5
翌日、さっそく響は二宮瑠樺を呼び出した。
「相談があるんだ」
自分のことを、そして、妖かしのことを知っているらしい彼女に相談するのが一番だと考えたからだ。何よりも彼女はあの茉莉穂乃果に信頼されている。
瑠樺を呼び出す時、雅緋に見つからないようにすることに細心の注意を払う必要があったが、響が声をかけるとすぐに瑠樺のほうが気を遣ってくれた。おかげで雅緋に咎められることなく、瑠樺に相談することが出来た。
「妖かしを浄化させてあげたいんだ」
「どういうことでしょう?」
瑠樺は少し戸惑うかのように眉をピクリと動かした。いや、警戒しているといったほうがいいのだろうか。彼女も、茉莉穂乃果と同様に一条家に仕えているらしいが、外部の人間にその事情を話してはいないそうだ。
「ボクが住んでいるアパートのすぐ近くにある空き家があって、そこでボクはある少女の霊と出会った。ボクはその子に力を貸し、その子は妖かしとなった。だが、その妖かしは強い恨みの力で父親を家ごと焼き殺したんだ。今もまだその炎は消えていない」
響は一息にその事情を説明した。瑠樺の表情が少しずつ変わっていく。響の言葉を真剣に受け止めてくれているのが感じられる。
「炎?」
「最近、やけに火事が多いと思わないか」
「じゃあ、その火事の原因が?」
「きっとその妖かしだ。あれはボクのせいだ。ボクの力であの子は妖かしになったんだ」
「あなたにはそんな力があるんですね」
「そんなことより、早くあの子をなんとかしないと」
だが、焦る響きを制しするようにーー
「そのことなら心配ありません。私たちもその件について聞いています。近々、一条家の術者によって対応することになるでしょう」
「あの子はどうなるんだ?」
「それを知ってどうするんですか?」
少し冷たい口調で瑠樺は言った。それは響のやったことを咎めるような意味が含まれているように感じられた。
「原因はボクにあるんだ。気にするのは当然だろ」
「元が幼い子供であったとしても、今は妖かしです。害を為すのならば、消し去ることになるでしょう」
「消し去る? 浄化するということか?」
「いいえ、浄化は輪廻の輪にのることです。けれど、消去は消え去るだけです」
「それは妖かしにとって幸せなことなのか?」
「残念ですが、そうは言えないでしょうね。魂が救われることはありません」
響は愕然とした。
「そんな……それ以外に方法は?」
「あなたの力を使えばあるいは……」
「出来るのか?」
「あなたの力で妖かしとなったのならば、あなたの力でその力をおさえることは出来るかもしれません。ただ、簡単なことではありません。あなたの命も危険にさらすことになるかもしれませんよ。それが出来ないのなら、あなたはこの件を忘れたほうが良いです」
迷いがないわけではない。だが、それは出来ない。
「それで頼む」
「わかりました。私たちが協力します。あなたの力で止めてください。辛い仕事ですよ」
「わかっている。ありがとう」
そうわかっている。
* * *
消防車のサイレンの音が聞こえている。
どこかでまた出火したのかもしれない。
それは意外と近くように感じられた。
響は空き地の隅に立ち、そのいつまでも繰り返される音を聞いていた。その足元には何枚もの呪符が一定の間隔で置かれている。
音が次第に近づいてくる。
――ここで待っていてください。絶対に動かないで。
二宮瑠樺からはそう言われている。
今は、彼女の指示に従うほかはない。
そのサイレンの音に耳を澄ませているとーー
突然、目の前にパッと強い光が放たれた。
炎を纏った少女がそこにいた。
それは紛れもなく、先日、響の手によって妖かしとなった少女だった。
全身に炎を纏い、世の中の全てを燃やしつくそうとするような険しい眼差しをしている。誰かに追われているのか、やけに周囲を気にしている。
きっと二宮瑠樺たちの手でここに追い詰められてきたのだ。
少女は目の前に立つ響に気づいた。
「お兄ちゃん」
響のことを覚えていたらしく、少し親しみを持って微笑んでみせた。
「あの火事はキミが?」
だが、少女はそれには答えない。
「そこをどいて」
「ごめん。でも、キミをこのままにさせておくわけにはいかない」
「私の邪魔をするの? どうして?」
「キミが今やっているのは正しくない。その力の使い方は間違っている」
「私にはやらなきゃいけないことがある」
「君のお父さんはもう亡くなったじゃないか」
「それだけじゃ足りない。私と同じ子たちはもっとたくさんいる。私はみんなを助けてあげたい」
「それは君がやるべきことじゃない」
「どいて」
炎が一気に燃え盛る。それでも逃げようとはしなかった。「お兄ちゃんを殺したくない」
「大丈夫。キミの恨みはボクが引き受ける」
響は大きく手を広げ、その体を抱きしめた。
さらに炎が大きくなり、炎は響を包み込む。
ジリジリと肌が焦げる。
思わず口からうめき声が漏れる。
それでも響はその手を放さなかった。放すわけにはいかない。自分の手でこの子を救わなければいけない。きっとこれと同じ痛みをこの少女も感じている。
強い思いが響きを動かしていた。
その思いに応えるかのように、胸の奥から違う強い熱さがこみあげてくる。
ふいに熱さが消えていく。
気づいた時、その手の中に小さな炎が柔らかく揺らいでいた。