プロローグ やっと始まる英雄譚
新作となります。どうぞお楽しみください。
旅立ちの日は唐突に訪れた。それも思いもよらぬ形となって。
「もう我慢の限界よ……っ! 私、耐えられないわ! あなたは勇者としての自覚ってものが全くなってないわ!!」
母さんは怒っていた。
「まったくだ。お前みたいな怠け者が息子だなんて父さんは情けないぞ。どうしてこんな子に育ってしまったんだ」
父さんは呆れていた。
「誠に申し訳ございません」
両親を前にした俺はすごく申し訳なさそうな顔をしながら今日も日課のお説教タイムを正座の構えにて耐え忍んでいた。
(早く終わんねぇかなぁー)
ぼんやりと床のシミを数えながらそんなことを考える。
二人の話などまるで上の空だ。耳から入った話が脳みそを仲介することなくもう片方の耳より出て行く。穴の空いたバケツと同じだ。中に何も残らない。
――そんなことよりだ。
目下、今の俺が抱える最大の課題は、お気に入りのセクキャバ嬢ファティナちゃんとの『同伴出勤』にある。
現在の時刻は午後六時を少し回ったところ。普段の調子で行けばあと一時間もすればこのお説教も終わると俺は予想していた。彼女との約束の時間は午後七時半から。ここで約束をすっぽかしたりしたら今までの苦労と指名料がすべて水の泡だ。
ならばここは要らぬ波風を立てぬようこの二人に対してひたすら平身低頭に徹するのみ。絶対に負けられない戦いがここにある。
「うちは勇者の家系なのよ!? おまけにあなたは長男なの! もっとちゃんとしなきゃダメじゃない!」
「はい」
「母さんの言う通りだ。わがままばっかり言ってないでそろそろ自分の進むべき道としっかり向き合うべき時じゃないのか?」
「はい」
勇者の末裔として生を受けてはや十七年が経つ。
俺は歴史上数多の勇者を輩出してきたこの村ですくすくと育った。
その中でも我が家は過去に魔王を討伐した実績もあるすごい家系だ。おまけに金持ちでバリューネームも抜群、王侯貴族とのコネだってある。まあ、伝統ある名家ってやつだ。
でも、だからこそ俺は声を大にして言いたい――
そろそろ楽をさせてくれ、と。
決して多くは望まない。でもせめて兵役免除みたいな形で我が家に関しては魔王討伐はパスさせていただきたい。ぶっちゃけると親の七光りな部分だけを享受したい。勇者の義務とかそんなのいらないから。俺は優雅なボンボンライフを所望する。
そもそもの話――別に俺じゃなくとも勇者の末裔やその候補ならこの国に限らず他にも何人かいるんだ。うちほどの実績はないだろうが彼らとて同じ勇者の端くれ。徒党を組んで立ち向かえば魔王くらい何とかなるんじゃないかと俺は考えていた。
だが、他ならぬ俺の両親はそうは思っていないらしく……
「あなたさっきから『はい』しか言ってないじゃない! ちゃんとお母さんの聞いてるの!?」
「はい、もちろん」
聞いてないです。
「じゃあ、私がさっきなんて言ったか覚えてるわよね?」
「昨今の魔王軍がもたらす各地への被害について定量的な分析とその対策を…………ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!! 痛い! 痛い!! 痛い!!! 痛い!!!!」
母さんが両手で万力のように俺の頭を締め付けた。
そのまま上に持ち上げられては両足がジタバタと宙をかいた。
「誰もそんな大層な話なんてしてないわよ? 他ならぬアホな息子の話をしてるの。悪いのはこの頭かしら? それともこの耳かしら?」
痛い。すごく痛いです。
母さん、魔法使いのくせにやたらとSTR強くないですか?
もう得物は杖じゃなくて斧とかに替えたほうが良くないですか?
今度の母の日は『ヘビーアクス』なんていかがでしょう?
すると――しばらくグリグリと俺の側頭部を抉り続けた母さんは、突然、何か別の用事でも思い出したかのようにふっと両手の力を抜いた。その一方で俺はどさっと尻もち。母の手から逃れた俺は数分ぶりに床の感触を取り戻すに至った。これにて拷問タイムは終了だろうか?
「もういいわ……。私はあなたには期待しないことにするわ」
えっ。
「役立たずは勇者じゃないわ。ましてやウチの子でもないわ」
「か、母さん……。それはなんでも……」
流石の父さんも驚きのあまり口をはさむ。
そんなことを言われたのは生まれて初めてだった。
突如、室内に不穏な空気が漂い始める。
「とてもじゃないけどあなたに魔王討伐なんて任せられないわ。代わりに今度からエールにその使命を担ってもらうことにするから。エール――こっちにいらっしゃい」
「おう! 呼んだー?」
快活な返事とともに母さんの元までやってきたのは俺の妹のエールだ。親目線で見れば今が一番可愛い年齢だろうか。元気と愛嬌の塊のようなヤツでご近所さんからもすごく可愛がられている。だが、まさかここに来て俺の生活を脅かす存在になるとは思わなんだ。
「エール? ちょっとお兄ちゃんの代わりに魔王を倒してくれないかしら? お兄ちゃんもう勇者やってくれないみたいなの」
「いいよ! エール、今日から勇者やるっ!」
ヤバイ……なんだか我が家における俺の居場所がだんだんと……このままじゃ兄の威厳とかその他諸々がヤバいことになる予感がする。というか、母さんもそんなお使い感覚でエールに魔王討伐を頼むなよ。
いずれにせよここは是非とも家長である父さんからフォローを頂戴したいところだ。
俺はすかさず父さんにアイコンタクト。
母さんから見えないように小指をピンと立てつつメッセージを送信だ。
先日、ラブホから若い女と一緒に出てきたシーンを黙っておいてやったことに対する返礼を今ここで求めようぞ。
「っ!?」
どうやらその意図を察したらしい。さっそく反応有りだ。驚愕の眼差しで俺のことを凝視している。
父さん、あなたも男ならこの重大さがよく分かるでしょう? 窮地に立たされているのはあなただけじゃないってことですよ。家族の平穏を望むならばここは俺に協力するのが筋ってもんです。下半身の息子がしでかしたヤンチャを同じくあなたの息子が黙秘してあげましょうとも。だからここは是非ともあなたのお力添えをいただきたい。あなたの愛する息子がピンチなんです。
さあ、ヘルプミー!
「まあまあ。少し落ち着きなよ、母さん。ユーリもこうして反省してるみたいだし今日はこのへんで許してやったらどうかな?」
「エール――辛いこともあるでしょうけど挫けずに頑張るのよ? あなたならきっとできるわ。世界の命運はあなたにかかってるわ」
「分かった! めっちゃがんばるっ!」
「あの……母さん……?」
「あなたは絶対に強くなれるわ。だってお父さんとお母さんの子だもの」
「…………」
ヤバい……本日の母さんは本気も本気だ。外野の声がまるで聞こえていない。
ここはアプローチの変更が求められるシチュエーションだろう。
どうしたものかと悩んでいると、先に動いたのは母さんの方だった。
「さてと……。ユーリ?」
「はいっ!」
再び俺にお鉢が回ってきた。
ここが名誉挽回のラストチャンスだろう。
何か気の利いたセリフなど――
「あなたは今日限りでこの家から出て行ってもらうわ」
なん……だ……と!?
「そ、そんなっ!? 母さん! それはあんまりですよ!! 俺……何処に行けばいいんですか!?」
「何処でも構わないわ。この家以外ならね」
「いや、俺にとってはこの家がベストプレイスであって――」
「なら、私が決めてあげるわ。こういうのはどう? あの地図に向かってこのダーツの矢を投げるの。そして、矢が刺さった場所に私が『テレポート』の魔法であなたを転送させる。どう? とっても面白そうな遊びでしょう?」
「あの地図って“世界地図”なんですが……。数センチのズレで外国行き確定なんですが……」
「ええ、そうよ」
せめて隣町ぐらいまでの地図にしてよ……
もし遠い国とかだったらどうやって帰ればいいんだよ。
メルカトル図法のバカヤロウめ。
「もし……矢が刺さった場所が海だったらどうするんですか?」
「海に行くことになるわね」
「遭難ですよ?」
「ええ、遭難するわね」
「…………」
「…………」
「はい、ゲームスタート!」
「ええ!? ちょっ! タンマ! まだ心の準備ができてなくてっ!」
「じゃあ、お母さんが代わりに投げてあげるわ。でも、お母さんってばコントロールが良いから百発百中で狙った所に刺さるでしょうね。あと今日はなんだか無性に北極の氷で作ったかき氷が食べたい気分だわ。はい、投げるわよー。せーのっ!」
「分かりました! 投げます! 投げますから! だから北極だけは勘弁してください!! ああっ! だからって南極を狙うのもやめて下さい!! どちらも凍死しますから!!!!」
俺は慌てて母さんから矢を奪い取った。
「言っておくけど、やり直しは認めないわよ? 勇者に二言と二投目は似合わないもの」
「わ、分かりました……」
「ユーにぃ、ガンバレ!」
「ユーリ、ズルはするなよ? ここは腹を括れ」
「しばらく自分一人の力で生活してみることね。たまに私が様子を見に行ってあげるわ。その腐った性根が多少はマシになっているようならまたこの家に上げてあげないこともないわよ。せいぜい精進することね」
ああ……ファティナちゃんとのせっかくの同伴が……。
どうしてこんなことになった……。
俺はただのんべんだらりとニートがやりたいだけなのに……。
「早く投げる!」
「は、はいっ!!」
俺は矢を片手に慎重に狙いを定めると……
ままよとばかりに撃ち放った!
今後の投稿に関しては隔日で上げていく予定です。
どうぞお付き合いください。
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