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20 最初で最後の想い

 食事を終えると、イオリは食休みをしようと言い出した。食事の後で休むことを彼はそう言うらしい。イオリは真っ赤な紅茶を飲んでいて、私は紙ナプキンで折り鶴を作っている。


「リア、楽しいか?」


「うん。とても楽しい。」


「そうか。」


 何この会話。面白くて笑うと、イオリがポンと私の肩をどついた。このやり取りだって普通になってきてる。それが嬉しくもあり、切なくもある。


 鶴が完成したので、私はそれを濡れたグラスの隣に置いてから、イオリを見た。イオリはこっちを見ていた。赤い照明で彼の黒い髪が妖美に染まっていた。


「イオリは、サラのどこが好き?」


「……。」


「どこが好き?」


「貴様に関係あるのか?」


「聞きたい。」


「俺とサラは職場で出会った。」


「知ってる。」


 ふふ、はは、と同時に笑ってしまった。そしてイオリは一口紅茶を飲んでから、話し始めた。


「初めはサラの方からだった。半年前は毎日仕事で忙しくて、プライベートなんぞ忘れていた。昼も夜も無い時だって多かった。そんな多忙極まりない時に、サラは何故か俺にカウンセリングを受けたいと申し出てきた。」


「へえ。」


「ノアズ職員の産業カウンセラーなら別に存在している。俺は彼らを紹介した。でもサラは俺がいいと言い張った。オフィスまで毎日押しかけてきて、俺は断り続けた。」


「ほお。」


「ある日、俺は熱で倒れた。オフィスでな。」


「なるほどねぇ……。」


「なんだその反応は。」イオリが笑いながら膝で私の膝をぐっと押してきたので、私も笑った。「看病された。毛布、濡れたタオル、急いで何処か近くのお店からおかゆまで買ってきてくれて、家庭的なところもあるのだと思った。見た目がとても、ヤンチャそうだから意外だった。」


「それで恋に落ちたのか……。」


「ありきたりで悪かったな。ああ見えてサラは優しい。」


「素敵な話だと思う。サラの真っ直ぐな想いが、伝わる。イオリが恋に落ちるのも分かる。彼女はとても心が綺麗。」


「そ、そうか?有り難う。」


 イオリが嬉しそうに微笑んで、紅茶を飲んだ。二人の間に入る隙は一ミリも無いんだと理解した。そもそも私は、すぐにいなくなるしね。


 これは無駄な想いだ。人生で初めての誰かに対する強い想いだけど、イオリの為に捨てなきゃいけない想いだ。


 ただの、最後の片想い。


『YO!ブラックレッドダークに集いし紳士淑女の皆様!パーリナイッ!エキセントリックナイッ!フオオオオオ!』


「え?なになに?」


「わ、分からん。なんだ?」


 急にオネエのような太くて高い叫び声がマイクから聞こえてきた。周りの半個室からお客さんが出てきて、ステージに向かって「フゥー!」と歓声を上げながら拍手をしている。


 ステージの方からピカピカと青や黄色のライトがここにも届いている。ちょっと気になるから覗いてみようと思ったら、イオリに腕を掴まれた。


「ちょっと見たい。」


「だ、だめだ!……変なイベントだったらどうする!?見るのも耐えられないような……!」


 私はジト目になった。


「そう言うイベントがありそうな店を選ぶイオリが悪い。」


「俺が一人で来た時はこんなこと発生しなかったんだ!……兎に角、見るな!」


「どうして?私は二十歳超えてる。」


「そう言う問題じゃない……!」イオリは何故か、眉間にシワを寄せた。「サンドイッチのリアルバージョンがあるかもしれないんだぞ?」


「見たい。」


「ばか。」


 ぐいっと力強く引かれて、私はまた着席した。ごつんと膝と膝がぶつかった。イオリは紙ナプキンを取って、何か折り始めた。


「ほら、お前が喜ぶように俺も鶴を折ってやるから。」


「……子どもじゃないんだけど。」


「でもさっき楽しんでたじゃないか。」


「アレはイオリと一緒にいて楽しいってことだよ。」


「え……そ、そうか。」


「イオリって、私の考えは読めないの?」


 急に彼は真剣な顔になった。


「分からん。真実を言えば、今まで会った誰よりも、考えや感情が読みづらい。だからさっきも楽しいかどうか聞いた。シードロヴァのような無表情人間でさえ、リアより読みやすい。ゴーストだからか?いや、不思議なもんだ。」


「単に私に興味が無いだけかも。」


「それは言えてる。……いたっ」


 私はイオリの革靴を踏んだ。彼は一瞬私を睨んでから、折り鶴を再開した。傷一つ無いすらりと長い指が、白くて柔らかい紙の上を滑っている。


 恋をすると、こんな些細なことにまで感動するんだって知った。


『今宵はフライデェぇぇ~!超盛り上がっていきましょーーー!イエッ!じゃあ何をするのかって?一つしかないじゃ無いっ!愛し合うの、情熱を出し合うの!今日のこの場でねェェ!』


『フォウフォウフォウ!』


「……すごい盛り上がってるよ?」


「無視しろ。ほら鶴が出来た!良かったな!」


「どうも……。」


 イオリの折り鶴は私のよりも尖ってて綺麗だった。出来ればこれを持ち帰りたかった。今日の思い出に。


 でもポケットに入れたらレモン飴の瓶も入っているし潰れてしまうだろう。何かバッグのようなものが欲しくなった。小さくて可愛いバッグがいい。この服に合うような黒色のバッグ。


『愛!それは誰もが胸に眠らせているドラゴンの卵!眠らせたままでいいのか?違うよね~!折角だから今日この場で眠りから覚ますの!この店にいる人は皆参加出来るから、こぞってチャレンジしてよね~~~!ウゥゥ!』


 ワーワー歓声がすごい。意を決して半個室から顔を出してステージの方を見ると、真っ赤なスパンコールのドレスを着たドラッグクイーンがマイクを持っていた。


 ドレスはしっとりとした素材で、クイーンの体に沿って曲線美を醸し出していた。グラマラスなボディだ。


『そして今回のイベントの優勝者には~、レッドブラックダークオリジナルのリュックサックをポレゼントしちゃうよフォーユーーーー!』


 ドラッグクイーンが身を翻して、背中のリュックを見せてきた。湧き上がる歓声の中、スポットライトがレザーで出来た黒い三角型のリュックに焦点が当てられている。


 縁が赤いレザーになっていて一見無地に見えるけど、よく見るとこの店内の床のように黒いマーブル模様が微かに入っていた。


 超可愛い。超欲しくなった。この店の思い出も、あのバッグを見ただけで思い出せる。超欲しい。


「イオリ、アレ欲しい!」


 席に戻って、紅茶を飲んでいるイオリの腕を掴んでゆらゆら揺らした。彼はカップを置いて半個室から顔を出して、私が言ったアレを確認した。


「え?……あのリュックか?」


「うん!チャレンジで優勝したら貰えるって!」


 イオリが席に座り、首を振った。


「別のを街で買ってやるから、もう店を出よう。紅茶も全部飲んだ。」


「やだ。アレがいい。この店のオリジナルって言ってた。他じゃ手に入らない『じゃあ挑戦する人はピンクに光ってるテーブルのボタンを押してねぇ~~!』はいっ!」


「おい!押すな……!」


 残念でした。もう押しました。ピンクのボタンは点滅して、参加完了の雰囲気を出してくれた。イオリは面倒くさそうにため息をついた。

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