんと、マグナムを片手に持ちながら。


 なるべく足音を立てずに屋上まで来ると、小走りで指定のポイントに向かった。バッグから大きなスナイパーを出して屋上のへりに置いて、スコープを覗いた。


 古い、ビリジアンの色のアパートの三階だ。風の涼しい夜だから窓が空いていた。棚の上に枯れたアロエの植木鉢があるだけで、ターゲットは、窓際には居ない。


「なあ」隣のイオリが小声で話しかけてきた。「相手が出てくるまで待つのか?」


「イオリならそうする?」


「……どうだろうな。」


「私なら、こうする。」


 私はイオリにもう片方の手のヒラを差し出した。彼はマグナムを手渡してくれた。言わなくても分かってくれた。さすがイオリだと思いながら、私は利き手じゃない左手で、窓際のアロエの植木鉢を撃った。


 パキャンと茶色い鉢が割れて、その間からアロエの枯れきった根っこと、乾いた土がぱさっと溢れた。


 すると丸坊主で半裸のターゲットが窓際に来た。いつもならここで頭をシュートすればいいけど、今回は口を開けてもらわなくてはならない。


 でも思惑通りだった。彼は「なんで割れたんだ?」と独り言を放った。その時に、トリガーを引いた。


「ふっ……!?」


 彼の口に勢いよく入り込んだ飴は、すぐに喉の奥へと転がった様だった。彼がどうなるか確認はしないで、私は素早く後片付けをして、その場から立ち去った。


 非常階段を降りていると、女性の悲鳴が聞こえた。急いでトレーラーに戻って、イオリが助手席のドアを閉めたのを確認してから、人通りの少ない方に裏路地に方向を定めてアクセルを踏んだ。


 あ、イオリにマグナムを返すのを忘れてた。私は持っていたマグナムを、助手席のイオリに渡した。彼は無言で受け取ってから、言った。


「随分と手際がいいな……何だか恐ろしい。」


「だってあと二人やらないといけない。今回は一晩で全てをやり終えないと警戒されて後で面倒になる恐れがある。急ご。」


「あ、ああ、まあ、そうだな、ああ。」


 そんなに怯えちゃって、イオリったら。私は微笑みながら次のターゲットの場所へと向かった。


 一人は屋上で仲間と飲んでいたから簡単だった。もう一人は締め切った室内にいたけれど、ならばと思い、イオリと共にその人の部屋の玄関まで行って、私だけすり抜けて室内に入って、ベッドで寝息を立てているターゲットの口にそっとレモン飴を入れた。


 そうしてミッションをクリアすることが出来た。帰ったらご褒美にさっきのプレイの続きをしてくれるのかと思っていたが、イオリが「もうそんな気分じゃない……」と疲れてしまったので、ちょっと残念だった。

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