終章 寂れた寺にて
木枯らしが吹く。
寂れた山寺のわびしさは、冬の始まりで増していくようだ。
この寺もあと何年続くかわからない。
ただ、先は長くないと知っていた。自分の後継が居ないことに身をすくめながら、年老いた住職は眠る準備をしていた。
無縁仏を供養することが多いけれど、住職である自分を供養してくれる坊主が居ないのは皮肉なものだ。
ふ、と外へと視線を移す。
声が聞こえた気がしたのだ。
まさかこんな夜更けに、と思いながら戸をあけると、地面に娘が座っていた。
額を地面にこすりつけるようにして深く頭を下げているので、その顔は見えないが振袖姿なので若い娘とわかる。
「娘さん、どうなさった?」
怖がらせないよう精いっぱい優しい声を出し膝をつくと、すうっと娘の両手が上がった。
白い手の中には黒くすすけた小さな白い蛇がこと切れていた。
「憐れな小さきモノでございます。私が珊瑚と名付けたばかりに可哀想な最期を遂げました。どうか、どうか、供養してくださいまし」
驚いたもののあまりにひたむきなその様子に、住職は蛇の身体を両手で受け取った。
少しおっかなびっくりだったものの、捧げ持つような丁寧な手つきに、娘は微笑んで結い髪からカンザシを抜いた。
「どうかこれで、その子をよろしくお願いいたします」
そのまますうっと姿を消した娘に、住職は目を白黒させる。
まさか人ならざるモノに頼られるとは思わなかった。
長く生きているが、怪異に会うのは初めてのことだ。
だが、夢ではない証に手の中には小さな蛇の躯があり、娘のいたところには珊瑚の珠がついたカンザシがおかれている。
最後の仕事になるかもしれぬと思いながら、住職は丁寧に丁寧に白い蛇を供養するのだった。
それから七日が過ぎたころ。
眠る準備をしていた住職は、ふ、と外へと視線を向けた。
声はなかったけれど、どうしてだか呼ばれた気がしたのだ。
先日の蛇の事を思い出し、住職は戸を開けた。
そこにはただ寒々しい境内が広がるばかりで、気のせいだったかと中に入りかけたが、地面がキラリと光った気がして足を止める。
しゃがんでよく見ると、小さな白い蛇がそこに居た。
焼け焦げた着物の袖の一部と、銀の粒が一つある。
ぺこりぺこりと頭を下げるので、ああなるほどと住職は思う。
「おまえ、あの娘さんを供養してほしいのかい?」
白い蛇はそうだというように、コクコクとうなずいた。
期待に満ちた赤いつぶらな瞳があまりにいたいけなので、住職は良いよとうなずいた。
「仏様の慈愛に命の貴賎はないからね。おまえさんたちは一緒に供養してあげよう」
それを聞いて蛇は満足したのか、嬉しいというように尾を一振りすると、すぅっとその姿を消した。
遺されたのは焼けた袖の一部と、すすけた銀の粒だけ。
火事場から持ち出したのだろう銀の粒に、人よりも人らしい蛇だったと思いながら住職は手を合わせた。
清と白い蛇は住職の手によって並んで供養された。
遠く離れたこの寺までは、大火事で焼けた宿場の話は届かない。
真砂屋の清の事も、火事から行方不明の安吉の事も、その双子の安珍を清が蛇に変化して焼き殺したという噂も、遠い遠いところのお伽噺に似ていた。
変わったことといえば、廃れると思っていたはずの寺が盛り返したことぐらいだ。
なぜか人間の供養だけでなく、妖物の供養や悩み事相談まで持ち込まれるようになり、徳の高い住職のもとで修業したいと弟子志願が現れ小僧まで増えた。
徳があろうとなかろうと、僧侶にできることをやっただけなのに不思議なことだ。
これもまた仏様の慈愛なのだろうと手を合わせる。
ただ静かに、いつものように住職は教を読むのだった。