31 彼の指なら
私とイオリはダスト缶の影に身を潜めて、車から誰が降りてくるのか見守った。車はエンジンをふかしたまま静かに佇んでいて、何かが動く気配もない。
後ろにいるイオリが小声で私に聞いた。
「あの雰囲気、もしかしたら本当にFOCの人間かもしれない。しかし俺は凄まじく不安だ。まだ組織で働くという決意も固まっていない……本当に、接触するのか?」
私も小声で答えた。
「接触する。このままではいずれイオリはノアズに捕まる。シードロヴァはイオリの家を燃やした。今度はイオリ自身がそうされるかも。」
「それは否定しない……あいつは本当に恐ろしい。時空間なんとか機の実験で犠牲になった動物は数知れない。あそこまで感情が凍らないと、進歩的な魔工を考える頭が存在しないのかもしれない。知っているか?シードロヴァに逆らった者は、ノアズの地下に連れて行かれて身体改造をさせられるらしい。」
「ええ?」私は苦い顔をした。「本当に?」
「ああ……闇手術で体のパーツを取られて、彼が作成したロボットに変えられる。よく聞く宇宙人の手口と一緒だ。」
「それは怖い。本当に怖い。」
「きっと、あそこまで自分の思い通りに設計出来ると、やりたいことが止まらないんだと俺は予想する。……はぁ。俺は自分が幼なじみだから、自分の立場に奢っていた。ある意味、そのおかげで俺への仕打ちは家を燃やすだけに留まったのかも「しっ」
その時だった、車から黒いスーツ姿のドレッドヘアの男性が降りてきて、辺りを見回し始めた。片手にはハンドガンタイプの魔銃を持っている。何かを探すように頭を動かした後に、車の中にいる人物に聞いた。
「……いませんねぇ。どうします?オリオン様。」
「待機する。」
低く、威厳のある、ドスのきいた声が車の中から聞こえた。耳にするだけで恐怖心を煽るような声色だ。彼は本物に間違いないと思った。
イオリが両手で私の肩を掴んできた。多分、怖くなったのだろう。私は念のために地面に置いてあったゴルフバッグからマークスマンライフルを取り出した。
手下と思われるサングラスの男は車の屋根に手を置いて、だるそうに辺りを見回している。ここで誰かと待ち合わせをしているようだった。
その時だった。ふと、車の後方の屋根の上にスコープの反射が見えた。スナイパーが伏せていたのだ。
私はスコープに特殊なレンズを被せてから、反射のあった方向にライフルを向けた。特殊レンズのおかげで倍率は下がったが、こちらの反射はない。
屋根に寝そべり、今か今かとターゲットが車から出てくるのを待っているスナイパーの持っているライフルは、金色だった。あのド派手な銃、ボードン財閥の人間に違いなさそう。
「オリオン様、どうします?」再びサングラスの男が聞いた。「ノアズの人間が見えません。本当にラズベリー様を手渡してくれるのでしょうか?」
「奴らはそうするしかない。」車の中から聞こえた。「これは互いにとって良い取引だ。奴らもこれ以上ボードンに調子づかせたくはないはずだ。我々のトロピカルバイスからの撤退とラズベリーを交換する。それが、互いにとって、素晴らしいものとなる。」
「つまり」と後ろのイオリが言った。「ノアズがオリオンカンパニーと取引をするのか?オリオンのここからの撤退と、ノアズがどういう訳か保護しているラズベリー様という謎の人物の交換。」
「そうみたい。甘酸っぱそう。」
「……お前なぁ。……で?何故ライフルを構えている?」
「うーん。」
車が揺れた。もしかしたらオリオン様が降りてくるのかも知れない。すると屋根上のスナイパーがトリガーの指に力を入れた。このままでは撃たれる。
私はスナイパーの肩を目掛けて、トリガーを引いた。しかしその瞬間に私の指が透けて、トリガーを引くことが出来なかった。
「しまった!」
つい、叫んだ。そしてヤギさんの言葉を思い出した。私はモンスターは撃てても、直接、人を撃つことが出来ない。
そうこうしているうちにサングラスの男が、今から出てくる人物の為にドアを大きく開けた。このままでは撃たれる!私は咄嗟に、ライフルの角度をそのままに、後ろのイオリの手を借りた。
「お、おい!」
急ぎ、彼の手でライフルの銃弾を再リロードして、彼の指をトリガーに置いて、一気に引いた。するとサイレンサーがプシュッと音を立てて、彼の属性である黒い銃弾が屋根上を目掛けて飛んで行った。
闇属性なんだ、イオリ……。それも驚いたが、被弾した屋根上のスナイパーが肩を押さえたまま屋根を転がってしまい、地面に落ちてしまったのも、驚いた……。
スナイパーが地面に落ちてどさっと音を立てた瞬間、驚いたサングラスの男がぐったりと倒れ込んでいるスナイパーを何度も撃った。
「何だ!?何だ!?オリオン様、危ない!」
「もう、終わっているだろう、何が危険なんだ?」
車の中から身長二メートルほどのスキンヘッドの大男が出てきた。高級なスーツを着ていて、振り返った顔には全面にオリオン座のタトゥーが入っていた。顔面にタトゥー……ヤバげな人物だ。
優しげな目つきだが瞳に光は無く、厚い唇の端から少し切り傷があった。
……ヤバげな人物だ。
「リアぁぁぁ……。」
振り返ると、イオリがめちゃくちゃ睨んでいた。額には血管が浮き出ていて、今にもブチ切れそうだった。いや、彼はもうすでにブチ切れてるかも。
「おい!どうして!?」
しゃがんだまま、彼が私の胸ぐらを掴んでぶんぶん振り始めた。
「俺の指を使って勝手に人をやるな!」
「ち、違う!……だって、危なかったから!」
「誰が!?」
「俺が、だろう?」
ハッと二人で声がした方を振り向いた。大男がポケットに手を入れたまま、我々をじっと見つめている。
「お前は誰だ?何故、俺を助けた?」
ここだ!イオリが一緒だし、私は話せる、そうに違いない!私は言った。
「この人はイオリ・アルバレス。私はリア・ブックハート。私はスナイパーで、イオリはサイキック!」
「サイキックだと……!?」
「ほお。……ああ、」と、オリオン様が何かに感づいた。「ニュースを騒がしていた二人か。ノアズに自宅を燃やされたようだな?イオリ。」
「……。」
彼は何も答えない。しかも私の胸ぐらを固く掴んで、離してくれない。するとさっきのサングラスの男もやってきて、我々に銃を向けた。
しかしオリオン様が、サングラスの男にサインを出して、銃を下させた。そして我々に聞いた。
「何が欲しい?俺を助けて、何を得たい?」
「組織に行きたい。「自由だ。」
おっと、私とイオリの意見に相違が見られた。チラッと隣にいる彼と目があった。再びオリオン様を見ると、顎を撫でて何かを考えていた。
「……話が聞きたい。特にイオリに。お前はノアズだった。」
「え。」
オリオン様とサングラスの男が車に戻って行った。それだけ言われた我々はどうしたらいいのか分からず、ただその場でしゃがんでいた。
またサングラスの男が戻ってきて「早く乗れ」と言ってくれた。私とイオリは急いで色々バッグにしまって、ついでにド派手スナイパーの近くに落ちてる金目の物も拾ってから、黒い高級車に乗った。




