22 事態の急変
その後、一番先に立ち寄った黒ローブおじいちゃんのお店で改造完了したマグナムリボルバーを受け取ると、それまで謎の不機嫌を見せていたイオリのテンションが急に上がった。ついでにそこでドクロのキャンドルを買ってもらった。
駐車場へ向かって歩いている間はずっと銃の材質の話を聞かされて、車に乗ってもこの銃を試しに撃つのが楽しみだとか、いやこれは希少価値が高いから飾ったほうがいいだろうかとか、楽しげな悩みを聞いた。
高級住宅街に車が入ると遠くの空がピカピカ光った。雷でもない、でも見たことのある光だった。イオリも同じだと思ったのか、一気に不安げな顔になって、車を急いで走らせた。
自宅前の通りへ曲がろうとした時、私は無意識でイオリのハンドルを掴んだ。いつもと比べて道が渋滞している。でも人々はイライラするどころか、窓から顔を覗かせては、そわそわと興奮している。
真っ直ぐに行ってはいけない気がした。イオリが私の手を払おうとしたが、私はギュッと力を入れて耐えた。
「何をしている?リア。」
「周り道で行こ。」
「何故だ?」
「混んでるから!絶対にあっちから行く!」
「……。」
イオリはハンドルを回して、私の言う通りに、もう一つ奥の通りへと入った。そこも少し混んでいて、イオリは細い脇道を走らせて、自宅へと近づいた。
イオリの自宅に近づくに連れ、人だかりが出来ている。かなり嫌な予感がした。イオリも同じなのか、動揺した顔をして静かに車を走らせていた。
イオリの自宅の道路の向かい側は、小さな公園だった。その公園が見えたのでイオリがハンドルを切ろうとすると、車と大勢の人で埋まっていて、それ以上は通れなくなっていた。
人だかりで前が見えない。私はシードベルトをとって、オープンカーの座席に足を乗っけて立ち上がった。そして人々の頭上の先にある景色を見て、息を飲んだ。
イオリの邸宅の場所には、ばちばちと燃える炎の塊があった。門の前には多数の衛兵がいて、彼らは消火活動をしていなかった。この世界で火事が起きた時は衛兵の出番だけど、今は違う。
野次馬はどんどん大きくなる炎をノアフォンで一生懸命撮っている。同じく座席の上に立ち上がったイオリは、「はぁっ」と小さく叫んだ。
イオリが車から降りようとした。私は咄嗟に彼の腕を掴んで引き留めた。彼が抵抗しながら私を睨んだ。
「離せ!エミリが中にいるはずだ!」
「行かないで!衛兵がいる!」
「だからなんだ!?」
「よく見て!衛兵をよく見て!消火活動してない!」
イオリは激しく呼吸をしながら前方に目を凝らした。公園も人で埋め尽くされていて、その中には衛兵もたくさん紛れていた。
一人の衛兵がイオリを発見して、人をかき分けてこちらに向かってきた。やばいと思った私はさっき買ったイオリのマグナムリボルバーの入ったケースを抱えて、イオリの腕を引っ張った。
でもイオリはショックでなのか、放心して、動かなかった。
「どうして……!?何故、彼らは……!」
「イオリ、急ごう!気付かれてる!」
「え……。」
「早く!」
逃げなくてはいけない。衛兵が高官であるイオリの自宅が燃えているのをただ眺めている訳が無い。となると、彼はもう高官ではないのだ。市民でもない。ならば、逃げなくてはいけない。
ぐいっと精一杯引っ張ってイオリを車から下ろすと、人混みをかき分けて走った。車は位置情報があるから、捨てなければならなかった。
ならばと近くに停めてあった黄色い自転車を使うことにした。それにまたがって、イオリを引っ張って無理矢理後ろに乗っけた。カゴにはケースを入れた。
直後にペダルを思いっきり踏んだ。イオリの体があるので重さが大変だけど、歯を食いしばって力を入れた。
人だかりから少しだけ離れて、脇道の角を曲がろうとした。しかし顔を覗かせるとその先にノアズの車があった。その周りには衛兵がたくさんいるのを発見して、この道ではいけないと思い、今度は自転車の向きを変えて、家と家の狭い隙間を選んだ。
時々、家の配管が肩にぶつかった。でも速度は緩めなかった。イオリはただ無言で後ろに乗っている。彼は私には掴まらずに、自転車に掴まっているようだった。
暫く進んで、人の気配が無くなってくると、ようやく道に出た。そこはムーンストリートに程近い静かな住宅街だった。街灯がぼんやりとレンガ道を照らしている。
遥か前方の高台には、イオリと出会った洋館の屋根が見えた。あそこに行くのは危険すぎる。ならば森に行くしかない。足がつかないのはそこだけだ。
行き先を決めた私は、森に向かって自転車を走らせようと、大きくなだらかな坂道を降り始めた。レンガでボコボコと体が動いた。
ふわっと自転車が軽くなった。私は急ブレーキをかけて後ろと振り返った。するとイオリがレンガ道に倒れていた。驚いた私は、自転車をガタンと放り置いて、イオリに駆け寄った。
脈はあった。ショックで気絶しているようだった。落下で頭を打った痕跡はない。彼の名前を呼んで、イオリの頭を撫でた。でも彼は青ざめたまま目を閉じて動かなかった。
その時に、近くの家の壁が赤く光った。その壁を見ていると定期的にピカピカと反射した。ノアズの車が近くに来ていることが分かった。
私は自転車が倒れてるところに急いで戻って、落ちているケースを無理矢理リュックに詰め込んだ。新しいリュックは入り口が少し裂けた。そのリュックを体の前に背負ってイオリのところへ戻り、彼のポケットからノアフォンを取り出して、それを自転車のところへ投げた。
赤いケースのノアフォンは一度黄色い自転車にぶつかってからレンガに落ちた。私は彼を背負ったが、やはり重たい。このままではどう逃げても追いつかれると思った。
バイクはいけない。車もだ。ならば、ルートを変更するしかない。私は咄嗟に地下道を選んだ。イオリをおんぶして歩いて、近くのマンホールを見つけると、地面に彼を下ろした。
マンホールを開けると、闇が広がっていた。私は先に降りて、それから彼の腕を引いた。何の考えもなかった。ただ逃げなければならないと思った。
するとイオリが頭からするりと落ちてきてしまった。私は身体を透かしてしまい、彼はそのまま落下した。
危ない!彼を助けないと!と思っていると、私の体は飛んで、彼に向かって勢いよく吸い付けられた。そうか、こういうことも出来るのかと思いながら梯子と彼のベストを掴んで、彼を落下から防ぐことができた。
ネズミちゃんが数匹、私達を見ていた。私はイオリを背負って、明かりのない下水道を歩いた。助かることに匂いは感じたくないと思えば感じないし、闇の中でも目が見えていた。




