第8話 懲罰房
やらかしてしまった俺は噂の懲罰房に入れられることとなった。
「クソっ! あの女……! ちょっとパンツ見たぐらいでかっかしてんじゃねーよ。スカートなんてパンツ見てもらうために履くようなもんだろ。なんで俺がこんな目に遭わなきゃなんねーんだよ」
現在、部屋の中には俺一人なのだがじきに懲罰房専任の看守がここへやってくるらしい。先ほどから身体がガクガクと震えるに従って古い椅子も小刻みにカタカタと軋みを上げた。この待機時間は恐怖以外の何物でもない。
ちらりと部屋の中を見渡すたびに恐怖がぞわぞわと身体中を駆け巡る。同所は一言で言えば“拷問部屋”にほかならない。部屋のあちこちに磔台やムチ、拘束具、座面にエッジが効いているお馬さん、他にもトゲトゲがたくさんついた用途不明の器具などがずらりと並んでいた。
そして待つこと十分ほど……。
バンッ!!!!
鉄製の扉が音を立てて勢いよく開かれた。
びっくりするだろ。扉はもっと丁寧に開けろよ。お母さんから習わなかったのかよ。
「おぉう! お前かぁ!? 問題児ってヤツは!?」
「ムショに入ったばかりなのに全然反省の色が見られねぇな? こりゃあキツいお仕置きが必要だよな?」
「おまけに俺らに挨拶も来ねぇときたもんだ。こりゃあ世間の常識からみっちり仕込んでやる必要があるな。へっへっへ!」
あれ……? こいつらの声、なんだか聞き覚えが……。まさかあれって受刑者じゃなくて……
「お、お前ら……このあいだ談話室で俺のこと倉庫に拉致るとか言ってた……」
すると、三人の動きがピタリと止まり、その視線は意外だと言わんばかりに一斉に見開かれた。
「ほお……。公務の話を盗み聞きするなんてマナーのなってねぇヤローだな」
「もしかしてお前……本当はそっちの世界に興味あるんじゃねーのか? おぅ?」
「なら話が早えじゃねーか! そうと決まれば今日の遊びは決まりだな!」
「えっ……いや、別に興味とかそういうのは……。ちょっと待ってよ。それ以上近づくな! や、やめろ! 手をワキワキさせんな! お、おい!」
もはや説明は要らないと判断したのか一歩一歩をこちらに向かって歩みだすホモ軍団。
ここは敵わないまでも男のプライドにかけて死に物狂いで抵抗させてもらうぞ!
その前にまずは――
《鑑定》!
《ステータス》
氏名:ベイル・フェラー
性別:男
年齢:37歳
種族:人間
職業:看守
Lv.:32
HP:509
MP:0/0
STR:221
DEF:199
DEX:115
AGI:67
INT:12
LUC:15
《ステータス》
氏名:マーコック・ベルム
性別:男
年齢:33歳
種族:人間
職業:看守
Lv.:29
HP:511
MP:5/5
STR:201
DEF:159
DEX:176
AGI:89
INT:15
LUC:16
《ステータス》
氏名:ミッチェル・ランドルフ
性別:男
年齢:31歳
種族:人間
職業:看守
Lv.:28
HP:457
MP:0/0
STR:196
DEF:191
DEX:123
AGI:95
INT:11
LUC:12
ダメだこりゃあ! 絶対敵いっこないよぉ!! 助けて母さんっ!!!
「へっへっへ! 大人しくしてりゃあ悪いようにはしねぇよ。さぁ、こっちに来い」
「ひっ……! さ、触んじゃねぇ!」
俺は咄嗟に先ほどまで腰掛けていた椅子を看守に向かって投げつけた!
当然だが、こんなものはその場凌ぎの無駄あがきに過ぎない。
直撃はしたもののいともたやすく弾かれてしまった。
「てめぇ! 看守に向かって暴力を振るうってことがどういうことか分かってんだろうなぁ!? ただじゃ済まさねぇぞ!!」
「あ……」
その瞬間だった――。
懐かしいあの感覚が身体を貫いた。
一瞬、ビクリと来たかと思うとその直後に身体の奥から力がとめどなく溢れ出てくるかのような全能感に包まれた。カフェインを固めて作った眠気覚ましを大量に摂取したときのような漲るあのパワーが今俺のもとに。
来た……! また来たぞ! こ、今度こそは!
俺はすかさず自分を《鑑定》してみると――
《ステータス》
氏名:ユリウス・アストレア
性別:男
年齢:17歳
種族:人間
職業:勇者
Lv.:2
HP:664/675
MP:777/777
STR:355
DEF:337
DEX:371
AGI:400
INT:474
LUC:21
やっぱ俺勇者だわ。持ってるよ。類まれなる才能ってヤツをさ。
看守を倒せないまでも攻撃が当たったことで経験値が入ってきたのだろう。それがちょうど次のレベルアップに必要な分を満たしていたってところか。
これで晴れて運動不足も解消だ。三体一の状況とはいえこれだけのステータスがあればなんとか行けそうだ。
「来いよ。俺が相手してやる」
「いきなり強気じゃねーか? お前みたいなモヤシが俺らに勝てると思ってんのか?」
「犯罪者は勘違いヤローが多いからなぁ。痛々しくて見てらんねぇよ」
「やっぱここはじっくりと痛めつけて――――おぶうぅぅ!!??」
メキメキと嫌な音を立てながら、看守の腹に握りしめた俺の拳が深くめり込んだ。
その一撃を受け止めるには男の体重は軽すぎたらしく、一直線に壁まで吹き飛んでいきそのまま無残に叩きつけられた。
「がはっっ――!?」
それが同所で男が発した最期の肉声だった。
「弱っ! 看守ってこんなもんなのかよ」
その光景を目の当たりにした二人の看守は信じられないものを見たとばかりに両目を見開きつつ即座にこちらを威嚇した。
「ク、クソガキがっ! やりやがったな!! ただで済むと思うなよ!?」
「手足の一本、二本は覚悟しておくんだな! これは職務上、必要なことだ! 悪く思うなよ!」
二人は腰に備えていた棒状の者を取り出すと、斜めしたに向けてシュパッと一振りしてその本体を伸長させた。特殊警棒ってやつだ。
「うらぁぁあ!」
大振りな一撃が放たれるも、
「おっと」
「っ!?!?」
あえてギリギリの間合いでかわしてみせる。そんなの余裕で去なせますよアピールだ。効果はてきめんだったらしく男の苛立ちは手に取るように分かった。
いつも思うことだかやっぱレベルアップの効果は凄まじいものがあるな。まるで別人じゃないかってくらいの違いがあって、レベルアップ当初はいつもその力の出し方に戸惑うばかりだ。
「この……ガキがっ!」
俺はもう一人の男の攻撃も軽くかわしつつ足払い。バランスを崩した男は勢い余って床へと転倒した。
看守の二人の間をかき分けるようにして攻撃をしのいだ俺は、その位置関係上、扉の前までやってきた。すぐ隣では一発お見舞いした看守が今もぐったりと壁に背に預けながらうつむくようにして気を失っていた。
「ちょっと借りるぞ」
俺はその男からあの二人と同じ警棒を拝借して見よう見まねでシュッと伸ばしてみる。うん、実に使いやすそうな得物だ。こいつらのお仕置きにはうってつけだろう。
「よーし。今日は俺がたっぷり遊んでやるぞ。例えばだなぁ……この固くてしなやかで逞しい特殊警棒をお前らの尻にブチ込むってのはどうだ? 伸縮式だから奥の奥――入っちゃいけないところまでじっくり探検できると思うんだけどなぁ?」
「ひっぃ…………!」
二人は俺との実力差を明確に認識して恐怖を覚えたのか揃って部屋の奥へと後退った。
「ま、待て! 真面目な話、看守に手を出したらただじゃ済まねぇぞ!? お前は間違いなく刑期延長になるぞ!?」
「安心しろよ。普段から炭鉱掘りで鍛えてんだ。尻だって問題なく掘れるはずだ」
「そういう問題じゃねぇ!!」
「や、やめろ……! こっちに来るなっ!」
「そういや聞いたぞ。お前ら看守は日常的に受刑者に暴行を行ってるらしいじゃねーか。しかも真面目に刑務所生活を送っている受刑者に対してもだ。公僕にあるまじき振る舞いなんじゃないのか?」
「ハッ! なんだそりゃ? 俺らに説教垂れるのか? お前を含めあいつらは犯罪者なんだよ。犯罪者はどう扱われようとも文句言えねぇんだよ。そんなの世界の常識じゃねーか!」
「そうだ! 俺らは世間に害をなすゴミクズ共の面倒を見てやってるんだ。そのための手段として暴力は付きものなんだよ! 分かったらさっさと武器を捨てろ。大人しく投降すれば俺らが上にとりなして――」
「もういい。お前らがクズなのはよく分かった」
「あぁ……?」
「なあ、知ってるか? 掘っていいのは掘られる覚悟のある奴だけだって」
俺は警棒をゆっくりと振り上げると――
◇ ◇ ◇
「いやー、やっぱ正義は勝つね。無敵だよ」
懲罰房の中では尻に特殊警棒を突っ込まれた三人の看守が全員揃って床に突っ伏していた。結果は言うまでもない。三体一という頭数も影響してか圧勝とまではいかなかったが、十分な余力を残しての勝利となった。ケツ穴から警棒へと滴る赤い血が実に生々しい光景だ。
俺はレベル1のザコ状態からレベル2に上がり、ステータスが飛躍的に向上したことで形勢は見事に逆転した。
しかし、通常であればたかだかレベルがちょっと上がったぐらいでいきなり各種ステータス値が100以上も上昇することなどありえない。これは俺の持つユニークスキル《勇者》がもたらしてくれる効果なのだ。
常人に比べてレベルアップが遅い代わりにレベルアップ時のステータス上昇が著しいという見返りがある。レベル2にもなればそこいらのチンピラ程度は楽に倒せてしまうだろう。魔王討伐なんてバカなことを考えなければ当面はレベル2をキープすれば命の心配はない。
それにしても――この土壇場でのレベルアップがなければ今頃俺はあいつらの餌食になっていただろう。こればかりは神と母さんに感謝だ。
「さてと……これからどうすっかな……」
看守に暴力を奮ったとか難癖をつけられないように外傷が残らないように処理はしておいた(尻を除く)。こいつらみたく邪魔立てする者がいなければこんなところさっさとおさらばしたいところだが、勝手に刑務所から出てしまったら後から脱獄犯ってことで指名手配は免れまい。そうなれば憧れの都会ライフも叶わず仕舞いだ。おまけにこの土地じゃ俺の勇者としての名声もまったく通用しないみたいだし。かと言ってどこか人口の少ない田舎に引きこもるってのもなぁ……
と、一人そんな悩みを抱えていた時のことだ。
部屋の外からだ――。扉を隔てた廊下で何やら慌ただしい足音が響いてきては、看守が五人ほど部屋の中に飛び込んできたではないか。
「ああっ! 何ということだ! ご、ご無事でしたか!? お怪我などはされていませんか!?」
「え? あ、ああ……大丈夫だけど?」
そのうちの一人、初老の男が俺にそう尋ねた。
自分でやっておいてなんだが、尻に生花されてる三人を余所に俺に向かってご無事でしたかとはどういう了見だろうか?
「ああ……実はなんというか……不幸な行き違いがあって、俺は平和的な解決を臨んだんだけどさ。こいつらがどうしても――」
「この度は私共の勘違いでご不快な思いをさせてしまい大変申し訳ございませんでした。どうかお許しください“勇者様”」
「…………………………今、なんつった?」
「え? あ、その……取り返しのつかないミスであなたにご迷惑をかけてしまったと……」
「違う。一番最後だよ。さっき俺のことなんて言った?」
「ゆ、“勇者様”と……お呼びしました」
「……………………」
俺は威儀を正しながら、
「そうだよ。勇者だよ。俺こそが紛うことなき勇者だよ」
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