61 安心する匂い
銃声を聞きつけた組織員が駆けつけてくると、イオリは漸くバリーから離れた。彼の真っ赤に染まる手を見て、組織員達は驚きを隠せない様子だった。
レイヴはショックを受けたのか、無言でずっと立ち尽くしていて、サラも絶句していた。イオリが床で倒れている私を発見するとこちらに来て、私に優しく「ここで待っていろ」と言ってから、アイランド型のキッチンで手を洗った。
FOCの医務スタッフが来て、バリーは一命を取り止めたけど、回復には時間がかかるようだった。カンパニーの人間は病院に行けないから、彼は担架で自室に運ばれていった。
手を洗ったイオリは私のところに戻ってくると、ハンドガンをゴミ箱に投げ捨ててから、私をお姫様抱っこしてくれて、そのままソファに座った。
「あ、兄貴、お疲れ……なんか、うん、凄かった。」
「ああ……どうもな。」
私はイオリの腕の中でぐったりしている。胸の傷はゴーストだから徐々に治っていくけど、ブラウスの穴は塞がってくれなかった。何だかもう思考が出来ない程に、私も疲れた。
「レイヴ、」イオリが真顔で言った。「アリシアは俺がもらう。」
「……まあ、あそこまでされたらそうだな。それにリアちゃんが元気になるには兄貴が必要だと思う。引き渡してもいいけど、俺の気持ちがなくなることじゃないから、それは忘れないで?」
「ああ。アリシアそれでいいか?俺についてきてくれるか?」
「……うん。」
そう答えると、ぐわっと意識がレイヴからイオリに向いた感覚がした。
「じゃあ俺帰るけど、明日とかさ、俺の部屋で飲もうよ。なんか急に母ちゃんと二人じゃ寂しいし、マリモだって渡さないと。だから来て。」
「分かった。」
イオリがそう言うと、レイヴはスタスタとドアの方へ歩いて行った。ドアを掴んだまま、こっちを見た。
「オリオン様とか母ちゃんには俺から説明しとく。バリーがあんな姿になっちゃったのは仕方ないと思うよ。じゃあ、またね。リアちゃん、ゆっくりしてね。元気になったら遊ぼ。」
「あ、りがと……!」
私の声が掠れた。まだ胸の弾痕が閉じてないからだ。レイヴは少し心配な顔をしたまま、部屋から出て行った。あとはそこにサラがいる。彼女はじっとイオリを見ている。
イオリが彼女に聞いた。
「もうここはお前の部屋じゃない。さっさとバリーのそばにいて、看病でもしてやったらどうだ?ふん、俺はただ殴っていたのではない。彼の耳元で言葉を吐きながら、古典的な学習法で、もう二度とアリシアに銃を向けないように、躾けてやった。今後彼は俺を見たら怯えるだろう、そしてアリシアを見ても。サラが一緒にいてやれ。今までどうも、ありがとうな。さあ消えろ。」
「取り敢えずまた連絡する。」
連絡すんのかい。サラはコツコツとヒールの音を響かせて、大理石の部屋から出て行った。
イオリと目が合った。なんか、なんか……。
「なんか、久しぶりに二人きりだね。ふふ。」
彼は少し照れた顔をした。
「確かにそう感じるな、はは。……胸は痛むか?」
「痛みはしない。感じないようにすれば、感じないから。」
「もう二度と俺を庇うな。」
「でも銃弾がイオリに当たってたら、死んでたよ……。」
イオリは私を膝に座らせて、抱きしめてくれた。私も彼のことを抱きしめ返した。
「アリシア・ルイーズ……旧姓はなんだ?」
「え?旧姓?」
「そうだ……だって今は、独身だ。」
「確かにそうだね。私の旧姓はジェナター。」
「ジェナターか、ああ。」とイオリが何かを思い出した。「ジェナター孤児院の出身か?」
「正解です。」
「なるほど……ふふ、では続ける。アリシア・ルイーズ・ジェナター。」
「何でフルネーム?」
「が」
「え?」なんか知ってる。この流れ。笑った。
「す」
「……イオリ。」
「ステーキを食べに行こう。」
「あっはっは!」
完全にあの時の再現で、笑った。イオリのえくぼも久しぶりに見た気がする。イオリと目が合うと、彼は軽くキスしてくれた。
「これから二人でこの部屋で暮らす。お前が消えるまで。」
「いいの?」
「ああ。共に仕事をして、買い物に行って、一緒に星を眺める。ドラマを見て、ベッドで本を読んで、今度はお揃いの指輪を買おう。それから「マリモ。」それだな、はは。」
「ひとつ聞いていい?」
「なんだ?」
「あの金魚鉢の部屋、あれ何?」
イオリの顔が一瞬引きつった。それから頬を赤くして、答えた。
「だ、だからお前が、いつ帰ってくるか、分からないし……一応、用意しておいたんだ。あれはお前の部屋だ。」
「え?じゃああの小さい部屋「しかし今はあちら側の部屋全てがお前のものだ!」
そう叫んだイオリが、サラが元々所有していたエリアを指さした。ここから見える範囲では壁紙はそのままだけど、前見た時よりもさっぱりしていて、家具や物が少なくなっていた。
「サラのものは捨てたの?」
「業者に買い取らせた。だから今日は一人で過ごしていた。それと言っておくが、」
「はい?」
「……ベッドは同じのを使う。お前は夜は寝ないだろうが、極力そこで過ごせ。それからどこかの部屋を、禁断の部屋にする。」
「それって、ふふ!なるほど、したいことをする部屋ね。」
「そ、そうだ。…………お、お前が好きだから。」
「私も好き。……あい」
口を塞がれてしまった。なんで言わせてくれない?イオリは照れた顔で言った。
「それは俺と暮らしてからでいい。一緒にいて楽しかったら、そう言ってくれ。ところで、アリシア。もう呼吸は大丈夫か?」
「うん」と、私は彼の膝から降りて隣に座った。「彼と会っただけであんなに動揺するとは思わなかった。イオリは私がああなるのを分かってた?あっ……だからパーティーに行きたくないって言ったの?その日に。」
イオリは「どうだろうな」と立ち上がって、背伸びをした。
そっか。彼には私がこうなるだろうって分かっていたから、あのパーティーの日に二人で買い物に行こうって言ったんだって、今分かった。
知ってたけど、とても優しい人だ。彼はキッチンの冷蔵庫からペットボトルを取り出して、水を飲んだ。
「足は大丈夫?」
「ああ、また縫合してもらった。すぐに治る。」
私はソファに寝転んだ。もう胸の傷は殆ど塞がってきた。あの時体を張って、イオリを守れてよかった。
私は目を閉じた。久々に、静寂を感じた。
でもすぐに温かいのが乗っかってきた。目を開けるとイオリが私を愛おしそうに見つめていた。
「な、何?」
「……こうして眠りたい。今日はもう、ヘトヘトだ。」
「私もヘトヘト。まだ少し、気持ちが悪い。」
じゃあベッドに行こうと言うことになって、イオリのベッドで一緒に横になった。私に抱きついたまま、彼は目を閉じた。彼のツヤツヤウェーブヘアを何度も撫でた。
でも眠れないのよね、私は。すぐに寝息を立てた彼に安心しつつ、私はノアフォンでネットサーフィンをした。




