14 鬼畜上司
ノック音が聞こえると、イオリが慌ててデスクの方からこちらへ向かってきた。私もソファから立ち上がって、先にドアを開けようとすると、彼が小声で叫んだ。
「俺がやる!アリシア、お前は隠れろ!」
「えっ、えっ!?」
そんなことを突然言われてもその場でワタワタするばかりだ。イオリは私の様子を見て、「ああ」と苛々したため息をついてから意を決してドアを開けた。
すぐに開いたドアからギロリと鋭い目つきが私を捉えた。そして既に出来ていた彼の眉間のシワが、私を見た瞬間に更にぐしゃっと寄せられた。彼のヴァイオレットの瞳は、見たことのない瞳の色だった。
純白のノアズの制服は他の職員のものよりも装飾が贅沢で、シルクのような光沢感のあるロングコートタイプの服が彼のすらっとした体型に沿ってくびれている。長身の男性だ。
銀色のネクタイにはプラチナのタイピンが刺さっていた。それも高そうなものだ。でも何より気になったのは、彼がとても美形だと言うことだ。
……絶句するほどの美形だった。彼のクリーム色の長い髪はツヤツヤと輝きを放っていて(イオリの方がサラサラだけど)、まつげは長く、すらりとした鼻先は彫刻のように綺麗に纏まっていて、唇が綺麗に浮き出ていた。(イオリの方がいい口角してるけど。)
そして肩までつくストレートな髪は、片方だけ耳にかけられていて、流した前髪の間から覗く頬には、何一つ肌荒れがなかった。(イオリのちょいウェーブの髪の方がいいけど。)
「イオリ、単刀直入に話す。」
いい声してた。どれだけ完璧なら気が済むんだ。イオリはと言うと彼に向かって首を振っていた。何を言うのか見当がついているらしい。
「私には時間がない。用件は済んだと所長に報告を「それは出来ない。あとで俺が所長に尋問される羽目になる。そんな思いは二度とごめんだ。シードロヴァ、5分でいいからソファに座れ。」
「座れだと?」
「ああはいはい、座ってくださいどうかお願いします。これでいいのか?」
「あなたの敬語はゴミ以下です。」
……なるほどね、中身とバランスが取れているようで、ちょっと安心した。
彼がシードロヴァという人物らしい。名前はニュースで聞いたことがあったけど、こんなに美人だとは思わなかった。でも性格に難ありだ。こりゃ結婚は一生無理そうだなと思った。
シードロヴァは私を少し睨んでから、ソファに向かって歩き、到着すると腕を組んだまま、すとんと座った。斜め向かいにイオリが座り、私は少し離れた場所できちんとした姿勢で立った。
するとシードロヴァがチラッと私を見た。
「彼女がリアですか?」
「え。」
「あ、ああ!」イオリが反応した。「紹介しようと思っていた。ちょっとこれから仕事を共にしようと思っている、リアだ。リア・ブックハート。」
「彼女の名は存じ上げております。報告書は全て確認済みですから。フォレスト教官の報告も、今朝の受付であなたが発行した入館証も、確認済みです。」
「そうか、それはすごいことだ。」イオリは苦笑いをした。「いつでも完璧に物をこなすな。君は。」
「完璧ではありませんよ。」シードロヴァは鼻でため息をついた。「現にこうして、あなた如きに私の時間を割いてしまっている。ああ、あなたの言う通りに、完璧でありたいものだ。」
チラッとイオリと目が合った。私は必死に笑わないようにした。本当にこれが友達同士の会話なのだろうか。そう考えると妙に笑えた。
「シードロヴァ、これは君が望んだことではないが、所長が望んだことだ。ニコライ所長が、シードロヴァがあまりにも人間離れした態度をするから、心配になったと俺に君のカウンセリングを頼んだ。」
「あまりのくだらなさに吐き気さえ覚えます。職場で人間らしい態度を必要とする根拠をお聞かせ願いたい。」
……こりゃ大変そうだ。よく幼なじみでいられるよ。
「人間らしいと言うよりかは、本当の君のままで、職務に励んで欲しいんだと所長は思っている。より良い職場にしたいと思うのは上司としては当然の心理……と言っても通じないか。まあなんだ、そんなことよりも、最近のことを聞かせてくれないか?」
「それよりも重要な話があります。聞きたいですか?」
「聞きたいが、それはまた今度にするよ。」
「ほお。後悔しても知りません。」
またイオリと目が合った。確実に彼が困っている感じなので、私は口を尖らせて笑いを堪えた。すると笑いを堪えたのがバレたのか、イオリが私をじっと一瞬だけ睨んだ。それもちょっと面白かった。
イオリはシードロヴァを見た。
「……じゃあ少しだけ聞こうか。本当は君自身の出来事を聞きたいが。」
「昨夜の事件、フォレスト大佐の報告書には第一容疑者の欄にアリシアの夫の名がありました。リアの目撃情報を元にしたのでしょう。それからイオリ、あなたの名前も。」
「は?」
「フォレスト大佐は、あなたも事件に関与していると考えている。これは面白い。」
「いや、そんな、どうして……。」
イオリが明らかに動揺しながら、片手を頭に添えた。シードロヴァはイオリを見ようともせず、独り言のように呟いた。
「本日、捜査班はアルバレス家の敷地内にアリシアの血痕があるのを発見したようです。」
「あっ。」
つい声が出てしまった。やばい。それは私の血で間違い無いだろう。窓辺で浮いている時に、鼻血出した気がするし。でも……!
「でも!」声を出したのはイオリだった。「あれはリアのものだ。アリシアと双子のリアなら、DNAは一緒だ。」
「リアと、どのような御関係があるのか知りませんが、フォレスト大佐は昨夜の様子から、あなたとリアは知り合って間もないと判断している。それに。」
と、ここでシードロヴァが何故か、肩を震わせて笑い始めた。なんでこのタイミングでそんなに笑うんだろう?こんな狂気じみた人間、見たことなかった。
「ふふっ、イオリは魔工学に精通していませんから、知らないのでしょう。双子のDNAは一緒でも、セルパーティクル、所謂魔力の波紋は一人一人違うのです。あなたの自宅から見つかった血液の波紋は明らかにアリシアのもの。ノアズのデータは幼い頃の彼女の血液検査が元ですから、揺るぐことはない。さて何を隠しますか、これ以上?ふふっ、あっはっはっは……!」
「……!ぬぁぁぁぁ!」
頭を抱えたイオリが、鬼の形相で私を睨んできた。やばいこのままだと殺される。いやもう死んでるけど。でもどうにかしないとと思った私は、意を決してシードロヴァに言った。
「イオリはやってない。」
「そうでしょうね。彼には動機がありません。私からは以上です。」
「……。」
最初からイオリのこと犯人だと思ってないならそう言えよ。喉の奥から湧き出てくるこの言葉を必死に押さえ込んだ。




