35 夜の車中
街の真ん中にある巨大な三角形のホテルの前で、我々を乗せた車が停まった。ここにお泊まりされているのだろうか、と私は豪華絢爛なエントランスを窓越しに眺めていた。
車を運転していた、ハリネズミヘアの男性がラズベリーに話しかけた。
「ラズベリー様、ここでよろしいですか?しかし、その前に一つ確認したいことが……。」
「ああ、あの話ね。なら別の場所に移動して頂戴。と言ってもあまり離れるとあなた方に何されるか分からないわ。だから、そうね、その噴水の間で。」
車はラズベリー様の要望通りの場所に移動した。すると彼女が宝石がチラチラついているトートバッグから何かスティック状のものを取り出して、細い親指と人差し指で摘んで、運転席の男に見せた。
すると運転の男が興奮した様子で、それを指差した。
「それです!それが欲しいのです!我々は。」
「あらそうなの。まあそうよね、これがあれば当分は財源に困らないもの。永久に湧き出る金貨の泉。それがこれに入っている。」
「何それ。」
私の一言に、イヤーピースからオリオン様の声が聞こえた。
『新しく出来る、離れ小島開発の権利書だ。それさえあればそのドリーム溢れるカジノランドが我々の手に入る。その権利書を彼女から貰ってくれ。』
私はラズベリー様に言った。
「それください。」
「あら、どうしようかしら。あはっ!実はこれ、理事に持って帰るように言われているのよ。でもそうね、オリオンカンパニーにあげてもいいわよ。そのほうが面白いから。その為には条件がありますの。こちらもタダであげる訳にはいかないでしょ?」
「ど、どんな条件ですか……?」イオリが恐る恐る聞いた。
「オリオン、聞いてる?」
私はノアフォンのスピーカーをセットして、音量をあげた。
『ああ、聞いていますとも。』
「これは最初に差し上げても良くってよ。でもね、その代わりに仕事して欲しいの。レイヴ、私の元カレは元気かしら?うふふ!」
『ああ、奴は元気ですよ……。』
昨日私に話しかけて来た、半分コーンロウのサラサラ前髪の彼のことだ。レイヴ、この人の元カレなのかよ。私は心の中で苦笑いした。
「ではそうね、これはレイヴにお願いしたいの。数日中にGGプロジェクトを完遂して欲しいって伝えて頂戴。」
『GGプロジェクト……?そう伝えれば彼が分かると?』
「その通りよ!私とレイヴしか知らないこと。これを先に渡してあげるから、それだけは達成させて頂戴。既に現場にはケビンというお仲間が待っているわ。いつでも準備は整ってると彼に伝えて。もしそれがなされなかったら……。」
『それは有り得ない。必ずや、レイヴにその件を遂行させます。今回はご協力ありがとう。』
「こちらこそ、どうもね。ノアズは肩身が狭かったわ。それじゃあホテルに送って頂戴。」
車がホテルに着くと、運転席の男が慌てて降りてラズベリー様のためにドアを開けた。彼女は当たり前のことのように礼も言わずに降りて、ホテルの中へと消えていった。
車はまたアジトに向かって走り始めた。もう通信は切れていて、今回のミッションは達成したのだと分かった。
ラズベリー様はもうこの車にはいないのに、イオリがまだ私の手を繋いでいる。私はそんな彼に言った。
「もう離してくれていいんだけど……。」
「あ!?あ、ああ!すまない。」彼は慌てて離した。
ついでに彼に聞いた。
「ラズベリーを知ってた?ノアズにいたって。」
「知らないな。俺でも知らないとなると、彼女を知っているのはシードロヴァか所長か、その辺りだけだ。」
「そっか。」
かなりのキーパーソンなのかな。それ以上は何も話すことが無くなったので、私は黙った。
「イオリ、」と声を発したのはハリネズミヘアの男性だった。仕事終わりだからか、さっきよりもフランクな声色だ。「捕虜のサラはいい女だな。」
「貴様……なんだと?」
「ああいや!別に変な意味じゃないよ……いい女と付き合えて良かったなって話。そういう話したっていいだろ?俺たちは同じグループの仲間だ。レイヴのグループ。」
「レイヴというのは、どういう人間だ?」
「いいやつだよ。ちょっと狂気じみてる時もあるけど。仲間としては信頼出来る。そうだ、さっきレイヴと話をした。なんかリアのことを気に入っているってさ。」
「リア?何故だ?どうして彼はリアのことを知っている?」
それには私が答えた。
「ドアのところで座ってたら、レイヴが話しかけてくれた。とても優しかった。」
「あっはっは!」男が笑った。「それをレイヴに伝えておくよ、きっと喜ぶだろうな。本気でリアのこと気になってるみたいだし。リアもいい女だ。」
「貴様……なんだと?」
「え!?なんで!?」
ハリネズミヘアの彼は慌てた。でも私も同感だった。サラに対してだけ怒ればいいじゃん。ああもう面倒くさい。私は静かに目を閉じた。
「それでさ、リアは今好きな人いるの?」
「くだらない質問の前に、運転に集中したらどうだ?」
と、イオリが運転席を蹴った。男はビクッとしてから答えた。
「へへへ、俺はプロドライバーだから何を話してても運転出来るんだよ!それにこれはレイヴに頼まれて聞いてるんだ。ボスの頼みなら、聞くのが子分だろうが。で?どうなんだリア。」
「好きな人……」
どう答えようか困った。いるけど、好きな人には好きな人がいる。そして二人は両想いなのだ。ってかそもそも、私は……。
「でも私死んでるよ。いいのかな、それでも。」
「え!?」男がバックミラー越しに私を見た。「そんなの関係ないよ!レイヴは一緒にいて楽しい人が好きだから、リアと一緒にいられるならリアがどの状態であれ気にしないって!」
「そっか、いい人だね。」
「そろそろ」とイオリがまた運転席を蹴った。「別の話題をしろ!分かったな?」
「……お前感じ悪いな。分かったからもう蹴るな。なんか新入りとは思えないほどに怖い。」
運転席の男は黙ってしまった。私も黙って窓の外の景色を見た。
ふと、手が温かくなった。見ると、膝の上にギュッと固く握られた私の拳の上に、イオリの手が置かれていた。
どうしてこんなことをするのかと、彼の方を見た。彼も窓の外を眺めていたが、私の視線に気付いたのか私の方を一瞬見た。それからまた外を眺めた。
でも手はそのままだった。動揺が隠せなくなってくる。困った私は、彼の手を振り払った。
解放された手は、ひんやりと車のクーラーを感じた。急に変な遊びをするものだと、私はもう一度イオリを見た。
すると彼は私を見つめていた。じっと、何かを欲するような目つきだった。これは本当に変な遊びだ、そう思って私はまた窓の外を眺めた。




