01
謎の集団へと向かって行く。中央を歩く白いローブを着た金髪の少女が聖女とかそんな感じで、周囲を囲む騎士が護衛なんだろうな、とか考えを巡らせながら近づいて行った。
集団との距離が10mを切った所で騎士達が女性達との間に立ちはだかり、槍を構えて声を上げた。
「止まれ!それ以上近づく事は許さん!その場で跪き名前とこの場に居た理由を話して貰おうか!」
こりゃまた良くあるパターンだなと嘆息し、相手にするのも馬鹿馬鹿しいと向きを変えて立ち去る事にした。
「待てぇ!こちらのお方を何方と心得る!不敬であろうが!!」
「うるせぇんだよ!俺はてめぇみてぇに大した実力も無ぇ癖に威張り散らす奴が大っ嫌れぇなんだよ!大体護衛が喧嘩売ってどうすんだ!?護衛対象を危険に晒すような真似しといて偉そうな事言うんじゃねぇよ!ボケが!!」
「なぁっ!・・・きっ貴様アアアァァ!!」
どうせ貴族のボンボンかなんかで人を平気で見下すような奴なんだろう。俺に言い返されると思って無かったに違いない。それにしても短気過ぎだろ、顔真っ赤だし。
声を上げた騎士が槍を構えたまま突っ込んでくる・・・そこそこ速いな。
槍の間合いに入り、騎士が俺の腰へと槍を突き出してくる・・・悪くない狙いだ、当て易く避け難い場所だ。
俺は左足を軸に回転しながら左手で槍を掴むと、そのまま引っ張りながら右足を振り上げた。
槍に引かれる様に前のめりになった騎士の顔面に俺の右足が当たる直前、騎士は槍を離して後ろへ飛んで距離を取った。
良い判断だ。槍を放さずに交わすだけなら蹴り足を戻す際の追撃で終わってた。
振り上げた右足をゆっくりと下ろしながら槍を投げ返すと、騎士は槍を拾わずに腰の剣を抜いた。
「手に入れた武器を手放すか・・・体術は得意な様だが武器は使えんらしい」
「勘違いすんな。俺は武術家だ、武器は使えないんじゃなくて使う必要が無いから使わねぇだけだ・・・きな、それを証明すると共に実力差って奴を思い知らせてやるよ」
左足を一歩前に出して左半身に構える。右拳は顎の下、左拳は右脇腹の前だ。俺の流派に決まった型や構えは無い。様々な武術や格闘技を学び、それ等を取り入れる事で自分に合った構えと戦い方を身に付けるのだ。
俺の構えは解り易く言うとボクシングのデトロイトスタイルに近いが、アウトボクサーの様にステップは踏まない。摺り足で間合いを詰めて一瞬で相手の意識を刈り取る。それが手合わせの時の俺のスタイルだ。
騎士が中段に構えた剣先と視線でフェイントを使いながら摺り足で近寄ってくる。他の連中は手を出さないようだ。
騎士との距離が詰まってきた・・・・・後半歩・・・間合いに入った瞬間、溜めた力を右足に乗せて一気に前へと飛び出した。
奴の構えた剣よりも身を低くし、全身のバネを使って身体を起こす。
爪先から足首、膝、股関節、腰、胸へと力が伝わって行く。
引き絞った左腕を矢の様に放ち、体重の乗った拳が『ガゴッ!』と言う音と共に奴の顎を捉え跳ね上た。
死角となる斜め下からの攻撃だ、奴には俺が消えたかの様に感じ、何をされたのかも理解出来なかっただろう。
追撃の右も必要無い。奴は糸の切れた人形の様に膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れ意識を失った。
「剣を離さなかった事だけは誉めてやるよ。ま、聞こえちゃいないだろうけど」
「お待ち下さい!」
奴を背にして歩き始めると白いローブの少女が前に出て俺を呼び止めた。
「姫様いけません!御下がり下さい!」
「貴方達こそ下がりなさい。先に手を出したのはこちらです。彼に非は有りません」
姫と呼ばれた少女が止めようとする騎士と侍女を押し退けて更に前に出て来た。
「臣下の非礼をお詫び致します。私はメルクリウス聖皇国の皇女、アンジェリカ・ハラルドルと申します。この度は神託に従い貴方様を御迎えに上がりました」
メルクリウス聖皇国。植え付けられた知識によるとミズルド大陸南西部に有るウォーズンを主神として崇める宗教国家らしい。何でも主神が木を彫って最初の人間を作ったのがこの国の聖都に当たる場所だとか。
まぁ、話の流れからしてウォーズンとか言う奴が俺をここに送ったと見て間違いないだろう。
「あんたが詫びる必要はねぇよ、落とし前はそいつに付けて貰ったしな。で、その神託の内容ってのは教えて貰えんのか?」
「はい。聖都東の遺跡に異界の力を宿した男が現れると」
「へぇ、成る程ね。その〝力〟って奴を確かめる為にそいつを止めなかったんだな?」
「それは・・・否定は致しませんが、それがどれ程の物かこの目で直接見てみたかったと言う方が大きかったのです。彼、ラインハルト様はこの国でも五本の指に入る程の実力者ですので」
これで五本の指にねぇ。まぁ、俺は戦闘狂って訳じゃないから、他に強い奴が居ようと如何でも良いけど。
「そうかい。その神託の奴が俺だとしても、俺は国や宗教に係わる気はねぇから行かせて貰うぜ」
「え・・・あ、あの!せめて御名前を御聞かせ頂けませんか!」
アンジェリカの問いに、俺は振り返りもせず歩きながら答えた。
「・・・ジンだ。姓は槇嶋、名は仁。俺の生まれた所では誰でも姓を持っているから貴族とかじゃねぇぞ。じゃぁな」
ひらひらと手を振りながら、おそらくは南であろう方角に見える森の中へと入って行く。アンジェリカ達から見えなくなった所で、監視を付けられても面倒だと走り出した。
木々の間をすり抜けながら、なだらかな坂を下って行った。遺跡の在る場所は小高い丘になっているらしい。
周囲に敵性生物の気配は感じない。アンジェリカが歩きだった事から、聖都の近くで普段から巡回等をしているのだと思う。
森の切れ間が見えて来た。少し離れた所からこちらに向かって来る気配を感じる。人が二人に動物が一頭か、如何やら馬車らしき音も聞こえる。街道を東から西へ移動していると言う事は聖都に向かっているのだろうか?
森を抜けて開けた場所に出た。剥き出しの土を固めた道だ。馬車四、五台分はあるだろうか、結構広い道だな。
俺は両手を振って敵意の無い事を示しながら、こちらに向かって来る馬車へと声を掛けた。
ここまで読んで頂き有難う御座います。