第7話 《鑑定》
それから三日後のこと――。
ここでの当面の目標は例のホモ軍団から自身の身を守るというただ一点のみだ。
それからというものの、俺は顔もわからぬ敵の魔の手から逃れるべく一心不乱に炭鉱作業に打ち込んだ。こうなったらもはや日頃の運動不足どころの話じゃない。失った強さと各種スキルを取り戻すべくただひたすらにツルハシを振り回した。
特に緊張を要したのは作業が終わってから雑居房に戻るまでの間だ。意識すればするほど今日もそのへんのちょっとした暗がりが怖くて仕方がない。油断したその隙にやつらに連れ込まれてしまいそうだからだ。あの談話室での密談を耳にしてからは作業終了と同時に全力ダッシュで雑居房に戻ることにしている。母さん、早くここから出たいです……。
そして、そんな切なる願いが天に届いたのか、ついに――
「よし……。やったぞ……っ! ついに…………ついに来たっ!!!!」
およそ五年ぶりに訪れるあの久しい“感覚”が体中を駆け巡る。
他でもない“レベルアップ”だ! やっと来やがった。待ちわびたよ。
一人でぶつぶつとそんなことを言っていると、隣で炭鉱掘りをしている同僚がこっちを頭のおかしなやつだと言いたげな視線で見てくるが、今はそんなの気にしない気にしない。
「今ならもしかして……」
俺は自分の身体へ意識を集中させると、
《鑑定》っ!!!!
《ステータス》
氏名:ユリウス・アストレア
性別:男
年齢:17歳
種族:人間
職業:勇者
Lv.:1
HP:5/8
MP:18/18
STR:3
DEF:3
DEX:4
AGI:5
INT:10
LUC:20
俺の呼びかけに応じて視界の端っこにステータスウィンドウが表示された。
だがしかし――
「うわっ…………俺のステータス………………低すぎ……」
ちょっと待て。何だよこれ。おもっくそザコじゃん。しかもレベル1って……。俺、数年前までレベル50をゆうに超えてたはずなんだけど……。さっきのはレベルアップじゃなくてスキルを習得しただけだったのかよ……。
「あっ……そうだ! スキル! スキルはどうなんだ!?」
俺はステータス欄の下に続いているスキル一覧に視線を向けると……
《スキル》
勇者【ユニークスキル】
鑑定【Lv.1】
ツルハシ【Lv.1】
嘘だろ……。あんだけあった強力なスキルが今はたったの三つって……。ってか《ツルハシ》って何だよ。せめて剣術とか徒手格闘術とかにしてよ。こちとら勇者であって炭鉱夫じゃねーんだよ。
俺は愕然としつつも、隣で黙々と作業している同僚を視界の真ん中に収めて《鑑定》のスキルを使ってみた。
《ステータス》
氏名:ブレーブス・ラング
性別:男
年齢:25歳
種族:人間
職業:受刑者
Lv.:22
HP:312/355
MP:5/5
STR:112
DEF:98
DEX:288
AGI:323
INT:10
LUC:5
《スキル》
鍵開け【Lv.3】
隠密【Lv.4】
短剣【Lv.2】
ツルハシ【Lv.3】
こいつ絶対、窃盗で捕まったクチだろ。スキル見れば一発だよ。
いや、そんなことよりだ。ステータスの差がエグいよ。こいつとやり合ったら確実に死ぬ自信あるわ。間違ってもこいつにケンカ売るのは止めておこう。
俺は他にも何人かの囚人を鑑定してみたが、ここにいる連中は――ある程度の個人差はあるものの――皆同じぐらいのレベルやステータスに収まっているようだった。まあ、考えてみれば当然だろう。メチャクチャ強いやつがいたらそこいらの看守では対応できないからな。もしそんなやつがいたら手錠かけて独居房に閉じ込めておくだろ。
ちなみにこの世界ではレベルやステータスといった概念は、俺のような一部の高位の鑑定スキルを有した者にしか知り得ないものであり、一般人にはほとんど知られていないものである。自他の実力を的確に把握するこのスキルが俺たち勇者の一族に与えた功績は計り知れない。
それにしてもこのステータス差は如何ともしがたい。今までの俺の経験からいってもただの炭鉱作業だけでレベルを上げるのは至難の業だ。やっぱり効率よくレベルを上げるんなら戦いに身を投じるのが一番だ。でも、ここでケンカ騒ぎなんて起こそうものなら間違いなく懲罰房入りだ。あそこに入れられるとお仕置き専門の怖い看守が登場して想像を絶するような折檻の後に全員が廃人になるともっぱらの評判だ。戻って来てもどこか生気の抜けた死人のような顔をしていて、そのうち大半の人間がどこか別の刑務所に移送になるらしい。闇が深いよ。
今後のことについてあれこれと考えながら炭鉱作業に励む。溜まった土をネコとか呼ばれている手押し車にこんもりと積み込んでは一日に何度も土捨場と現場を往復し続ける。この作業ももはや手慣れたものだ。すごい疲れるけどな。
「ん?」
手押し車を傾けてドサッと土を捨てた瞬間のことだ。土山から小さな小石が数個ほどコロコロと転がり落ちてきた。と、同時に俺の足元に一つの長い影が差していることに気がついた。何だろうと土山の上を見上げてみると――
「あっ」
「ふふ、少しは様になってるじゃないか? 確か名前を……『パンツ』といったか? いや、『おパンツ』だったか? 刑務所内では随分覚えやすいと評判らしいじゃないか?」
俺をここにぶち込んだ張本人――女憲兵がいた。
土山の上から偉そうに腕など組みながらこちらを睥睨する形だ。
「テメェ……。また現れやがったな。とっととそこから降りてこい」
「降りて何をしようというんだ? まさか憲兵であるこの私に暴力を振るおうというのではないだろうな? 窃盗に加えて傷害の罪も重ねるというのか? 実に嘆かわしいな。今のうちに私から裁判所に刑期の延長を申請しておくべきだろうか。別に構わないよな? お前どうせ何かやらかしそうな顔してるし」
「それは単なる偏見だろうが! お前、一体こんなところに何しに来やがった!?」
「お前が真面目に刑務作業をしているかどうか見に来てやったんだ。感謝するんだな」
何この上から目線?
「大人しくしていれば模範囚として刑期短縮の可能性だってあるんだ。これを機に心を入れ替えて真っ当な人間に生まれ変わるんだな。いいか? 決して悪さしようだなんて…………おい、聞いているのか? 何をしている? 何でしゃがみこんで――」
「白のおパンツを鑑賞をしておりました」
「っ……!?」
女憲兵は顔を真っ赤に上気させながらとっさにスカートの裾を押えた。
「正義の味方がはしたないぞ? 普段はそうやって偉そうにしてるくせに下半身はユルユルの隙だらけなんだな。公務の一方で淫奔な私生活が垣間見えるなぁ?」
「き、貴様……っ!」
ぐぬぬっと悔しげな表情。これまでで一番の表情だ。
「お……お前には、まったく反省の色が見受けられない。ここでの厳しい刑務作業もまったく意味がなかったということか……。そうかそうか……。そういうことなら私にも考えがあるぞ?」
「?」
「誰か! この不届き者を“懲罰房”へ放り込め! 徹底的に更生させるんだ!」
ヤベェことになった……。
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