第2話 冒険者ギルド
「何だよ、まったく。失敬な奴だな。こちとら森で命からがらあの熊から逃げおおせて来たってのによぉ。塩対応かよ」
フルチンの来訪者を目の当たりにした女の子は即座に扉をシャットアウト。
間髪入れずに鍵までかけてしまった。最近の女の子は結構シャイらしい。
だが、そんな事も言っていられない。ここは熊がうろついている危険な森の中。流石に野宿は勘弁だ。寝ているところを熊に見つかったりしたら永遠に目をさますことはないだろう。ここはどうしても一泊させてもらわねばと俺は考えた。
そこで女の子と再交渉を試みるべく俺は家の裏手に回って窓ガラスをバリンと叩き割っては部屋の中にお邪魔します。すると――すぐさまその音を聞きつけた女の子が何事かと現場に駆けつけては、俺の姿を見るなり盛大な悲鳴を上げて寝巻きのまま家から飛び出してしまった。お蔭で現在この家には俺一人のみとなる。添い寝ぐらいしてくれてもいいじゃんよ。
まあ、いいや。取りあえず今夜の寝床は確保した。結果良ければ全て良しだ。
あ、そうだ! せっかくだから服を借りていこう。由緒正しい勇者様がいつまでもフルチンなのはいただけない。食い物もいくらか拝借していくか。
何かの本で勇者は他人の家のタンスを漁ったり、ツボを割って中身を持っていったりしても許されるって書いてあったしな。ちょっとぐらいならバチは当たらないだろ。
その後――。
一風呂浴びた俺は他人のベッドへゴロン。枕に顔を埋めてはクンカクンカ。ほのかなメスの香りが鼻孔をくすぐった。
「さて……明日からどうしようかな」
見知らぬ天井を見上げながらポツリとそんなことを呟いた。
今までは毎日当たり前のようメシが三食出てきて、風呂も夜になれば沸いていた。洗濯物だって出せばきれいになって帰ってくる。おまけに小遣いもたくさんもらえて好きなものを好きなだけ買えた。
だが、そんな快適な暮らしももはや過去のもの。今日から全て自分一人で生きていかなければならない。全部セルフサービスだ。
そうなると、これから必要になるのは………………やっぱり“金”だな。
うん、取りあえず金だよ。むしろ金さえあれば快適な暮らしなんていくらでもできるよ。閑静な高級住宅街にデカい家とか建てて、キレイなメイドさんいっぱい雇って、酒池肉林の勝ち組ライフを謳歌するぞ。魔王討伐なんてやってられっかよ。そんなの俺の仕事じゃねぇ。
よし、目標は決まった。気が乗らないけど金稼ぐっきゃないわな。なら夢の第一歩としてまずは……
「冒険者ギルドだな」
◇ ◇ ◇
翌日――。
他人の家で一晩を明かした俺は早朝に再び旅に出た。
長い長い森を辛抱強く進むと――開けた丘の上から見下ろすその先にまだ名も知らぬ大きな都市が現れた。
「でっかい街だなぁ! 都会だよ、大都会!」
俺の人生は今まで田舎の小さな村の中だけで完結していた。だからこそ初めて目にする無数の人集りや狭苦しく連なる建物の数々はとても新鮮なものとして俺の目に映った。
ちょうどいい。あの街の冒険者ギルドで荒稼ぎしようじゃないか。
母さんがいつも冒険者ギルドの依頼を受けて自分の食費ぐらいは稼いで来いと口うるさく言っていたが、結局今まで一度も行ったことがなかったな。
俺にしかできない高難易度かつ高額報酬クエストを一つ二つこなして速攻で金持ちになるぞ。そんで夜は札束握りしめてキャバクラへ特攻する心づもりだ。待ってろよ、都会の歓楽街と美女達よ。
丘を下って足早に街へと向かっていると、街の入り口に跳ね橋が掛かっていることに気がついた。検問として人の出入りを制限したり、モンスターの侵入を防ぐために設けられたんだろう。話には聞いたことあるけど実物を見たのは初めてだ。
さらに、跳ね橋の両サイドには鎧姿で槍を手にした男が二人ほど立っている。門番ってやつだな。悪そうな奴はここでストップを食らうんだろう。うちの田舎とは大違いだ。あっちじゃ門番どころか鍵すら掛けない家も多いからな。
「お疲れーっす」
挨拶など交えながら二人の間を通り過ぎようとすると、
「ちょっと待て!!!!」
門番Aが俺の肩を掴みながら引き止めた。何やら慌てた御様子だ。理由知らんが門番Bも険しい表情をしている。この人畜無害かつ血統書付きの俺に一体何があるというのか。
「お前……その格好はどうしたんだ?」
「これか? 悪いけど譲ってはやらないぞ?」
「誰がそんなもんいるか!! 俺が聞きたいのはどうして男のお前がスカートなんて履いてるんだってことだ!」
「ああ、そういうことね。俺のファッションセンスに嫉妬したのかと思ったぞ。これはだな……」
俺は昨夜の森での出来事を男に伝えると――
「信じられん……あのグリズリー・ジョーと遭遇して逃げ切れただなんて……。お前、嘘を言ってるんじゃないのか?」
「嘘じゃねーよ。本当のことだよ」
「この辺りでグリズリー・ジョーが出没するなんて聞いたことがない。これは警戒注意報を流しておいた方がいいかもしれんな……」
「なあ、どうでもいいけど、もう行ってもいいか?」
「あ、ああ……構わんぞ。ただし、今のお前はどこからどう見ても不審者に変わりない。さっさとズボンの一着でも買うことだな」
「分かった。そうするよ」
あの女の子は一人暮らしのなんだろう。家の中には女の服しか置いてなかった。ただ、フルチンよかマシとはいえ、確かにこのフリフリのスカートはきついもんがある。こいつのいう通り早めにズボンを買うことにしよう。
そうなるとやはり無一文の俺が向かう先はただ一つ。
「ところでさ。冒険者ギルドの場所を教えてくれないか?」
◇ ◇ ◇
その門番曰く、ここは俺の故郷があるアルセリア王国からはるか西方に位置する『デイン王国』という国らしい。さらにこの街は、国内でも指折りの規模を有する都市――『ラッセル』という街だった。
俺は根っからのインドア派なのだが、やっぱり都会には心惹かれる何かがあるのだろう。ワクワクしながら街中を歩いている自分がいた。なお、先ほどの門番からはばっちりと歓楽街のロケーションをヒアリング済みだ。今から夜が楽しみで仕方がない。
街中をしばらく進んでいくと目的の場所はすぐに見つかった。お待ちかね『冒険者ギルド』だ。建物の前にはこれから一仕事始めようと武器や荷物の確認をしている冒険者たちがチラホラと見受けられる。
「よし、行ってみっか」
ワクワクしながら扉を開けると、中はいわゆる酒場のようなラフな雰囲気だ。依頼の受付などを行なっている窓口がいくつか存在している一方で、その他にも酒や料理を提供するキッチンやテーブルなんかが設けられていた。どうやら酒場も兼ねているようだ。そのため真剣な表情で壁に貼り付けられた依頼書を見つめる者もいれば、昼間から酒を煽りながら楽しげに仲間たちと冒険話に花を咲かせる者もいた。いいねいいね、こうゆうの。ちょっとだけ憧れるよ。
肉のいい香りが漂ってきてはついついそちら側へ引き寄せられそうになった。でも、今じゃない。今の俺が向かむべき場所は別にある。
俺は一番好みの女の子がいる受付まで行くと、
「お姉さんを攻略するクエストを受けたいです」
「流石にスカート履いた変態に攻略されるほど私はチョロくないですよ?」
むぅ……。今だけはこのスカートや憎しだ。ここはズボンの購入を優先すべきだった。カッコいいカーゴパンツとか欲しい。もっとワイルド感出していきたい。
「じゃあ、それはまた今度ということにして……何か儲かるクエストとかないか? 一生遊べるくらいの金がドーンと入るやつ」
「それなら魔王討伐とかいかがですか? 間違いなく国から莫大な報奨金が送られることになりますよ?」
「えー、魔王かよ……。それはちょっとなぁ……」
そもそもそれが嫌でこんな遠くの国まで転送されたってのに。それじゃあ本末転倒だ。
「一応確認なんですが、お客様の『冒険者ランク』は今どのぐらいなんですか? もしよろしければ現在のランクに合ったクエストを私がご紹介させていただきますよ?」
「冒険者ランクって何?」
「えっ? 冒険者ランクをご存じないんですか?」
「初耳だな」
「もしかして……『冒険者カード』をお持ちではないのですか?」
「ないぞ。昨日、実家のある田舎からこの街に出てきたばっかなんだ」
お姉さんは呆れ顔でため息をついた。
「冒険者として活躍するにはギルドへの登録が必要になるんです。その上で自分のランクに合ったクエストを受けてもらうことになります。他にも――」
その後もお姉さんから懇切丁寧に冒険者という仕事やギルドの仕組みについて教えてもらった。
話を要約すると、冒険者ランクは上からS、A、B、C、D、E、Fの七段階ほど設定されており、俺のような駆け出しのペーペーはFランクからのスタートとなる。その後はクエストをこなしていき実績を重ねることでランクアップしていくこととなる。当然ながら上のランクになればなるほど狭き門となり、実力はもちろんのことギルドからの厚い信頼がなければ認定されることはないのだとか。
「儲かるクエストというのはかなりの危険を伴うのが常ですからそれ相応のランクを有した冒険者じゃないと受けることはできないんです。まずは報酬が安くても安全で簡単なクエストからコツコツとこなしていってください。地味でも継続的にクエストをこなしていれば、ランクアップの際の査定ではプラスに働きますから」
「なるほどな。地道に継続することが大事であると」
それ、まったく俺に向いてないぞ。
俺は一発デカいの当てたい派なんだよ。
「じゃあ、クエストを受ける前にまずは冒険者カードの作成を始めましょう」
気に入っていただけたらブックマークをお願い致します。
評価・感想もお待ちしております。