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8 夜に響く重低音

「違うよ、イオリ。どう言うわけか、引きずられるようにここまで来ちゃった。……屋敷から出られなかったのは、本当だった。」


「……。」黙ったイオリは前髪をかき上げて、ため息をついた。私は続けた。


「ごめんねイオリ。なんか、どんどんイオリとの距離が縮んじゃった。願ってもいないのに。」


「ああそうか。じゃあ貴様は、自分の意思とは無関係に、俺に引き付けられるようにして、ここまできたと言うのだな?」


「そう。だから怒らないで。」


「……。」


 すごい不満そうに腕を組んで立っているイオリの、胸の部分が寄せられて胸筋がモリモリに見えていて、私はそれをじっと見つめてしまった。


 ゴクリと喉を鳴らしてから、もっと若くてイオリみたいな健康的な体の人と結婚すればよかったと思った。


「何をジロジロと見ている?」


「えっ!?いや……その……。」


「お前、反省していないだろう?」


「いや、そんな事は」


 と、言った瞬間に鼻から血が垂れた。結構スッと垂れてしまったので、手で受け止めきれずに、血が数滴、下まで落ちていってしまった。


 その時だった。丁度玄関から出てきたサラの頭に一滴ピチョっと垂れてしまったのだ。私は「あっ」と小声でリアクションした。


 サラは見上げて、私と目が合うと「いやああああ!」と叫びながら走っていってしまった。ビビッドイエローのキャミソールとデニムショートパンツ、ピンクのピンヒール……背中には大きな蝶のタトゥー。


 娼婦なのだろうか。でも二人は愛し合ってるっぽかったし、同じ職場っぽかった。そう考えていると、べしっと頭に一発喰らった。


「いたい。」


「やっとひと叩き出来た。油断してただろ。」


 私は再びイオリの方を向いたが、彼はシャツのボタンを閉じて、身なりを整えていた。どうするのか?じっと見ていると、イオリがチラッとこちらを見た。


「いいか、今からサラを追いかける。どう言う事で俺との距離が縮んだのか明日考えるとして、離れられないのなら離れられないで、静かに姿を消していろ。分かったな?」


「でも、二人が愛し合ってるのを見るのはちょっと。」


「ならば!目と耳を塞いでおけ!」


 バンと音を立てて、イオリが寝室から出て行った。するとゆっくりと私の体が下に降り始めた。イオリが階段を降りているのだろう。何か連動してて面白い。


 ちょっとは罪悪感があった。私のせいでサラがイオリを嫌いになるのは可哀想だ。私はしっかりと姿を消そうと思った。目の前で二人が愛し合っていても、別に、じっと石の如く、静寂を貫く事はできる……。


 考え事をしていると、玄関からイオリが出てきた。小走りで中庭を通り抜けて行くので、私も一応地面に降り立って、走ってイオリを追いかけた。


 通りに出ると、まだ人がポツポツと歩いていた。街灯の下で、揺れるアッシュの髪の、やんちゃそうな女性がノアフォンで話をしながら、大きなお尻をゆらゆらセクシーに歩いている。イオリはそれを発見して、走って彼女に近付いて行った。


 それにしても彼女、胸は大きいしお尻はいい形をしている。対して私はいわゆる洗濯板で、お尻もけっそりしている。


 この体型、職務で着る黒い全身スーツが着やすいからラッキーと思っていたが、イオリがグラマー系が好きとなるとちょっと我が身を憎んだ。いやいや、もうゴーストなのに何を考えているんだ。


 イオリに腕を掴まれたサラは驚いた顔で振り向き、相手がイオリだと分かると、すぐに鋭い目つきに変わった。


「イオリ、何の用?変な格好で外歩かないでよ。」


「……。」


 辛辣な言葉にイオリが絶句している。それにシャツにスラックスなので別に変じゃない。まあ確かに、急いでたのかインしてるシャツが荒れているけど。


 そしてイオリが言った。


「サラ、待ってくれ。あの幽霊は確かに知ってはいる。しかしさっきも話したが、俺が殺したとか、俺に恨みがあるとか、そう言うことではないんだ。」


「あーうん。」


「今日は二人の記念日じゃないか……その、俺は……!」


「だからなあに?」


「だから……ほら……!」


 もしかしてイオリってちょっと不器用なのかもしれない。さっきから頭をポリポリ書いては、言葉を飲み込んでいる。対してサラはオドオドしっぱなしのイオリを睨み続けている。


「分かるよ?私だって今日は久々のお泊まりだから楽しみにしてた。最近イオリは仕事が立て込んでて忙しかったし、会える時間も少なかったから。」


「寂しい思いさせたな、悪かった。本当に。」


「でもね…………さっきの窓辺のアレを見たでしょ!」


 急に叫び始めたのでビビった私は「おおお」と言ってしまった。その瞬間に驚いた顔のサラと目が合った。そうか、気が緩むとステルスモードが解除されちゃうんだと理解したけど、時すでに遅し。再び姿を消したら更にサラを驚かせてしまった。


「ほらほらほら!」とサラが私のいる方を指差して叫んだ。「さっきの白い女、イオリに取り憑いてるよ!ばかじゃないのイオリ!何が平気なの!?もう私に近寄らないで!」


「あっ!サラ!」


「離してよ!」


 イオリが必死にサラの腕を掴んで阻止している。しかし周りを見れば、ポツポツといる通行人が怪訝な視線をイオリに向けていた。このままではイオリが不審者扱いでノアズに連行されてしまう……彼の職場だけど。


 私はイオリの肩を叩いて、彼を止めようと話しかけた。


「ねえイオリ、一回サラのことを離してあげた方がいい。みんな見てるよ?」


「ほら!あの女の声がする!まだここにいるのよ!」


「落ち着け、サラ!くそ、アリシアあっちに行け!」


「あっちに行けたら行ってるよ。でも離れられないんだもん。」


「いやあああ離れられないって言ってる!もう無理!イオリ悪いけど私、そう言うのほんっとうに無理だから、もう二度と電話してこないで!私についてきたらどうするの!?もう離してよ!」


「ガァァァ!」


 べしっと重たい音がイオリの頬から響き、彼はよろけてしまった。ビンタを与えたサラはイオリの手から逃れると、そのまま通りをコツコツと走って行ってしまった。

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